#0話『冒険者』
昔、爺ちゃんが話してくれた物語。
――五大英雄
今も伝説として語り継がれる五人の戦士のお話。そのうちの一人は、紛れもない……ボクのお爺ちゃんだ。
地上にあるダンジョンを片っ端から制覇する最強と謳われた戦士たち。その冒険の物語を聞くたびに、幼い頃のボクはドキドキしたのを今も覚えている。
ただ、そんな爺ちゃんが攻略できなかったダンジョンがあったらしい。
そう……それが、今、ボクがいる……
――裏ダンジョン
爺ちゃん達は、人間の中では最強といわれていたけれど、このダンジョンにいる魔族には勝てなかった。いや、手足も出なかったらしい。
そのとき戦った相手というのが、ボクの婆ちゃん。古代悪魔と言われる魔族だ。
一匹の魔族に勝てないのに、何が最強の戦士だよ。五大英雄なんて笑っちゃうね……なんて、言う人もいるかもしれないけど。
当時……魔族という種族は、地上の人間の誰も知らなかった。その存在はおとぎ話の中だけで出てくる存在。
人間たちが、知っているのは魔物。こいつらは、普通のダンジョンにもいるし、地上にだっている。人間が狩るのは、知能の低い魔物。スライムとか、ウルフとか……ああいうやつ。
――魔族と魔物。
同じ「魔」がついているけど、全然違う。人間と動物ぐらい違う。それぐらいの知能レベルに差があるんだ。
爺ちゃんは言っていた。――人間は傲慢な生き物だ。
人間という生き物は、人の「命」は数える。だけど、動物の「命」は数えたりしない。
自分の愛犬でも無い限り、ネズミとか、スズメが一匹死んでも、人が死んだ時のように騒いだりはしないだろう? だから、動物には「絶滅」という言葉があるんだ。
人間をひとり殺しても、他の人間が生き残っているから大丈夫なんて……考えないと思う。それはれっきとした「殺人」だ。でも、動物や魔物の場合どうだろう。一匹殺しても、全部死ななきゃ、「絶滅」しなきゃいい……。そうやって、人間社会は成り立っている。
――だから、「絶滅」という言葉があるんだよ。「絶滅危惧種」なんて、本当に傲慢な言葉だと思わないかい?
人間はそうやって「命の重さ」に差をつけているんだ。知能の低い生き物を自分たちより下に見ている……。でも、もし……。もしも……人間が魔族と出会ってしまったらどうなろうだろう。
爺ちゃんは言っていた。
――その先にあるのは戦争だと。
魔族には高い知能、膨大な魔力、優れた身体能力がある。そんな種族を人間が見たらどうだろう。自分たちより強い存在を見たらどう思うだろう。
――答えは、絶対に認めない。
自分たちの立場を揺るがす存在を消そうと、人間たちは戦争を仕掛けてくる。
だから、爺ちゃん達は、この裏ダンジョンから帰らないことを決めた。
なぜかって?――だって、最強とまで言われた冒険者達が帰還しないんだ……。それなのに、そこに身を投じようなんて考えるやつは、頭がイカれてるに決まってる。爺ちゃんたちが帰らなければ、挑戦しようなんて冒険者もいなくなる。
でも、人間がそんな戦争を起こすなんて、考えられないと言う人もいるかもしれない。ああ、たしかに絶対にするとは言い切れないけど、実際に、人間は過去に、何回も何回も亜人と戦争を起こしてきた。
亜人って種族は、あれね。ケモ耳がついた女の子とか、ああいう子たち。彼らは、すごい身体能力を持ってるし、知能も人間と同じぐらい高い。
だからこそ、人間は恐怖するんだ。亜人の数が増える前に根絶やしにしてしまおうと。数で勝るうちに消してしまおうと。
今、地上にある帝国という国は、過去に 亜人たちと衝突している。それは、魔族でも、多分一緒の結果になるだろう……。
だから、爺ちゃん達は戻るのをやめたらしい。
自分たちさえ黙っていれば、地上に戻らずに死んだことにしてしまえば……戦争を回避できるからって。
「帰還しない」――って判断のウラにはそんな考えがあったらしいんだ。
もし、戦争が起きれば、多くの人間が死ぬだろうし、この裏ダンジョンだって荒らされてしまう。良いことなんてひとつもないんだ。
実際に、それから100年以上、誰もこの裏ダンジョンには手を出さなかった。爺ちゃん達の選択が、正しかったんだって、今はそう思うね。孫として誇りにおもう。
でも、爺ちゃんは最後にこうも言っていた。
「魔族には美人が多いから、ぶっちゃけここで過ごすのも悪くないと思った。」
という一言にはがっくりも来たけど……。まあ、オレも男だから分からなくはない。
ちなみに、婆ちゃんは凄く美人だったらしい。ボクがイケメンじゃないのは爺ちゃんの遺伝だと恨んでるけど……。何にせよ、今の平和で、のどかな風景は爺ちゃんたちが守った景色なんだ。
でも、時々思うんだ。ボクには人間の血も流れてるから、いつか地上も見てみたいって。
でも、爺ちゃんに言うと、いつもこう言うんだ。
「お前の人生だから、止めはしないけれど、絶対にばれちゃいけないよ」ってね。
「おーい。ハイデー。遊ぼうよ!」
「あ、クーフェだ。」
幼き頃のハイデは、もう一つの故郷である地上に夢見て、すくすくと育つのだった。
そして、成人を迎えた日。彼は、初めて地上に降り立つのだった。
そして、彼は心に誓う。
地上の人間たちに知られちゃいけないこと……それは
「I'm from 裏ダンジョン」 ――ようこそ。地上世界へ。
――物語はここから始まる。
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