#3話『偽物』(後編)
――ふと目が覚める。
顔面の痛みで起きたせいか、まぶたがやけに重い。
「ぅゔ……イテテテ……。一体、どうなったのであるか……。ハイデ殿とクーフェ殿は……」
段々と目が光になれてくる。目の前にいたのは、見覚えのある美少女だった。
「おはよう。偽物君。……貴方が寝ている間に縛らせてもらったわ。」
彼女の言う通り、ダンの手足はしばられ、満足に起き上がることさえ出来ない。いまの状況を考えると、どうやら自分は、クーフェ殿に捕まってしまったようだ。
(それにしても、この状況は……非常に不味いのである!!)
「ハイデに成り代わった不届き者が…まさか、人間だなんてね。まんまと騙されたわ。」
クーフェは、手の骨をポキポキと鳴らしながら、どう懲らしめてやろうかと、様子をうかがっている。
「さぁて、人間が……淫魔である私を誑かすなんて……本当にいい度胸をしているわ。」
「ちょ、ちょ、ちょっと待つのであーる。これには、深い事情が……。」
「命乞い?……そんな嘘をついたって魅了すれば、本当の事を言わざる……。」
「そ、そんな事をしなくても、ちゃんと話をするのであーる!!」
ダンは、ハイデとの3つの約束の後に、追加のお願いをいわれていた。それは……
「クーフェにバレた時は、俺の代わりに全力で謝っておいてくれ!!」
そう、全ての事情を素直に話すことである。ハイデ、クーフェを心配させたくなかっただけで、彼女が気付いてしまったのなら、すべてを白状するほうがいいと考えたのである。
ダンは、ハイデの言葉に従い、嘘偽りなく伝える。
「そして、ハイデ殿は最後にこう言ったのである。クーフェなら分かってくれる。だってあいつは俺の唯一の幼馴染だからな……と」
ダンは15分ほど話し続けていただろうか。喉がかわくほど、一気に喋っていた。
帝国の現状。ハイデが自分の代わりになってくれたこと。そして、自分がハイデに逃され、この土地に来たこと。
すべてをクーフェに話す。もし、何かを隠しても、魅了を使われては、意味がないだろうから。
「話はこれで全部なのであーる。ハイデ殿を巻き込んでしまって……申し訳ないのである!!」
クーフェは複雑な表情を浮かべた後に、少し怒ったように背を向けた。背中から生えた綺麗な翼はショボンと垂れ下がった様に見えた。犬のしっぽが感情をあらわすように、その翼の動きは彼女の感情を表している様だった。
「事前に……相談してくれたら協力したのに。まったく……」
我輩は、クーフェが発言するのを待っていた。ここで、話しかけるのは野暮だと、なんとなく感じだからである。
「で!! 貴方が……あの帝国の王子ね? ハイデに似ていると思ったけど、ここまでそっくりだなんてね……」
クーフェは、虫眼鏡をもった探偵のようにじっとダンの顔面を180度見渡す。
(そんなに……美少女に顔を見られると照れるのであーる)
「驚く程、似てるわ……。魂の色まで似ているし……。正直、その話し方と、おどおどした性格が無かったら、本人と言われる方がしっくり来るわ。あとは、魔族の姿に変身できないことぐらいかしら……。」
やっぱり、ハイデも変身できるのだと、ダンは驚く。
「我輩もハイデに会った時は、びっくりしたのであーる。この世には、三人のそっくりさんがいると言うが……あそこまで似ている者がおるとは。」
いつも一緒に過ごしていたクーフェだから見破れたものの、他の人では見破ることは難しいかもしれない。それ程にまで、二人はそっくりなのだ。
クーフェは自分を落ち着かせる様に、肩で大きな深呼吸をした。
「ったく! ハイデもハイデだけど、王子様も王子様よね。全てが、行きあたりばったりというか、人騒がせというか……」
「か、返す言葉もないのであーる……」
「それにねぇ……私達の故郷は地上に行くことを掟で禁じてるの。今回の一見が、バレたら……本当にまずいのよ。ここを去らなきゃいけないかも」
「そ……。そんな大変な危険を冒してハイデ殿は……。我輩の我儘のせいで、ハイデ殿が故郷を去るなんて……」
「いや、ハイデも、それを承知であなたと代わったんだろうし……。それぐらい、貴方のことを助けたかったってことじゃない?……たぶんね。」
ダンはうな垂れながら、反省する。そんな意気消沈する男の肩を、クーフェはトントンと叩く。
「まぁ、王子様も大変だったみたいだし、一方的に責めるのは可哀想そうかな。はぁ……結局はハイデの思いつきに巻き込まれるのよねぇ。地上に行くって言われたときから、嫌な予感はしてたけど……まったく。」
「はぁ」と深い溜め息を着いたクーフェは、疲れ切った顔というよりは、仕方がないなという半分諦めつつも、少し楽しそうな苦笑いの表情を浮かべていた。
その表情の意味は、まだ付き合いのあさいダンには分からなかったが、すごくあたたかい笑みだった。
「オッケー!! 私も状況を理解できたわ。王子様は、ハイデの言う通り、この裏ダンジョンにいたほうがいいわ。それに…」
クーフェ殿がまたもや、その可愛い顔でダンの顔をのぞいてくる。
「その容姿なら、人間状態のハイデにそっくりだし、すぐにバレることは無いでしょう。貴方の頑張り次第で、バレなければ勘当は無しですむかもね!」
「心遣い痛みいるのであーる。誠心誠意、ハイデ殿を演じるであーるよ」
(こんな自分を許して……しかも、身も案じてくれるなんて。魔族はとてもやさしい種族なのであーる)
目の前の淫魔の血を継ぐ少女は、悪魔というより、天使に近い存在の様に、ダンは見えたのだった。
「それで、クーフェ殿は……。これからどうするのであるか?」
「私は、ハイデの所に行くわ。」
「なんとっ、クーフェ殿までッ!?……そんな事をしたら、クーフェ殿まで勘当に……」
「仕方ないわよ。ハイデだけじゃ、何かヘマをこきそうだし!あいつには……私が付いていないと。まぁ……勘当は覚悟かなぁ……」
「そんな覚悟で、クーフェ殿はハイデ殿を……。なのに我輩は……」
「あー……大したものじゃないわよ! 腐れ縁ってだけよ。アイツと私は生まれた時から一緒に育ってきたから、今更ハイデがいない生活とか、考えられないし……」
(人望、友情、親友。我輩がもっていないモノを、全部持っているのであるな……ハイデ殿は)
「全く、同じ顔でもこんなに違うとは。本当に我輩はからっぽであるな。……ク、クーフェ殿。」
「ん?今、私のこと呼んだ?どうしたの?」
「ハイデ殿に会ったら伝えて欲しいのである。このダン。未熟者ながら、ハイデ殿の代わり役としてしっかりとその任を全うするのであーるよ……。そして……。
次にあったときには、もっとマシな男になっている! そう、お伝えてくだされ!」
「うん! 分かった。そう伝えておくね! 貴方も、頑張ってね!!」
クーフェ殿の姿が、人間のそれから、悪魔を彷彿とさせるシルエットへと変貌していく……。そして、紫色の美しい蝙蝠の羽が顕現する。
(……ハイデ殿。我輩は、貴殿として生きる間。少しでも貴方に近づける様に成長する事を誓うのであーるよ。それまで……ワガママを言うようだが、帝国をお頼み申す!!)
――クーフェが飛んでいく。
紫水晶のように調和の取れた耀きをもつ翼をはためかせ、淫魔の少女は、幼馴染の元へ飛び立つのであった。
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