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05話.[呼んできなさい]

「やあやあ、華麗に復活しましたよ大田君!」

「良かったな長引かなくて」

「ああ! これも全て大田君のおかげだよ!」

「大袈裟なのやめろ」


 風邪を引いている時でもうるさい彼女のままなので、さっさと治ってくれて良かったしか言いようがない。

 それに優羽の方とふたりきりだと集まることもなくなり放課後が暇になる、そういう点で言えば彼女の存在はありがたいのだ。


「あの、大田先輩」

「お、石上か、どうした?」

「少し廊下でいいですか?」


 彼女は静かに座っている向坂の方を確認してからこちらを見た、特に拒む必要もないため了承し廊下へと出る。


「それで向坂先輩のことなんですけど――」

「直接本人を呼べば良くない?」

「あの……」


 石上の言いたいことはよく分かる、こいつのこういうところだけは好きになれないところだった。

 優羽の方はこんなことをしないため、流石姉と言えるような存在なのだが。


「新田、とりあえずどっか行っててくれないか?」

「む、後輩ちゃんとコソコソ仲良くとか良くないと思うけどなあ」

「後で構ってやるから」

「やった! また後で!」


 スキップで去っていく彼女を見ながら溜め息をつく、石上も呆れたような顔で「賑やかな人ですね」なんて言っていた。


「あの、戻ってきてくれませんか? お前が言うのかという感じですが向坂先輩、あれ以来ずっと元気がないんです。聞けば教室でも全然会話をしていないということでしたし……」

「別にそこは気にしなくて大丈夫だぞ。ただなあ、向坂が俺を戻すようにも思えないしな……」


 もしその気があるのなら改めて謝った際にそれっぽい内容を――って、あれは俺を誘っていたのかと今更気づいた。

 仲が悪いと思っていたのは自分だけなのか?


「……大田先輩はいま、あの人達の部活に入っているんですよね?」

「そうだな。活動内容は返却された本を戻す、ってことになってるんだが、まだ一度もしてないな」

「あの!」

「お、おう、落ち着けよ」


 クールっぽい外見をしているのに意外と他人思いだったりお礼や謝罪ができたりして一年生のイメージがどんどん上がっていく。

 成宮みたいな変な奴もいるからまだ普通レベルではあるものの、なんだ今年の一年生は! とか思わないのはいいことだろう。


「あ、すみません。それでですね……部活、組み合わせたら不味いでしょうか?」

「あー、……それなら新田優羽に相談しないと無理だぞ」

「先程の方のお姉さんですよね? ……分かりました」

「呼んでおいてやるから昼休みになったら俺らの教室に来てくれ」


 向坂もきちんと引き止めておかなければならない、しかしそこまで不安視はしていなかった。

 話しかければ必ず返してくれるので、単純に俺が重く捉えすぎただけなんだ多分。


「はい、ありがとうございます。それと、本当にすみませんでした」

「気にしなくていいって、俺が向坂を怒らせたのは本当だからな」

「大田先輩、メッセージ……送ってもいいですか?」

「ん? ああ、別にいいけど。すぐに返信できない場合もあるだろうからそこは納得してくれないと厳しいけどさ」


 ID交換したのは向坂しかいなかったし、窓を開ければ直接向こうへといけることもあり、スマホをずっと監視していないと落ち着かないなんてタイプではないため即返信というのはできそうにない。

 それが納得できないのであれば彼女には悪いがやめてもらうしかないだろう。


「はい、ありがとうございます」

「おう、また後でな」


 席へと戻ったら隣の向坂に相談。


「合体、したいの?」

「あいつらの部活、いつ失くなってもおかしくないんだ。だから掃除をさせておけばまだ残れるかもしれないだろ? 学校の広い範囲を綺麗にできるし悪いことばかりではないと思うんだよな俺は」


 石上が頼んできたことは説明しなかった、昼休みになったらどっちみちバレる形になるのでいま言う必要はない。


「新田優羽さんは納得するの?」

「そこが問題なんだよ、まあいざってなれば俺が土下座をしてでも説得するけどな」

「待って待って、大田くんは組み合わせたいってこと?」

「向坂と新田優羽が納得すればな、妹の方は姉が納得すれば勝手に付いてくるし問題ないから楽だぞ」


 石上が頼んできていなければこんなことは提案していない。

 これを無理やりやろうとすれば優羽の望みとは逆のことをすることになる、向坂だって自分から言ってきてないわけだから望んではいないということも分かる。

 けれど今はただ石上の気持ち優先で動きたい気分だった。それでなにかがあっても全て俺のせいにしてくれればいいと考えて。


「私はいいよ、組み合わせても」

「そうか、昼休みにここに来てもらうつもりだからよろしくな」


 優羽には悪いが謝り倒して了承してもらおう。


「それとね、成宮くんなんだけど――」

「なにしてくれようとしてんのよ馬鹿大田!」

「お、落ち着け新田姉!」


 昼休み前に彼女が来てしまった、一応授業開始までは時間があるがそれまでに説得できる感じは微塵もしない。


「はぁ、……遊から聞いたんだけど掃除部と合体させようとしてるんでしょ?」

「お、おう、……やっぱり駄目か?」

「私、言ったわよね? 遊との時間を大切にしたいからって」

「そうか、なら……」


 彼女の前で土下座をする。

 誠意もクソもあったもんじゃない、土下座をすればなんでもかんでも許してもらえると思っているあたりが実にガキ臭いところがあるがしょうがない。


「頼む」

「そんなことやって私のパンツが見たいだけなんでしょあんた」

「違う」


 今大事なところなんだから冗談を言うのはやめてほしかった。

 暇をつぶしたいということなら昼休みでも放課後でもずっと付き合ってやるつもりでいる、それに割と常識人の彼女がいないと遊の暴走を止められないからな。


「なんで急にそんなことを思いついたのよ?」

「三宅先生にもう押し付けられなくて済むんだぞ?」

「本当のことを言いなさい」

「……石上に頼まれたからだ」


 向坂が小さく「え?」と呟いたがスルーして優羽を見続ける。


「石上來香、よね? どうして彼女がそんなことを言うの?」

「細かくは聞かないで納得してくれないか?」

「私達にメリットがないじゃない」


 その上、彼女の望みを無視してこんなことを言っているんだから馬鹿な話だろう。


「俺ならいつでも使ってくれればいい」

「それがメリットになるの?」

「分からん」


 確かになにかができるというわけではない、けれどなにかがあった時にこういう約束があれば最悪の事態に陥ることは避けられるかもしれない。

 現状ではただただ痛い自惚れ野郎という評価だろうがな。


「まあ……分かったわよ、向坂は納得してるの?」

「ああ、だよな?」

「うん、私はいいよ」

「というわけだ、よろしく頼む」

「分かった、私が三宅には言っておくから安心しなさい」


 思いの外簡単に説得することができてほっとする。

 教室を出ていく前にこちらを向いた彼女に口ぱくで「よろしくな」と言ったら「あんたうざい」とこちらは直接言われてしまった。

 それでも了承してくれるんだから優しいやつだとまた彼女の評価が上がる形に。


「あ、さっき成宮のことを言おうとしただろ? なんて言おうとしたんだ?」

「辞めさせた」

「あ、そうなのか」

「うん。あのさ、今日からまたよろしくね」

「おう、掃除すっか」


 なんだかんだ言って、なにもしないというのは退屈であんなことでもやっている時はそこそこ楽しかったんだ。

 野球とかサッカーとかって感じではなく掃除というのが俺達らしく面白いところではあるがな。


「それより來香さんと会ってたんだね」

「さっき呼ばれてな。つか、ちゃん付けか呼び捨てでよくね?」

「それなら來香ちゃんって呼ぼうかな」

「おう」


 今更ではあるが俺がいないから元気がないってこともないだろう。

 仮になにかがあってそれに気づいたとしたらなんらかの形で協力したいと思う。

 ただ、俺はいつでも使っていいと優羽に言ってしまったのでどうなるのか分からないのが不安のタネだった。




「石上來香」

「はい」


 やって来るなり石上を彼女が指差す、救いなのは石上が普通に真顔で受け止めていることだろうか。


「こいつがしつこいから認めてあげるわ」

「ありがとうございます。ただ、大田先輩のことをこいつって言わないでください」

「追い出したあんたがそれを言うの?」

「うっ、……そ、それでもこいつ呼ばわりは駄目です」

「そうだよ優羽、大田君も大切な仲間なんだから」


 勢いに負けそうになったところで遊がフォロー。

 あ、というか俺がなにかを言ってやるべきだったかこの場合は。


「違うわよ、こいつは私の言うことをなんでも聞く奴隷よ。というわけで奴隷、いまから佐藤を呼んできなさい」

「了解」


 隣のクラスに行くと奴は複数人の男女と一緒に飯を食べていた、それでも俺が入るより前に気づいてこちらにやって来てくれる。


「相談か?」

「いや、新田優羽が呼んでるんだ」

「分かった、今から行こう」


 しかしいいのだろうか? 佐藤を連れて行ったらまたあいつはガチガチになりそうだが。


「新田優羽、佐藤を連れてきたぞ」

「ほ、ほんとに連れてきた!? あ、あの……」

「ははは、そこまで緊張する必要はないぞ、俺らは同級生なんだから」


 後の問題は向坂ということになる。


「佐藤くん」

「どうした?」


 けれど、優羽がアワアワしている間に彼女が行動開始。


「大田くんからID教えてもらっちゃったからよろしくね」

「おう、元々そのつもりで大田に渡したんだ。悪かったな、ふたりの喧嘩の理由は俺なんだろ?」

「ううん、私が勝手にキレただけだから、佐藤くんも大田くんも悪くないよ」

「それならどうして名字呼びなんだ? 向坂さんは『紘くん』って呼んでただろ?」


 なんでどいつもこいつも俺らの事情を知っているのか。

 もう自分よりも詳しいんじゃないかと思えてくる。知られても困るような情報がないからまだマシではあるが。


「大田君が変な顔してる」

「余計なお世話だ。というかさ、なんでお前ら俺らの情報に詳しいんだ?」

「前見せた本あったでしょ? それを見れば大体分かるよ」

「嘘つくな嘘を」


 にしても意外だった、石上が戻って来いと言ってきたのは。

 いや、勿論向坂のためだということは分かる、けれど追い出した彼女的に自分でなんとかしてみようとは思わなかったのだろうか。


「大田先輩、ありがとうございました」

「よせよせ、俺はなにもしてないぞ、向坂がすんなりと認めてくれたおかげだ」


 石上曰くこうなった原因は自分なのだから当然のことらしい。

 それにこうして真っ直ぐにお礼を言われると少しむず痒いぞ……。


「けれど大田先輩が新田優羽先輩を説得してくれたと聞きました」

「いや、それも違う、ただあのまま絡まれたら面倒くさいと判断しただけだろ」


 佐藤との繋がりがあるからそういう時に利用できると判断したんだ。

 それがなければ恐らく引き受けてくれていなかった、また、向坂や石上が説得した方が効果的だったと俺は思う。

 つまり、今回もまた目先のメリットだけを追い求めて行動してしまった形になるわけで……。


「うーん、謙虚だね大田君は」

「そうか? これは俺の責任だからな、謙虚とかそういうのじゃないぞ」

「いいね君、実に気に入ったよ」

「誰だよ……」


「え、新田遊だけど?」なんて言ってる彼女をスルーして、黙ったままの優羽の方に話しかける。


「おい、佐藤を連れてきてやったのになに固まってるんだ」

「はっ、……なんでか分からないけど固まってしまうの」

「と言っても本人まだ目の前にいるぞ、普通に喋れてるだろ?」

「いまはあんたと話してるからでしょ」


 仮にそうでも本人が目の前にいることには変わらない、そう思い込んでいるだけの可能性だって大いに有りえる。

 自己暗示というのは悪い意味でかけると相当なパワーになるため、佐藤と上手くやりたいなら今から変えていかなければ駄目だ。


「佐藤」

「ん?」

「こいつとも話してやってくれ」

「いいぞ、って言うのもなんだか偉そうだから、一緒に話すか新田さんも」

「は、はい……」


 うーむ、遊が側にいてもこれとなると、いなくなったら本当に悲惨なことになるなこれ……。


「遊、あれなんとかならないか?」

「むふふ」

「は?」


 こっちは真剣に相談してるんだから真面目に対応してほしい、というか、一番近いはずである彼女が動いてやらないと依存している優羽は辛いだろう。


「いや、初めて名前で呼んでくれたからね」

「あ……、まあ、同じ名字だし面倒くさいからいいだろ? それで、姉の方をなんとかできないか?」

「無理! あと僕達が変に口出ししたり矯正させたりしても意味ないよ。自分の力で頑張らないとね、だからあんまり優羽を甘やかさないでおくれよ?」


 優羽のためを思って言っているのは分かるが……。


「仲いいんですね」

「俺と遊がか?」

「それとお姉さんの方とも」

「そんなことないぞ、遊ばれてるだけだ」


 もしこれで仲いい判定になるのなら世界中皆仲良しになって戦争はなくなる。

 理想は叶わないから理想なんだって言葉は実に正しいことだと俺は思った。

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