#1話『地上』
――地上。
それは、昔オレの爺ちゃんが済んでいた世界。人間の世界。
人間という種族が、戦争を繰り返し、領土の奪い合いをしている世界。
だけど......皮肉なことに......その戦いの度に、人間は発展してきたという。
他国に負けないように。自国をもっと強く、そして豊かな国に。
――『発展に犠牲はつきものだ』なんて言葉があるけれど……。
生存競争が人間の発展させ、活気あるものにしているのは、たしかだ……。実際、今オレがいる帝国はすごく活気づいている。
「ねぇ、もう帰ろうよ! バレたらやばいって!?」
「大丈夫だよ、クーフェ。魔力を抑えておけば、絶対にばれないって」
「そりゃそうかもしれない……けどさぁ……」
――そう、俺達は今、地上に来ている。人間たちの世界に来ているんだ。
この日のために《擬態の術》だって一生懸命練習した。オレが魔族だって絶対に見破られない自信があった。それだけ、精巧に人間の形を真似できたのだ。
《擬態の術》それは、人間や動物の形に化けることができる魔術であり、魔族の固有能力。
……とはいっても、魔族と人間の“混血”である俺たちは、そこまで人間の姿から外れちゃいない。肌の色が少し違うのと、角があるだけで殆ど人間と一緒だ。
だから、擬態したって言っても、ベースは殆ど素の自分。魔族の時の見た目をちょっとイジった程度。
「この国の王子って、魔族の姿の俺の顔面に結構似てるたしいぜ? さっきから人間違いされるし……角を隠すだけで、そっくりさんだぜ」
「はいはい。あんまりイケメンじゃないって点では私も同意よ」
「ひでーな。それは、あんまりだぜ…」
どうやら、オレの姿はこの国の王子と瓜二つらしい。さっきから人間違いをされ、声をかけられる。
「まったく……王子に似ているからって、変なことに巻き込まれないでよね」
「……オレが王子に似てるんじゃねーよ! あっちが勝手にオレに似てきてるだけ!!」
顔が微妙な有名人に似ているって言われている気分だ。オレだって好きでこの顔に生まれてきたんじゃない。
「でも……これが地上なんだな。……いっぱい人がいるし、活気に満ち溢れてる。それに、美味そうな匂いが色んな建物から漂ってくるぜ! な!? クーフェ」
「分かった、分かったわよ!そんな興奮しないで! ダンジョンを抜け出して、地上に遊びに来た……なんて、ダンジョンの皆にバレたら、尻バットノック1000本の刑よ……」
「そ、それは嫌だな」
……それは御免こうむりたい。幼い頃に悪戯をして、こっ酷く叱られたときの苦い思い出は二度とごめんだ。もうあんな思いは懲り懲りだ。
ただ、なんで俺たちがそんなリスクを負ってまで、今ここにいるのか。それは――
「これが、爺ちゃん達が暮らしていた、地上ってヤツなんだな…。」
「そうね。私達の祖父たちが住んでいた世界。……そう思うと、感慨深いわね。」
オレたちがここにいる理由。――それは、今は亡き爺ちゃんが生まれ育った場所を、一度見てみたかったから。オレと横にいる幼馴染のクーフェは、魔族と人間の“混血”なんだ。もう100年以上も昔に、この地上からやってきた伝説の冒険者たちは、裏ダンジョンで余生を過ごし、魔族との子を生んだ。
それまで人間という種と、交流を持たなかった魔族だったが、彼らが人間という種を受け入れることに抵抗がなかったのには理由がある。
魔族には、人種差別の様な、種族への差別感がほとんどない。皆無と言っても良い。だから、人間を拒まないし、自分たちから戦いを挑んだりしない。
――意外だった……かな? 名前からして悪の存在とでも思った? でも、魔族は非常に温厚な種族。これには理由もある。
なぜなら、魔族は姿形が十人十色なんだよ。牛男みたいものもいれば、半魚人みたいなものいる。狼男だっているし、ケンタウロスだっている。余りにも見た目がバラバラな種族が、一緒に生きているから、いちいち見た目なんて気にしてられない。人間がそこに加わっても、彼らからしてみれば、些細な問題なんだ。違うのが当たり前。それを受け入れるのが当たり前なんだ。
俺ら魔族からしてみれば、人間が黒人・白人・黄色人種なんてもので争っているのは、理解ができないね……。肌や瞳の色が違う程度……何の違いがあるんだい?それで争うなんて馬鹿らしいよ。
ああ、そうそう。魔族の中にも、ちゃんと人間の形している子達はいるよ。僕たち混血 の他にも、雪女さんとか、淫魔さんとか、堕天使さんとか色々ね。ちなみに、彼女たちは凄く綺麗な見た目をしている。人間でいうところの超絶美人さんってのに当てはまるんじゃないかな。
ちなみにだけど、オレは古代悪魔と人間の“混血”。そっちのクーフェには淫魔の血が流れている。
そんな事を考えている内に、活気のある人通りに差し掛かる。何かお祭りでもやっているのだろうか?
「それにしても…。本当に人が多くて活気があるよなぁ…。昨日は、なにかのお祭りだったみたいだし…」
裏ダンジョンは、温厚でおっとりした魔族ばっかりだっかたら、平和なんだけどちょっと物足りない感はあったんだよね。でも、この帝国は違う。すごく活気があって、毎日がお祭り騒ぎだ。オレの人間の血がこの空気感を求めていたのか、オレの性格なのか……それはわからないけれど……それにしても人の数がすごい……。
「どこを見渡してもヒト! ひと! 人!! って感じだな!! って...あれ、クーフェどこにいった?」
初めての地上に内心はしゃいでいたせいか、人混みでクーフェと離れてしまたようだ。
「おっと、クーフェを探さないとなって…うおっ!!」
――ドンッ!!
肩が外れそうなほどの衝撃が走る。人混みの中をすごい勢いで走ってきた男と肩がぶつかったようだ……。
オレにぶつかってきた男は転んでしまう。体の強い魔族の俺は、転ぶまではいかなかったが、爆走男はコケて尻もちを着いたせいか、痛そうにうめき声を上げている。
「い゛だーーーい! し、しんでじまう゛!!」
「おいおい、大丈夫か? でも、死ぬって、大げさな……。」
「我輩……痛いのは苦手なのである……。で! あ! る! が! しかし、今は逃げるのに必死なのである……」
(な、なんなんだコイツ……。我輩とか、逃げるとか……。変わったヤツ……)
コートに身を隠した男はお尻をさすりながらも、俺に謝罪の言葉を向けてくる。
「お主……急にぶつかって悪かったのであーる……。謝るのであーる。許してほしいので、あぁ..……あ゛あ゛あ゛!!!」
「おいおい……次はどうしたんだよ。どっか、別の場所を痛めたのか……?」
なんで俺はこいつの心配をしているんだ、という気持ちに駆られながらも、なぜか憎めない男の話を聞いてしまう。
「お主……なんて我輩に似とるんじゃ……瓜二つじゃないないか……なのであーる!!」
「そんなわけあるかよ……俺に似てるのは、この国の……あんまりイケメンじゃない王子ぐらいって、げげっ!?」
半信半疑で、フードを取ったその男の顔を見ると、たしかに俺に似ていた……。爆走男の素顔は、角を隠した俺の顔に、余りにも似ていて少し自分でも惹くぐらいだ…。
「おいおい……。この国の王子様がなんでこんな所に……。さすがに、俺が地上の事を知らなくても、王子様がこんな……みすぼらしい格好で、夜逃げするみたいな真似はしないことはしっているよ?」
「地上……、というのがなんの事か分かりかねるであーるが、紛れもなく我輩はこの国の第1王子のダン・ル・ドヴァール。これでも、王子なのであーる」
「いや……そんな格好で言われてもなぁ……。でも、たしかに顔は……王子だな。俺にそっくりだし。」
同じ顔をした男が、仮にも帝国王子だと知ったときには、会ってみたいと少しテンションが上がった……けれど、こんな形で出くわすとはなぁ。ボロボロのフードに身を包んだ王子。現実と理想にはそうとうな乖離があったようだ……。それにしても、一国の王子がこんな格好をしているんだ…?
「なにか……訳ありか?」
ダンは、あまり美しいとは言えない瞳に、ウルウルと涙を浮かべながら、お涙頂戴とばかりに語りだす。
「聞いてくれるのか友よ!! 我輩はその心使いが嬉しいのである……。我輩は……今、誰にも頼れず、逃げているのであーる……。ウウウ……ヴワーン。」
「コラッ!泣くな泣くな、目立つだろ!仮にも、追われている身なんだから…」
(それに以上に、自分と同じ顔が、泣きべそをかいているのは、キツイ。精神安定上、良くない。どんな拷問プレイですか、恥ずかしすぎるわ!!)
「泣くのは、後でも出来るだろ。まずは……どこか身を隠すぞ。」
「わ、わかったのであーる。感謝するのであーる。……そ、そういえばお主の名は……」
「あ、俺の名か?..……ハイデだ!」
「ハイデ殿!いい名前なのであーる。それでは、誰にも見つからない様に……ひっそりと裏道にぬけるのであーる。」
そう言って、俺たちは出店が立ち並ぶ小道をスルスルと通り抜ける。たどり着いた裏路地は、異様なほどに静まり返っていた。俺たちは、そこで会話を再開する。
「で、帝国の王子がフードに身を包んで……どうしたんだよ。いったい、何に巻き込まれているんだ?」
「うーむ、どこから話したものか……実は……。」
王子は語りだす。今、帝国の置かれている危機的状況と、存亡を掛けた逃走劇を。
しかし……
――その悲劇は、俺の予想をはるかに超えていた
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