#6話『ヤンデレ』(前編)
「お帰りなさーい! 兄さまっ!!!」
妹の声が部屋中にひびく。やっと訪れた静かな時間は一瞬でどこかに消えてしまう。
――というか! いま、この娘……妹って言ったか!?
目の前にいる女の子は、さっきまでメイド服を着ていた娘だ。
それなのに、先ほどまでのメイドの口調とはうって変わって、甲高い声で「にいさま」と読んでくるこの少女は……
(まさか……この子が、本当にダンのいもうと!?)
俺の驚きなんて、知ってか知らぬか、妹と名乗る女の子は、オレとの距離をジリジリと距離をつめてくる。
「もぉ……兄様ったら! 私がメイド服に着替えたぐらいで、妹って気付かず、スルーしちゃうんですもの…!! ジェラシーですわ! そんな高度なスルースキルいりません! ポイしてくださいませ!!」
ぷくっとほっぺたを膨らませたその顔は、ダンの妹とは思えないほど可愛らしい。
「私だったら、もし兄さまが……たとえ庶民の服に身を包んでいても……
スライムなんかに転生しちゃっても……絶対気付きますのよ!! だって…私は兄様のこと、愛していますから!!」
(やばいヤツがきた……。この妹、ブラコンだッ! ……しかも、超がつく程の。……ってかスライムに転生ってなんだよッ! 魔物に転生するやつなんて、どんな世界の住人だ! そんなヤツがいるのか!?)
急にあらわれたダンの妹。ダンが唯一の心残りと言っていた女の子だ。o驚くべきは、そのブラコンぶりだろう……。どうしたらこんなことになるんだ……。
そして、ビックリしたことがもうひとつ。それは……
――ダンの妹とは思えないぐらいの美少女ってことだ。もし、ダンとそっくりなオレに妹がいたら、これ程までに可愛くなるのだろうか……と疑問になるほどに。……失礼かもしれないけど、本当にダンの妹だよな……?
そうこう考えている間にも、妹の兄様ラブ熱はとどまることを知らない。
「兄様!! 私は……兄様がこうやって戻ってきてくれて嬉しいのです……。信じていました……私、置いていかれたのかと……」
妹の顔には涙がうっすらとにじむ。それほど寂しかったのだ。
(うーん……。本当の兄じゃなくて心苦しいけど…。ここは兄として振る舞うべきなんだろうな……よしっ!)
俺は、さみしがる妹をはげまそうと、全力で兄を演じることに決めた。
「ああ。お前を置いてどこかに行くことなんてありえないさ。お前のことを家族として愛しているからな!」
「あ……あ……愛して……兄様が私のことを愛して……」
「家族として……だぞ……? 妹よ……」
突如、妹の顔が、沸騰したかのように赤くなる。その様子は、ゆでダコの様だ。アタマから「プシュー」と煙でもでるんじゃないかと思うほどに。
「私もです! 兄様! 私、モニカ・ル・ドヴァールは兄様のことを愛しています!!」
「モ、モニカよ! 家族としてだぞ……って、聞いちゃいねー!!」
モニカはモジモジしながら、完全に自分の世界に入っている。俺の声なんて、まるで届いていない様子だった。
「私……兄様が出ていったとき……世界が終わったかと思うほどショックで……。でも、戻ってきてくれて嬉しかったのです……だから……」
美少女が顔を真赤にして、にじり寄ってくる。こんな状況じゃなかったら嬉しいシチュエーションなのだが……
(でも……心配かけたんだし、少し抱きしめるぐらい良いか。俺としても役得だしな)
俺は、涙を浮かべる妹を抱き寄せ、背中をポンポンと叩く。
「ただ……私は兄さまと、離れたくなくて……」
「心配を掛けたな! すまなかった。俺はどこにも行かないさ!」
「はい……だから……兄様にはもうどこにも逃げられないように……私のそばでずっと……」
――もう、どこにも行っちゃいけませんよ。
ネトっとした言葉と一緒に、俺の首筋にするどい痛みがはしる。
――ズキッ。何か刺されたような痛みが……
「な……にっ!?」
違和感を感じた俺は、妹を急いで自分の体から引きはがす。
(モニカから悪意は感じなかった……。俺を殺そうとする気は無かったはず。なのになぜ……)
魔族の感情探知では何も感じなかった。妹から殺意は感じなかったのに……それなのに、攻撃された……?
一瞬なにが起きたか分からなかった。今までこんな事はなかった。
「モニカ……お前、いったい何を?」
妹は、俺の顔をうっとりと見つめながら、ゆっくりと話し始める。
「お兄様が悪いのですわ……。お兄様が私を置いていこうとするから。……だから、もう絶対に離れられないようにするんですわ……」
(これは、悪意なんかじゃない…。純粋な……)
信じられないことに、モニカの感情は悪意ではなかった……。それは、過剰なほどの愛情。好き過ぎるゆえの束縛。ぞくに言う……ヤンデレだ。これでは、感情探知にもひっかからない理由もわかる。だって、ゆがんでいても、それは愛情なんだから。
俺は、ゆがんだ愛をおしつけてくる妹をなんとか止めようとする。
「取り敢えず、そのナイフを……って、なんだとっ!」
妹に刃物をおくように、手で合図をしようとした瞬間……からだに違和感を感じる。腕が麻痺ってうごかない……。つづいて、足がわらい出し、体重を支えられなくなったオレは、ひざを着いてしまう。
「気付いた……様ですわね。もう、とき既に、遅し……ですけれど」
「これは、麻痺毒……か」
「はい、兄様! でも、これだけじゃありません。兄様を私の虜にして、離れられないようにするには……まだ足りません……」
妹は、手足が動かないオレから少し離れる。これから、オレの身にヤバいことが起こるとばかりに。
(何か、する気だ……! ただ……動けないのはこちらも好都合……。ちょっと、小細工をさせてもらうぞ!!)
俺は、体の腹部に魔力をため、ある準備をはじめる。しかし、モニカも同時に何かをしてこようとしていた。
「レイチェル! 術の発動よ!!」
「はっ!! 姫殿下。……しかし、よろしいのですか? こんなことをしたら……」
「いいの……。私から離れていく兄様には、私をもっと好きになってもらわないと」
「わ、わかりました。それでは、王子殿下……ご覚悟を!!」
そう言い放ったのは、俺がメイド姿の妹と出会ったときに、妹のほかにもう一人いたメイド……。どうやら、妹の側付きだったらしい。
「準備ができました。それでは……魅了の儀式をします! 王子殿下、先に謝っておきます!!」
(おいおい……謝るぐらいだったらやめとけって。……まぁ、それ以上に妹に忠実ってことか)
レイチェルの声がひびく。
――「術式発動」
その言葉と同時に現れたのは、光り輝くピンクの魔法陣。俺の真下に大きなピンクの魔法陣が出現する。その光は、淫魔の幼馴染を彷彿とさせる、妖美で、どこか懐かしいピンク色の光だった。
――俺はこの魔術を知っている。人間を虜にしてしまう魅了という魔術だ。淫魔のクーフェが得意な技だ。ただし、この魔法には問題がある。
そもそも、人間ひとりを虜にしてしまう魅了は、淫魔を除いて、簡単にあつかえる代物じゃない。
淫魔の血が入っている幼馴染なら術の発動も一瞬だろうが、術者が人間の場合、術の発動に結構な時間が、かかるはずだ……。だとしたら……。
「レイチェル。これは人間にとって、かんたんな魔法じゃないはずだ。さては、俺が部屋に戻ってくる前から、下準備をしてやがったな……」
「申し訳ございません……。ご無礼と承知の上、王子の部屋に罠をしかけておりました」
「なるほどな。妹の麻痺毒と言い……そこからの魅了といい……。ずいぶんと連携の取れた計画だな……。策士としては申し分ないぜ」
「あはっ! 兄様に褒められちゃった!! 私、実は軍師としての才能があるのかなぁ?」
「いや、褒めてねぇよ!! つか、その才能を兄ちゃんに使うな!!」
ハイデはツッコみつつも、実に連携の取れた良いワナだと感心する。
(実際に、本物のダンだったらこの時点でジ・エンド。一生、妹の虜になる人生が待っていることだろう。禁断の兄弟愛の始まり始まりってか……)
友だったら、この状況を何と言うのだろうか……
「まぁ、妹の事は嫌いじゃないし、そんな人生も悪くないのかもしれないけどな……」
「あら……嬉しいですわ! 兄様も、私と一緒になる心の準備が出来たようでして?」
「ああ、準備ができたぜ……十分な時間ももらったしな。」
――そう。準備は整ったのだ。
「お前たちは、俺に時間をあたえすぎた」
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