#2話『人生交代』前編
――不思議な出会いだった。
世の中には自分と同じ顔の人間が、三人いると言われているが……こんなにそっくりなんて。
そんな、おれにそっくりの王子は、ボロボロのローブで逃走していた。瓜二つの彼を、放っておくことも出来ず、俺は話しをきくのだった。
――王子の話を要約するとこうだ。
なにやら、帝王争奪戦という玉座を争う貴族間の抗争に巻き込まれたらしい。
帝王争奪戦、このゲームは唯のゲームじゃない。玉座を狙う王族たちの、国家転覆を狙ったゲーム。巧妙に張り巡らされた罠と、命を狙う魔の手は、王子のすぐ後ろまでせまっていた…。王子も簡単には逃げることができず、見すぼらしいコートに身を包み、周囲の目を騙しながら、命からがら逃げ出してきたとのことだ。
既に現帝王や女王は殺されており、次の玉座をかけた勝負が行われているとのことだ。
「地上は……大変なことになっているんだな……。でも、この街並みを見ていると、あまり騒いでいるようには思えないけれど」
「その通りなのである。……王族たちは、我輩の父と母……この国の帝王と女王の死を隠しているのである」
「なるほど。だから、国民はそれほど騒いでいないのか……」
つまりこうだ......
現帝王や女王は、実はすでに崩御しており、その重大な国家機密を隠蔽した裏で、くろい陰謀が動いているということだった。
「じゃあ、何か? その王族っていうのは、ダン王子の部下なのか?」
「いや......厳密にいうと違うのである。王家に従っている小国の王たちなのである。今、我輩たちがいるのが帝国本国。王族たちは、この本国を守るために存在する、七つの小国である七つの盾の王たちなのである。」
つまり、俺たちが立っているここは帝国本国と呼ばれる国の中枢で、その周りに7つの小さな国がある。そいつらが七つの盾。
この7つの小国が本国を守っている図式。ということは......守るべき者たちが、謀反を起こしたってことか……。
「だんだん分かってきた……。悪いな、俺はこの国のことに詳しくないんだ......」
「良いのであるよ。こうして、付き合って貰っているのは、我輩のほうであるし」
ダンの話は、地上がはじめての俺にも、わかりやすかった。ダンは、さらに、今の帝国をとりまく状況を話してくれる。
帝国周辺の小国郡である七つの盾は、帝国の守り手として、周辺国家に睨みを効かせていた。敵国と国境を接する七つの盾は、その国家面積こそ、本国には負けるが、保有軍事力は、小国ひとつひとつが本国に匹敵していた。理由は簡単であった。
守られる側の本国は、隣国との厳しい戦場に立ち続ける七つの盾の戦力を拡充を止めることができなかった。
そのため、本国と小国7カ国は、立場上は本国がトップであるが、実態としては……小国の発言権は、もはや本国に比肩するものであった。近年では、小国は本国の実権を握ろうと、国家転覆を密かに狙うほどであった。しかし、表立って反乱を起こせない事情がある。
それは、力の均衡である。七つの盾は、それぞれの小国の軍事力は拮抗しており、どこか一つの小国が反乱を企てようものなら、他が束になって潰すためだ。お互いがお互いを牽制しあい、抑止力となる。
ただし、……我こそが次の帝国の王になろうと、七つの盾の小国王たちの中には野望を抱くものもいた。
「なあ、ダン。質問していいか?」
「ん、どうしたのであるか? ハイデ殿。」
「なんで、帝王と女王は気づけなかったんだ? 怪しい動きとか……見つけられなかったのか?」
「それが、小国王たちの怖いところである。帝王と女王も一切気付かない手を打ってきたのである……それに、帝国に内乱があったら、その周りにある敵国が動く可能性が……」
帝国は、その周りを四つの国に囲まれている。連邦国、亜人国、義勇国、神拝国である。それぞれの国と、同盟を結んではいるが、10年ほど前は全ての国と戦争状態にあったから、裏切りの可能性は捨てきれない……とのことだった。
だから、敵国にバレないように、内密に事を進める必要があった。他の国に知られないように、帝王と女王を亡き者にして、国を乗っ取る必要があった。
「なあ、ダン。小国の王たちは……全員が敵なのか……?」
「いや、それが分からないのである……。我輩は、成人して間もないから、政治の場に立ったことはないのである……。だから、小国の王たちと、話したこともそれ程は……」
俺と同じ顔、同じ年頃って思っていたが、最近成人した......ってことは、年齢まで同じか。
「俺と同じ17歳で、そこまで重い荷物を背負ってたんだな。お前って結構すごいやつだな。」
「いやいや……。それで逃げ出してきた……弱虫なのであるよ」
(いやいや、ただ地上に遊びに来た俺とは、全然違うよ。俺はお前を尊敬するぜ!)
「なあ、ダン。こんなことを聞くのもなんだが……。お前の父親と、母親は殺されていて、なんでお前は死んでいないんだ……?」
「我輩が死んでない理由……それは、小国の王たちの約束だと思うのである」
「約束? 帝王争奪戦にルールがあるのか?」
「小王の娘の机から、ある手紙を見つけたのが、そもそもの始まりである……」
その手紙を見つけたことが、不運にも王子の人生を変えることとなった。手紙にかいてあった内容はこうだ。
七つの盾の小王達は、内密にある取り交わしを行った。
壱、帝王の死は黙秘する。
弐。王子は、ある時まで殺さないこと
参、王子と結婚した娘の父親が、次の帝王になれる
四、これを破ったものは許さない
そして、文書のさいごには、こう書かれていたという。――「帝国に栄光あれ」
「お前、遅かれ早かれ、殺されるじゃねえか……」
「そ、そうなのである……。だから、逃げるなら、今しかないと思って逃げてきたのである……。」
「戦う……にしても、今の状況じゃ八方塞がりだもんな。城に戻っても敵だらけ。」
「うむ……。生き残るにはこれしか……。ただ、唯一の心残りは、我輩の妹を残してきてしまったことである。ずっと仲の良かった妹を……残してきてしまったのは、悔やんでも悔やんでも……。」
(一人で逃げてくるのも精一杯……。妹のことまでは、助けられなかったってわけか……)
「ダンさ。俺が一番理解できないのは、人間って生き物が、何時の時代も……権力とか地位とか、そんなもののために争って、人を殺して……。なんなんだろうな。」
「ハイデ殿……。我輩も分からないのである。平和に、平穏に暮らせれば、それでいいのに。なぜ人は、争うのであろうな……」
「お前は、根っからの平和主義者って感じがするしな。お前みたいなヤツは俺の故郷で生まれれば幸せだったかもな」
「ハイデ殿の……故郷であーるか?」
「ああ、すげえ平和で、のどかで、ゆっくりと時間が流れているんだ。俺はちょっと退屈だけど……お前だったら最高の場所かもな」
「う、うらやましいのであるな。我輩も……好きでこんな血みどろの世界に生まれたかったワケじゃ……ゔ、ゔぇ……ゔぇーん!!」
ダンは、もう我慢出来ないって雰囲気まんまんだったけど、ついに号泣しだした。気持ちは分かるけど、目の前で自分と同じ顔がぐしゃぐしゃになりながら、泣いているのは精神的にキツイ!
「なあ、ダン王子……いや、ダン!! 俺と同じ顔をしているんなら、お願いだからもっと堂々としてくれ! ……確かに大変だとは思うけどさ」
「はは……ハイデ殿は優しいのであーる。そして、強い人なのだろうな。我輩も、ハイデ殿の様に胸を張って生きれたら……こんな事にはならなかったのかも」
――この瓜二つの二人が、真逆だったら、人生は上手く行ったのかも知れない。
俺がダンで、お前がハイデ。――そうすれば、こいつだって……。
(ん……? 待てよ……。そうだよな……その手が合った……。)
「なぁ……ダン。そんなに平穏に過ごしたいなら……良い場所があるぜ?」
首を傾げて「分からない」といいたげなダンに、俺はニヤリと微笑んだのであった。
「なあ、ダン」
――裏ダンジョンって知ってるか?
そう、物語は進んでいくのである。
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