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ブレーメンの音楽隊殺人事件

作者: ヒラガナ

*この物語はフィクションです。なので、この物語に登場する動物たちは喋り、道具を使い、演奏もする人と変わらない存在として描かれています。人と同じなので殺人を犯し罪から逃れようともします。




 「ブレーメンの音楽隊」は奇妙な童話である。それはニワトリ、ネコ、イヌ、ロバが音楽隊を結成するのが非現実的だ、と嫁の掃除に難癖付ける姑のような意地悪な指摘ではない。童話といえば大きく分けて、大団円のハッピーエンドか、罪には罰の因果応報が物語の主流となる。しかし、「ブレーメンの音楽隊」を紐解くとそれらに振り分けることは出来ないことに気付く。


 『ニワトリ、ネコ、イヌ、ロバは泥棒たちを追い出しました。泥棒の隠れ家には盗まれたと思われる食べ物などがたくさんありました。このままブレーメンに行くよりもここで暮らす方が良いのでは、と思った彼らはその場に留まり楽しく暮らしました。めでたし。めでたし』とあるが、これをハッピーエンドとは言い難い。

 

 そもそも彼らの目的はブレーメンに行き、音楽隊として大成することだった。それが途中リタイアして、泥棒が盗んだ物を着服して暮らす妥協点を選択してしまった。常識的に考えれば泥棒の物だから好き勝手に消費して良いはずがない。また、ニワトリ、ネコ、イヌ、ロバはあれほど憧れたブレーメンへの夢もあっさりと捨てて未練は残らなかったのか。このように考えると、「ブレーメンの音楽隊」というタイトル自体にも奇妙な違和感を覚えてしまう。


 彼らは本当に楽しい生活を末永く続けることが出来たのだろうか。夢を捨て、盗難品をさらに盗んで暮らすことを選んだ彼らに安寧の日々はあったのだろうか。

 


そう、もしかしたら案外早く崩壊の日は訪れたのかもしれない。





 前日の大雨が嘘のような澄み切った青が上空一面に広がっていた。こんな日は良い事があるといいな、と誰もが思うほど清清しい朝だった。だが、警察という人を疑う組織で長年働いてきたイオン警部には、こんな日だからこそ嫌なことがありそうだ。と、ひねくれた感想を持たせる朝だった。

 

 案の定、出勤直後のイオン警部の耳に事件の報が届いた。状況を説明する部下のビット刑事の声が地に着いていないことを察したイオン警部は、報告が終わる前から厄介な事件になりそうだと内心嘆息した。

 

 ビット刑事の報告を要約するとこうだ。町外れの一軒家、そこの物置から女性の刺殺体が発見された。厄介の種は被害者と現場にあった。

 

 被害者はここら一帯の地主の妻であるスカル夫人。高飛車で傲慢、厚顔無恥という言葉に手足が生えればきっと彼女になる、と陰口が絶えない人物だった。その彼女が泥棒一味に誘拐されたのが三日前だった。泥棒たちとの交渉はイオン警部の仕事ではなかったので詳しくは知らないが、粘り強い交渉の末、何とか泥棒たちから解放するとの言葉を出させた直後の悲報だったらしい。

 そして、彼女が殺害された現場の一軒家は泥棒たちの隠れ家だったそうだ。先に現場に行った連中から、一軒家内にて盗品が次々と発見された、と連絡が来ている。


「ほう。で、泥棒たちは捕まえることが出来たのか?」

「そ、それが。昨晩のうちに逃げ出したようで、え〜と」


ビット刑事はどう説明すればいいのか迷っているようだ。イオン警部は、まだまだ頼りない部下を萎縮させないよう、やんわりと先を言うよう急かした。


「実は、昨晩たまたま泥棒の隠れ家を訪ねた連中がいたんです。その連中、連絡では旅の音楽隊と名乗っているようですが、ともかく連中が泥棒たちを追い出してしまったようです」

「なんだと」

厄介な事件になりそうだ、という自分の勘が当たる音をイオン警部は聞いた気がした。


「じゃあ、なにか。事件の通報者はその連中なのか」

「はい。泥棒たちを追い出した翌日、つまり今日の朝に一軒家の物置から死体を発見したそうです」

「はぁ〜。ともかく現場に行かねば始まらんか」

ため息一つ。イオン警部とビット刑事は車に乗ると、町外れの一軒家に向かった。



 現場は森の奥だった。そこに行くまでの過程が大変だった。昨日の大雨の名残である水溜りがいたる所にあり、先日洗車したばかりのパトカーは白黒のその姿に茶色という新しい色を付け加えていった。さらに舗装されていないぬかるんだ道になると、車のタイヤがぬかるみにはまり、進むことが出来なくなってしまった。


「ビット刑事、出番だよ。アクセルは私が踏むから」

ここぞとばかりに上司権限を使い、渋い顔をするビット刑事を外に出し、後ろから車を押させながらようやく現場の一軒家にたどり着いた。



 隠れ家は四方八方を森で囲まれた草地に佇んでいた。その外観はバンガローのようであった。使っている丸太はおそらくこの近辺に生えていたものだろう。削りが粗く、どれも均一性に欠けていた。そのため雨風には強そうだが、無骨なイメージを発している。見た目よりも、とりあえず出来れば良しを優先したデザインだ。趣味の日曜大工を突き詰めればこんな建物になるだろう。ようは正規の業者の手ではなく、素人によって建てられたのだ。なるほど、泥棒たちの隠れ家としては模範的な建物である。

 

 その隠れ家の一角にこれまた無骨な掘っ立て小屋があった。事件現場の物置である。先に来ていた最寄りの交番の警官が二人に敬礼した。二人もそれに答え敬礼し、物置に入った。


 物置は六畳くらいのスペースだった。壁際には斧や鉈、ノコギリなど物々しいものから、かんな、のみ、金づち、それに数本の木材など木工道具が置かれていた。だが、イオン警部が初めに目を惹かれたのは部屋の中央に横たわる物体だった。物体、そう彼女はすでに生物ではなくなっていた。脈動を放棄して朽ちていた。たまらず顔をしかめるビット刑事を尻目にイオン警部は死体を観察した。


 贅沢を極めた婦人は、こ汚い地面の上でうつ伏せに倒れていた。生前の彼女ならその我慢ならぬ境遇に毒を吐きまくるところだろうが、その口は文句一つ吐かず地面と接吻を交わすことに忙しいようだった。背中に外傷は見られない。しかし、床には真紅の絨毯を敷いたように血が広がっている。ならば正面から刺されたのだろうか。


 と、イオン警部の視線が血だまりの中に浮かぶ二本の紐に収束した

「こいつは」

「荷造り用のビニールですね。どうしてこんな所に」

「それはこの紐の長さを見れば、おのずと想像できる」

イオン警部は二本の紐を手に取った。紐の長さはどちらも二メートルくらいである。

「事件に関係するんですか?」

ビット刑事が首をかしげて尋ねる。


「ああ、大有りだ。おそらく泥棒たちはこいつで被害者は拘束していたのだろう。一本は上半身を、もう一本は下半身用にな」

「なるほど・・・・って普通もっと頑丈な、そうロープとかで拘束するもんじゃないんですかね。こんなビニール紐なら無理すれば外せる気がするんですが」

「それはおそらく」

イオン警部は死体にそっと近寄り、未だうつ伏せになっていた顔を丁寧に持ち上げた。

「やっぱりな、見ろよ」


イオン警部に促されたビット刑事は「なんまんだぶ、なんまんだぶ」と何とも頼りない声を出しながら死体の顔を見た。そして「あっ!・・・あ〜」と驚きと納得の声を上げた。


「そうか、被害者はお婆さんだったんですね」


地主の妻として悪名轟かせていた被害者だが、その年齢やら詳しいデータを二人はまだ知らされていなかった。さらに肌を見せないダボダボナな服装と長い髪が、年齢の特定を難しくしていたのだ。


「まあこんな婆さんならビニール紐だけでも十分拘束できる、と泥棒たちは考えたんだろ」

「確かにこの物置ならビニール紐の一つや二つありそうですね・・・ほら、やっぱり」


ビット刑事が棚に置いてあったビニール紐の玉を見つけた。色や紐の厚さからして、この玉を切って使用したのだろう。


 「目ぼしい物はこのくらいだな。後はもうすぐ来る鑑識たちに任せよう」

「ですね。じゃあ次は音楽隊の連中の話を聞きましょうか」


二人が物置から出ようとした時、交番の警官が慌てた勢いで入ってきた。

「警部どのー!大変です」

「なんだ、報告は落ち着いて正確に行え」

「りょ、了解」


イオン警部の言葉で、息を整えるという行為を思い出した警官は、声を絞り出すようにして報告した。


「ここに来る車道で土砂崩れが発生し、鑑識を含めた後続の捜査員たちが足止めを受けているそうです」


「えーっ!」

ビット刑事が思わずそう叫んだ。実はイオン警部も「嘘だろ」と驚いたのだが、ビット刑事の声で掻き消えた。

「俺たちが通ったすぐ後に崩れたのか。運が良いのか、悪いのか。ったく、後続はいつ頃こちらに到着するんだ?」

「日暮れ前には来る、との事です」

「はぁ〜」


 ああ、ちくしょう。やっぱり厄介な事になった。青空の馬鹿野郎!空への恨み言を十ほど並べ立てた後、イオン警部はこの場にいる警官たちの中で一番上の階級である自分が指揮を執るしかない、と腹をくくった。


「ともかく鑑識が来るまで、我々で現場を保存しなくてはならない。どちらかカメラを持っていないか」

「たしかパトカーにデジタルカメラを積んでいます。取って来ます」

ビット刑事がパトカーへと走っていった。

「じゃあ、君」

「はっ、なんでしょうか」

「交番から来ているのは、君の他にいるか」

「あと一人来ています」

「では、もう一人を呼び、二人で入り口の前に立て。私の許可のない者は誰一人として中に入れるな」

「了解しました」


交番の警官も仲間を呼びに走って行った。さて、初動捜査で駆けつけた捜査員は十人ほどだ。この人員で出来るだけのことをしなくては。一人現場に残ったイオン警部は、


「ちくしょう、今晩は飲むぞ」


と誰に聞かれるでもなく愚痴をこぼした。




 「それにしても泥棒たちはなぜ拘束していた紐を切った後で、被害者を殺したんでしょうか」

カメラで手当たり次第写真を撮りまくりながら、ビット刑事は疑問を口にした。


「なぜ泥棒が殺したと思う?」

「えっ、だって泥棒以外にいないじゃないですか。身代金の交渉が上手くいったから、邪魔な人質を早々に殺したんじゃ」

「泥棒ならわざわざ紐を切った後に殺さない。それにこの死体は」


イオン警部はそっと死体の首に手を置いた。


「正確な時間は鑑識の結果待ちだが、死後3〜5時間くらいだ」

「それっておかしいじゃないですか!泥棒たちが例の旅の音楽隊に追い出されたのは昨晩って話ですよ」


イオン警部は時計を確認した。現在午前十一時。とすると、被害者が殺害されたのは明け方過ぎだろう。昨晩逃げ出した泥棒の仕業と言うなら、確かにおかしな話だ。


「そうだな。隠れ家を追い出されたなら、人質も連れて別の場所に隠れるだろう。殺して、あまつさえ死体を放置しておくのは考えられない。死体が見つかれば、身代金交渉もオジャンだからな」

「ってことは」

「怪しい奴らは他にいる」


イオン警部の指す人物らにピンと来たのだろう、ビット刑事はゴクンと唾を飲み込んだ。

「音楽隊の連中は、現在隣の建物の居間で待機させています」

「写真の方は撮り終わったか」

「はっ、あらかた終わりました」

「よろしい。事情聴取と行こう」

「はい!」


死体の処理と、より詳しい現場検証は後から来る鑑識たちの仕事だ。イオン警部とビット刑事は容疑者たちの待つ建物に向かった。



 居間に入ると、視線がイオン警部に集中した。イオン警部は臆することなく、視線の主たちを見返した。居間には中央に表面が凹凸のお手製テーブルと椅子しか置かれていなかった。泥棒たちの住処なのだからアンティークに凝っていたらそれはそれで変な感じだが、いまいち物足りなさを感じる内装であった。その数少ない内装に容疑者と思われるニワトリ、ネコ、イヌ、ロバが神妙な顔をして座っていた。


「皆さん、お揃いですね。私はラヌキ署のイオンと申します。後ろにいるのは部下のビット刑事です」


簡単な挨拶をすませた後、イオン警部は


「早速ですが、私は皆さんを疑っています」


と一気に切り込んだ。あまりに率直、前置きも配慮もない言葉にビット刑事も含めてその場の誰もが凍りついた。


「ちょ、ちょっと警部!」

「なぜ私が疑っているか、まあ勝手に人の家に住みついた皆さんならお分かりですね」


ビット刑事の注意を無視してイオン警部は言葉を続けた。彼とて普段ならこんな強引な話し方はしない。やり過ぎれば名誉毀損で訴えられかねない。しかし、今回の場合、容疑者である音楽隊のメンバーたちには強盗した後ろめたさがある。非のある者には多少遠慮せずに攻めても問題ない。わざと強引に攻めて、焦りのあまり嘘偽りでコーティングする暇なくこぼれ出る証言を手に入れよう、そうイオン警部は考えたのだ。

 

 だが、どんな状況だろうと反骨精神が旺盛な輩はいる。自分が不利だろうと、相手が警察だろうと、強気に攻められれば強気に返さないと気がすまない輩が。音楽隊のネコがまさにそれだった。


「ちょっといきなり酷い言い草じゃない。あたしたちは泥棒を追っ払ったのよ。なんで批難されないといけないの。むしろ感謝されるべきだわ」


鋭い牙をこれでもかと強調しながらネコは威勢よく抗議した。だが、これまでに多くの凶悪犯と対面してきたイオン警部には、その威嚇は毛ほども効果はなかった。


「たしかに皆さんは立派なことをしました。もしかしたら警察から感謝状と金一封は出るかもしれません。しかし、私が担当しているのは泥棒の件ではなく、皆さんが泊まっていたこの家の物置で起きた殺人事件です。論点をお間違えならないように」

「くっ、むかつくわ。その人を馬鹿にしたような喋り方!」


「止めないか、ネコ」

イヌがネコを止めた。


「失礼しました、警部さん。見ての通り頭に血が上りやすい奴なんです。お心を傷つけた謝罪は音楽隊隊長の自分がします。すみませんでした」


真摯な瞳と実直な声と公明な振る舞いで、イヌは頭を下げた。やりにくい相手だ、イオン警部は心の中で舌打ちした。イヌは音楽隊の責任者と名乗った。確かに人の上に立つ風格を備えた一角の人物のようだ。それゆえに事情聴取を難航させる相手になるかもしれない。イオン警部は気を引き締めた。


「身の潔白を証明したいのなら、しっかりとした証言を正直におっしゃってください。では、まず死体発見時のことを聞きます。第一発見者はどなたですか?」


「あ、それわたしです!」

ニワトリが手を挙げた。まるで先生の質問に元気良く手を挙げる生徒のようだった。


「詳しい話をお願いします」

「話して良いの?良いんだね?言っちゃうよ!ねえ、隊長」

なぜかニワトリはイヌに許しを求めた。


「ああ、だが簡潔に分かりやすくな」

「分かってるって。じゃあ、言う!」


ニワトリは胸を思いっきり膨らませ息を吸った。そして

「えとねわたしってニワトリじゃんそりゃこの中では一番初めに起きてほら朝の定番のコケコッコーをやるわけよだから今日もこの家の屋根に登って高らかにさけんだわけそういえば知ってるあたしたちニワトリのコケコッコーにはいくつかのパターンがあってその日の気分や天気で違うコケコッコーをしてるんだよまあ他の動物には分からないかもしれないけどそれで次に居間で寝ているみんなを起こそうと思ったの昨晩どんちゃん騒ぎで飲めや歌えでお腹いっぱいだったんだけどやっぱり寝ればお腹ってすくんだねロバでも起こして朝飯を作ってもらおうかなと思ってたんだけど」



「ストーーップ!」


イオン警部が大声を上げた。良い意味で落ち着き払った、悪い意味でやる気のなさそうな普段の彼からは想像しにくい姿だった。それほどにニワトリの喋りが速く、また本題にかすらず迷走していたのだ。


「ニワトリ!簡潔に分かりやすく話せと言っただろう」

「え〜ちゃんと話しているじゃない。これでも全然話足りないのに」

「失礼しました、警部さん。聞いての通り一たび口を開けば死ぬまで喋り続けようとする奴なんです。いつもは必要な時以外喋らないよう俺が指示していたのですが。お心を傷つけた謝罪は音楽隊責任者の自分がします。すみませんでした」


先ほどのネコ同様、イヌが頭を下げた。音楽隊の隊長は大変だ、とイオン警部は少しイヌに同情した。



 イオン警部が後に「胃に穴が開く様と、こめかみの血管の脈動は感知できるものだと初めて知った。腰の拳銃に手が行くのを我慢した我が忍耐力にはどんな賞賛も釣り合わない」と話すほどのニワトリの聴取が終わり、まとめれば『一番に起きたニワトリが暇つぶしに入った物置小屋で女性の遺体を見つけ、酔いつぶれて寝ている仲間を起こして警察に連絡した』とあまり有益でない情報が得られた。


「あの〜、警部さん」

今まで一言も喋っていなかったロバがイヌの後ろに隠れるようにして口を開いた。もっともその巨体がイヌで隠せられるはずもなく見え見えだったが。


「僕たちを疑っているようですけど・・・その、その僕たちには動機ありませんよ。だ、だって被害者の女性とは面識ないですから」


おどおどした口調。大きな図体と反比例した肝っ玉の持ち主らしい。イヌから戒口令をしかれたニワトリとは違って、純粋に話すことが苦手な性格のようだ。だが、その彼が弱気ながらも意見している。仲間を守ろうとする思いで勇気を奮い立たせることが出来る優しい性格なのだろう、イオン警部は冷静に分析した。無論、容疑者が誰でどんな聖人でも尋問を緩めることは出来ない。


「見ず知らずとどうして分かるのですか。うつ伏せになった死体を起こして、顔をしっかり見て、それでこの人は自分の知っている人ではない。そうあなたたちは確認したのですか」

「そ、そんなこと出来ません。大体ニワトリさん以外は誰も物置には入っていません。死体だってドアごしに見ただけです。でも、警察の人から教えてもらいました。被害者は、この町の地主さんの奥さんって。僕たちがこの町に来たのは昨日が初めてです。どうやって殺害する動機を持つって言うんですか」

「そうよ!あたしたちには、この町の人との面識なんてこれっぽっちもないの!なんで殺さなきゃならないのよ」

ロバの意見にネコが続いた。ニワトリも何か話したそうにしている。


「ですが、この世知辛い世の中には無差別殺人もあります。それに実はあなた方の誰かが過去に被害者と知り合っていた可能性は否定できない」

「なによそれ!それじゃあたしたちがどんなにあの婆さんを知らないって言っても、警察は聞く耳持たずなわけ」

「それはあなたたちの過去を詳しく調べてみないと分かりません」


きっぱりとしたイオン警部の声に、ネコが癇癪を起こしかけた。しかし、それはこの場にそぐわないイヌの冷静な声で寸前のところで止められた。


「では、警部さん。個別に事情聴取をして、もっとも詳しい話を聞いてみてはどうですか。このままでは事情聴取も上手くいかないでしょう、申し訳ないのですが、うちの隊員には協調性のない奴や話の腰を折りたがる奴がいまして」

「ちょっと隊長!それ誰のこと」

「隊長!わたしは人の話をちゃんと聞くよ隊長のお願いだってきちんと聞いて口をつぐむ努力を常日頃やっているからねだから」

「自覚があるのなら黙っていろ。どうでしょう、警部さん」

「確かにこのままでは埒があかない」


イオン警部はイヌの提案を呑むことにした。女三人集まると姦しい、と言うがそのことわざはこの音楽隊にも通用するようだ。ならば集まらせない方が良い。


「ありがとうございます。じゃあ、ネコ。まずお前からだ」

「え〜〜、なんであたしが最初なの」

「お前を後にすると文句ばかり垂れるじゃないか。嫌なことはさっさと終わらせたいのが、お前の性分だろ」

「そ、そりゃそうだけど」


隊長のイヌには、ネコもおいそれと反抗出来ないようだ。イオン警部としては、イヌにネコをもっと厳しく従わせて文字通り借りてきた猫のようにしてもらいたいくらいだった。

 イヌたちには二階の一室に待機してもらい、居間にはイオン警部と仏頂面を隠そうともしないネコが残った。


「で、何を聞きたいの」

とても捜査に協力的と思える態度ではない。イオン警部はまず場の雰囲気の改善を狙って質問した。


「あなたたちは音楽隊、と聞きましたが具体的にはどんなことをするのですか」

「それって事件に関係あるの」

「関係半分、興味半分です」

イオン警部のは言葉にネコは「ふぅ〜」とため息をつきながらも回答を寄こしてくれた。


「イヌがフルート、ニワトリがティンパニ、ロバがトランペット、あたしがヴァイオンリン。それで適当に演奏していたわ」

「オーケストラの縮図みたいですな」

「そうね、簡易オーケストラってところよ。もっとも楽器は四つだけだから大雑把な音を奏でるしか出来ないけど。まったく、まだまだ素人の域を脱していないヒヨっ子音楽隊よ」



 それからネコは音楽隊に対して不平不満をぶちまけ続けた。やれ使用する楽器が安物で音も安っぽい、やれ練習となるとロバがすぐ失敗しニワトリが喋り続け先に進まない、やれリーダーのイヌが宣伝行為を過小評価しているためお客が集まらない、などなど。


 頼んでもいないことまでネコは話した。どれも音楽隊を非難する言葉だったが、イオン警部はそこに愛情を感じた。憎まれ口の上に付いている瞳がらんらんと輝いているのだから間違いない。ネコは音楽隊を、仲間たちをたまらなく愛している。その仲間たちが疑われている現状に不満を持つのは至極当然なのだろう。そんな嫌われる職務を果たさなければならない警察に不平不満をぶつまけたい衝動を堪えながら、そろそろ事件に関係する事柄に質問を切り替えていこう、そうイオン警部が思った時。新たな事件が起こってしまった。




 どたどたと階段を駆け下りる足音、その主はイヌたちの部屋の前に見張りとしておいていたビット刑事だった。


「け、警部!」

「どうした、何があった」

「そ、そのその」



ビット刑事はグッと唾を飲み込んで

「ニワトリが誘拐されてしまいました!」

「な、なんだと!」

「そんな!」


予想外の出来事にイオン警部とネコは同時に驚きの声を上げた。イオン警部は急いで二階の待合部屋に入った。そこは元来泥棒たちの寝床として使われていたのだろう。綺麗な木の床の上に簡素な二段ベッドが両脇に置いてあるだけだった。そのベットにへたり込むようにしてイヌとロバが座っていた。そして、部屋に唯一ある窓は両開きに開いており、カーテンが風になびいていた。





 「全員集合!」


イオン警部は現場保存させている交番から来た二人を除くすべての捜査員を集めた。それでも両手で数えられるほどの捜査員しかいない。だが、後続を待っている時間的余裕はなかった。事態は一刻を争う。


 誘拐現場に居合わせやロバの話では、ニワトリをさらった泥棒一味と思われる男たちは西の方へ逃げて行ったらしい。もっとも泥棒の隠れ家は、周囲を森に囲まれた立地環境のため、どこに進もうと太陽の光さえ遮る森を進まなくてはならない。方角が分かっているとはいっても捜索が困難になることは誰の目からも明らかだった。しかも、唯一のヒントである方角でさえイヌとロバの証言を素直に信じれば、の話である。


「すみません警部!自分がしっかりしていれば」

平謝りするビット刑事にイオン警部は、慰めも叱責も与えなかった。その暇さえ惜しかった。



 混乱していたビット刑事の話を理路整然と並べなおすと、発生した事態の像が見えてきた。誘拐されたニワトリとイヌ、ロバは二階の一室で事情聴取の順番を待っていた。部屋の前にはビット刑事。この状況で泥棒一味は動いたらしい。誘拐犯は二人。侵入経路は部屋の窓からだった。現場は二階だが、建物に隣接する木を登り、屋根伝いに移動すれば窓から侵入することは可能だった。

 

 このことに関して、待合部屋をもっと吟味するべきだったとイオン警部は反省した。ともかく、部屋の外にいるビット刑事に気付かれず、泥棒たちは部屋に侵入。一人が素早くニワトリを人質に取り、もう一人が「大声出せば、こいつを殺す」と鋭利なナイフをチラつかせたらしい。これではイヌもロバも手が出せないどころか声さえ出せず、ニワトリが連れ去られるのを黙って見るしかなかった。以上がイヌとロバの証言である。


 いくら人数が少ないとはいえ、ビット刑事だけを見張りにしたのはミスだった。イオン警部は痛恨の念を禁じえなかった。だが、部下たちの手前、なんとか表情に出すことだけは防いだ。


 「これより森の中を捜索する。各チーム三人で行動。何かあればすぐにトランシーバーで本部に連絡。なお定時連絡は三十分ごとに行え。ここの森は広い。各自、注意を怠らず捜索に励むよう。以上!」


 イオン警部の号令で捜査員たちは森に散って行った。


「無事に誘拐犯とニワトリを見つけることが出来るでしょうか」

「難しいだろうな」


イオン警部とビット刑事は本部で捜索班からの連絡を待つことになった。本部は事情聴取を行っていた居間に設置した。二人の他にイヌ、ロバ、ネコがニワトリの無事を祈り、連絡を待っている。本部以外では、現場保存のために物置前に所轄の警官を二人配備している。他は全部ニワトリ捜索に回した。つまり、現在この一軒家の周りには警察関係者は四人だけになっていた。とても殺人事件を捜査する現場とは思えない状況。誰もが暗い顔で地面に視線を送っていた。だからこそイオン警部は自分を奮い立たせ、周りを鼓舞しなければならなかった。


「皆さん、ご心配ならさずに。ニワトリさんは必ず我々が助けてみせます」

ここまで思っていることと裏腹のセリフを言うのは初めてだ、とイオン警部は皮肉な笑みを浮かべそうになった。


 ビット刑事に言った「難しいだろうな」には二つの場合を想定した気持ちが込められていた。まず、本当にニワトリがさらわれていた場合だ。誘拐犯である泥棒たちは常日頃この森を庭のようにして過ごしていた。そんな彼らが本気で隠れたら、後続の連中も含めて大規模な山狩りをするくらいの覚悟でないと発見できるとは思えなかった。


 もう一つの場合でもやはり発見の可能性は低かった。実のところ、イオン警部は泥棒たちによる誘拐説にはとことん懐疑的だった。泥棒たちにとってこの誘拐は警察がうろつく中での誘拐というハイリスクを背負う割には、リターンが少ないのだ。むしろこの誘拐は狂言ではないのか。ニワトリが物置での殺人事件に大きく関わっており、それが露呈する前に雲隠れした。イヌとロバは共犯として存在しない泥棒を語り、ニワトリの逃亡に一役買った。そう考える方が自然な気がしてならなかった。で、あればニワトリはイヌとロバの証言とはまったく違う方向に逃げているだろう。発見するのは困難極まる。しかし、泥棒が存在しない証拠はないし、ニワトリが逃げ出したという証拠もない。残念ながら今はイヌたちの証言を元に捜索するしかなかった。


「ねえ、警部さん。ニワトリはまだ見つからないのですか」

捜索が始まって時計の長針が一周した。時間とともに募る不安の心を吐露するようにロバが喋った。

「定時連絡では、ニワトリの姿も泥棒の姿も見当たらないそうです」

「そんな」

ロバは心底心配そうな顔をした。これが演技ならなかなか食えない性格である。


「警部さん」

先ほどはへたり込んでいたイヌだが、なんとか気勢を取り戻したのかキリッとした顔をこちらに向けてきた。


「無理を承知で提案があります。自分たちもネコ捜索に協力出来ないでしょうか」

「ちょ、ちょっとイヌさん。そんな無茶な」

横からビット刑事が犬を止めようとした。だが、イオン警部は最後まで提案を聞くことにした。


「ニワトリと自分たちは、これまで長い間旅をしてきました。苦楽を供にしてきた大切な仲間なんです。そんな仲間がさらわれた時、自分は何も出来なかった。普段リーダー面しておきらながら、肝心な時に自分は恐怖で震えてしまったんです。悔やんでも悔やみきれません。だからもう逃げたくありません。黙って待っているなんて我慢出来ません。今は警察の人も少ないようですし、自分たちの力もぜひ活用していただきたい」


立派な言葉だった。その言葉に嘘偽りがないのなら、イヌは尊敬すべき存在となるだろう。だが、イオン警部はイヌたちがニワトリ捜索の隙をついて姿をくらませるのでは、と疑っていた。たしかに人材は圧倒的に不足しているが、容疑者たちの力を頼って末、容疑者たちに雲隠れされたならラヌキ署始まって以来の大不祥事である。自分と刑事課の上司と所長のクビがポーンと仲良く飛ぶ羽目になる光景が脳裏にちらついた。やはりイヌの提案に応じることはできない。


「音楽隊の皆さんの覚悟には尊敬の念を覚えます。しかし、あなたたちも泥棒の恨みの対象となっているでしょう。外に出ればあなたたちにも危険が迫る可能性があります。これ以上の被害を出さないためにもここに留まってもらわなければ困ります」


結局そう言って、イオン警部は彼らの提案を拒否した。イヌ自身も無茶な提案だったと自覚していたようで、大人しく引き下がっていった。



 これは長丁場になりそうだ。長い時間部下からの連絡を待つことになる。そう思っていたイオンの予想を裏切る事態は、晴天の霹靂のごとく脈絡もなくいきなり起こった。




 「コケコッコー」



遠くでニワトリが鳴いた。全員が身体を硬直させ、本当にニワトリの声なのかと意識を集中させた。




「コケコッコー」



二回目。間違いなかった。


「ニワトリの声だよ」

「ねえ!どこから?」

「外からだ。行こう!」


座っていた音楽隊のメンバーは全員立ち上がり、入り口に向けて走り出した。


「おい!こら待ちなさい」

イオン警部の停止命令も何のその、興奮した彼らの足を止められるものは存在しなかった。


「仕方ない!ビット刑事、我々も行くぞ」

「はいっ!」

イオン警部たちも後に続いて走り出した。



 建物から出たところでまたニワトリの声がした。


「あっちだ!」

聴力に自信ありのイヌが指したのは、泥棒たちが逃げたと思われた方向とは真逆の森だった。


「ニワトリさん、待ってて!」

走り出したロバに敵う者はいない。ロバは先頭になって猛然と進んでいく。腐っても鯛。弱気なチキンでもロバである。


 指された方角には物置があった。だが、入り口に立たせていたはずの交番の警官二名の姿はなかった。


「あいつら、持ち場を離れるなとあれほど」

「イオン警部〜〜!こっちです」

前方五十メートル。うっそうと広がる森の手前で手を振る警官たちの姿があった。


「ニワトリを見つけたのか」

駆け寄りながらイオン警部は問いかけた。

「まだですが、この先から聞こえます」


イオン警部は厚い森の木々で覆われた暗闇を睨みつけた。この先にニワトリがいるのか。そっと腰の銃に手を伸ばす。訓練で撃ったことはあったが、実践の方はそれなりに長い勤務暦を見ても無縁だった。イオン警部がそうなのだから、部下のビット刑事も銃の扱いには自信がなさそうだった。それが証拠にビット刑事は電子レンジで暖めたばかりのお弁当を持つような不安定な手で銃を握っていた。


「音楽隊の皆さんは、ここで待っていてください」

「嫌よ!ここまで来たらあたしも森に入るわ」

ネコが強硬に主張した。


「しかし、森の中には泥棒たちがいる可能性があります。非常に危険です」

「問答する時間じゃありません。僕は行きます」

かまわずロバが森に突入した。一人が行ってしまったら、イオン警部の声も空しく連鎖的に誰もが走り出してしまった。



 森に入ってすぐの場所、大きな木が茂る根元に倒れている者がいた。さらわれたニワトリだ。


「ニワトリさん、しっかりしてください」


真っ先に見つけたロバが、焦りながらも丁寧にニワトリを助け起こした。ニワトリは死んだように目を閉じていて、周囲の者たちの頭に最悪の想像が駆け巡った。しかし、


「う、うう」


ロバの声が刺激となって、程なくして目を開けた。


「わたしは・・・」

「喋らなくて良い。とりあえず急いで建物に戻りましょう」


ロバにニワトリを背負ってもらうと、イオン警部たちは周辺を警戒しながら速やかに森から撤収した。



 ニワトリには特に大きな外傷はなかった。泥棒たちの顔や言動について、どうやって逃げ出せたのか、なぜ気絶していたのか、疑問は尽きないがまだ衰弱しているニワトリからは有用な証言を聞くことは出来なかった。ほとんどの事柄を覚えていないで返されイオン警部もビット刑事も意気消沈せざるを得なかった。


 音楽隊は再び居間に待機させて、イオン警部たちは建物周辺の状況を確認していた。


「警部、捜索班は全員戻りました」

「そうかご苦労」


ビット刑事の報告を上の空に、イオン警部はずっと考え続けていた。今日は不測の事態の連続で、大切なことをことごとくスルーしてきた、そんな気分だった。ニワトリが逃亡せずに帰ってきたということは、自作自演の誘拐劇ではなかったのか。いや、泥棒の存在を誇示したかった狙いがあるのかもしれない。本当に誘拐されていたのか、偽りの誘拐だったのか。それさえ分かれば、今後の捜査方針を立てることが出来るのに。


 うつむいて考え事をしていたイオン警部は、ふと自分の靴に目が行った。泥まみれに汚れている。昨日の雨の影響で地面はぬかるんでいた。さらに太陽光を遮って地面がまったく乾いていない森を走ったのだ。お気に入りの黒の革靴は元気旺盛に外を駆け回る子どもの靴の様相に変貌していた。帰ったら洗わなくては。


 そう嘆いたイオン警部は、ハッとある光景を思い出した。決まりだ。あの誘拐は狂言だったのだ。なぜ、こんな単純なことに気付かなかったのか、イオン警部は自分の頭を小突いた。


「警部、どうしたんですか?」


ビットの刑事の心配の言葉を無視して、イオン警部は思考を続けた。狂言ならばその目的は。泥棒の存在を誇示したかったから。それだけか。それだけの理由であんな危ない橋を渡ったのか。イオン警部はイヌの鋭い眼力を思い出した。それだけの理由であいつが動くだろうか。


「ん、イヌ?」


思わず声に出した。イヌ、違和感があった。音楽隊のリーダーで隊のまとめ役のイヌ。メンバーの中で一番物言わぬ迫力を纏っていて、存在感はピカ一だった。だったはずなのに。


 イオン警部の記憶の中で、イヌの存在が非常に薄れた時があった。


「ビット刑事」

「はっ、なんでしょうか」

「君はニワトリの声を聞いて、外に飛び出した後。イヌの姿を見たか」

「えっ?」


思いもよらぬ質問にビット刑事は、うんうんと唸る。


「あまり覚えていません。でも、森の手前で警部が全員にここで待つように、と言った時はいたと思います。いや〜、なにしろ常に先頭を走っていたロバの印象が強くて。恐縮ですが他はあまり覚えていないんです」


そうロバにも違和感があった。事情聴取の時のロバは、いかにも気が弱そうだった。しかし、一転してニワトリ捜索の時は真っ先に駆け出していた。同一人物の行動とは思えない。あのロバの勇気ある行動は、我々の意識をイヌから遠ざけるための芝居だったとしたら。いや、だとしてもあんな短時間行方をくらませたとして、一体何が出来るというのだ。森の手前で合流していたのなら、自由に動けた時間は一分もないだろう。


「警部どの」


物置に立たせていた警官がやって来た。


「先ほど連絡がありまして、土砂の撤去は予定通り夕刻までに終わるそうです。あと二時間もすればこちらに来ると思います」

「後二時間か」


それまでの辛抱。イオン警部には今日が途方もないほど長く感じられた。早く合流して、報告して、家に帰って酒を飲みたい。とっととこんな所からはいなくなりたかった。いなくなる?ちょっと待て。


「君」

報告が終わり、戻ろうとする警官をイオン警部は呼び止めた。


「君はニワトリの声を聞いた時、持ち場を離れたね」

怒られると思ったのだろう警官は身を硬くして

「申し訳ありませんでした。自分たちの近くから声が聞こえたので、つい離れてしまいました」


その若い顔立ちを見るに警官になってまだ三年も経っていないだろう。目の前で助けを求める声を聞けば、与えられた職務を放棄してでも駆け出してしまう。そんな我武者羅な時代がイオン警部にもあった。だから、声を甲高くして激怒することはしなかった。それに、今は真っ先に確認すべきことがあった。


「ビット刑事、カメラは持っているか」

「犯行現場を写した物なら、ここに」

ビット刑事はポケットからカメラを取り出した。


「よし。時に君は間違い探しが得意かな」

「えっ?間違い探しって、あのクイズによく出てくるものですか」

「そうだ」

「まあ多少は出来ると思いますが」

「期待させてもらおう」


イオン警部は歩き出した。慌ててビット刑事もその後を追う。

「ちょっと待ってください警部。いったいどこに行くんですか」

振り返らずにイオン警部は答えた。

「物置さ。おそらく何かしらの細工をされたな」



 物置に入るのは二度目だ。イオン警部の考えが正しいなら何かが一度目とは違っているはずである。相変わらずスカル婦人の死体が置かれているこの欝たる空間で、二人はこの間違い探しに挑戦した。壁に置かれている工具に違和感はない。死体も変に動かされた形跡はない。が、その死体の傍に問題が潜んでいることにイオン警部たちは気付いた。


「なくなっていますね」

「ああ、二本ともな」


婦人の血の海に浮かんでいた物がなくなっていた。そうあの拘束用に使っていたビニール紐である。


「ビット刑事、カメラを見せてくれ」


一回目に現場を保存したカメラ。それには、しっかりとビニール紐が映っていた。犯人は高いリスクを犯してでもビニール紐を奪取しなければならなかった。つまりそれだけビニール紐は犯人特定の重要な証拠なのである。最初見た時はその長さにしか注目していなかったが、集中して見ればおもしろい所に目が行った。


「見ろよ。紐の途中にたるみがある」

「これは思いっきり引っ張った時に出来るものじゃないですか」

「冴えてるな。それにたるみの近くに引っ掻いた後もある。なるほど、そういうことか」


紐の切断面は鋭利な刃物で切られた後がある。しかし、その切断面の他に無理やり手で引き千切ろうとした後が残っていた。つまり、これは……


「あの、自分たちが持ち場を離れたせいで、なにか問題が起きたのですか」

入り口の方から見張り番の二人の警官が不安そうな声で顔を出した。


「まあな、だが結果的には犯人特定に結びつきそうだ」


その言葉に二人の警官は喜んでいいのか、ひたすら恐縮すればいいのか分からない顔をした。


「そうだ、君たちに質問がある。私たちが音楽隊に被害者について尋ねた時、音楽隊は被害者がこの町の地主の妻であることを知っていた。音楽隊に被害者のことを話したのは君たちかい?」

「は、はい。その通りです」


二人の警官は顔を青くした。勝手に情報を容疑者にリークしたことで今度こそ怒られると思ったのだろう。だが、イオン警部の関心は別の所にあった。


「どのように伝えたのか教えて欲しい。できれば一字一句まで正確に」

「えっ!おい何て言ったっけ」

「待て待て。あれは確か」


二人は自分たちの口から出た言葉の姿を思い出そうと、必死で記憶の確認を行った。その結果

「物置で倒れているのは、この町の地主の妻であるスカル夫人です。どなたかご存知ではないですか、だったと思います」

「それ以外のことは言ってないな」

「はっ、間違いない、と思います」

「結構」


二名の話で、ようやく今回の事件の全貌が見えてきた。どうやら今晩はうまい酒が飲めそうだ。

「警部、何か分かったみたいですけど。次はどうします」

横から期待の目を輝かせながらビット刑事が尋ねてくる。イオン警部は疲れた身体をほぐすために、背伸びしながら言った。


「そうだな、疲れたことだし休憩しよう」

「えっ?」

「居間には音楽隊がいるな。彼らの演奏でも聴きながらコーヒーブレイクと洒落込まないか」





 「演奏して欲しい、ですか」

イヌが怪訝な表情をした。まあ、捜査中の警察からいきなり「演奏を聴きたい」と言われればそんな顔の一つや二つしたくなるだろう。


「それは事件に関係することなんですか」

「それはもう。ぜひお願いします」


未だに釈然としないイヌだが、


「いいんじゃないかな」

「わたしを助けてくれたし、お礼の一つでもしないと申し訳ないわね」


と、ロバとニワトリの賛成もあり、演奏を引き受けてくれることになった。



 居間に楽器が用意された。音楽隊の各メンバーは自分の楽器の調律を余念なく行っている。聴衆がイオン警部とビット刑事だけでも彼らは全力で演奏に臨んでくれるようだ。なかなかの音楽隊根性である。


「しかし、これに意味があるんですか」

音楽隊に聞こえないようにビット刑事が尋ねてきた。

「さあ、関係するかもしれないし、しないかもしれない」

イオン警部はのらりくらりと言った。


「そんな!意味もなくこんなことやったら後から上にどやされますよ」

確かにもっともな言い分である。上司の怒った顔を想像して、イオン警部は憂鬱になった。だが、ここはあえて演奏を強行することにした。なぜなら。

「まあそう無粋なことを言わず、しっかり彼らの演奏を聴こうじゃないか。そう、なぜなら、多分二度と聴くことはないだろうから」



 「それでは初めます」


イヌの号令に合わせて、音楽隊は立ち上がり頭を下げた。指揮者のいない音楽隊は、リーダーであるイヌに全員の視線が集中している。おそらくイヌの動きに合わせて他も演奏するのだろう。案の定、出だしの音はイヌの鳴らすフルートから始まった。






 「いや〜、素晴らしかった」


万雷の拍手とはいかないが、イオン警部もビット刑事も手が痛くなるほどの強い拍手をした。ネコ曰く、まだまだダメな音楽隊だと評されていたが、音楽に詳しくないイオン警部には心を高ぶらせる音楽だった。


「わが国の民謡ですかな。久しぶりに聞いてみると、胸に来るものがありますな」


もう少し気の利いた感想を述べたい所だが、あいにくと芸術関連のボキャブラリーは不足気味だった。だが、拙い評価でも演奏者たちは嬉しそうに笑ってくれた。それがイオン警部にはたまらなく後ろめたかった。



 「皆さん」


音楽隊が楽器を片付けテーブルに集まったのを機に、イオン警部は全員に語りかけた。この事件に決着を付けるために。背筋をピンと伸ばして立ち、全員の目を見回しながら言った。


「これから私が分析した事件の見解を述べます。それに対し皆さんの意見を聞かせてください」

重々しい態度に、音楽隊のメンバーも顔を強張らせた。

「もしかして犯人が分かったの?」

「ええ」


ニワトリの問いにイオン警部は短い言葉で答えた。そのたった二文字の言葉でさらに場の緊張が高まった。


「まずは、先ほど起こったニワトリさんの誘拐事件からいきます。はっきり言いましょう。あれは誘拐事件ではありません。ニワトリさんは自分から行方をくらましたのです」

「えっ、嘘!」


イオン警部の爆弾発言にネコだけが反応した。そうネコだけが。後のロバとニワトリは目を見開いたものの、驚きの声も謂れのない中傷に対する非難の声も上げなかった。その態度がイオン警部の考えをより強固なものにした。しかし、リーダーであるイヌは一瞬戸惑ったものの、すぐに反論した。


「ちょっと待ってください。警部さんはあの誘拐が狂言だと言いたいのですか。そうなると警部さんは自分とニワトリとロバに疑惑を抱いている、と受け取れますが」

「その通りです。私は狂言誘拐を企画、実行したのはあなた方三名だと考えています」

「証拠は!」

「イヌさん。あなた方は昨晩この一軒家にたどり着いたそうですね。道中大変だったんじゃないですか。特に足元が」


そこまで言ったところで、イヌはこめかみを抑えて大きなため息をついた。


「雨、そうか足跡か」

「ご名答」


昨晩の大雨で土砂崩れが起きるほどこの辺りの地盤は不安定なものになっている。湿地帯と化しているのだ。当然、外から室内に入れば泥が付く。だがニワトリがさらわれた、という報告を受けて真っ先に向かった待合部屋。そこの床は奇麗なものだった。泥のついた人物が入った形跡はまったく見られなかった。遠い東の国には、室内に入る時は履物を脱ぐ文化があるそうだが、泥棒が逃亡する効率よりもその文化を優先する変人でもなければ必ず形跡は残るはずなのだ。


「何か言いたいことはないですか」

「いえ、ありません。警部さんの言うとおり、あれはお芝居です」


イヌはあっさりと非を認めた。この問題に関しては、どんな言葉を重ねようとも挽回出来ないだろう、と踏んでこれ以上のボロが出ないうちに撤退したのかもしれない。


「本当にすみませんでした」

ロバが深々と頭を下げた。


「ごめんなさい!警部さん。警部さんが会って早々殺人犯は泥棒じゃなく、わたしたちの中にいるって疑いを向けていたから、泥棒の印象を強くしたかったの。でもねでもね、わたしたちの中に殺人犯がいるはずないじゃない。本当よ」

焦ったニワトリがぺらぺらと喋る。


「そうです。自分たちはあくまで捜査を偏見なく行って欲しかった。だからこんな強引な手段に訴えたのです」


なるほどイヌは狂言の事実は認めた分、動機面を偽りで片付けようとしている。だが、そんなことはさせない。


「泥棒の印象を強くしたかった、まあ確かにそれも目的の一つだったでしょう。しかし、今回の狂言誘拐の本当の目的はそんなことではありません。ニワトリさん捜索による捜査員不足。そう、犯行現場の物置から見張り役の警官を排除することこそがあなた方の真の目的だったのです」

「なぜそんなことを」


イヌは驚きも嘆きもせず、能面のような無表情を作った。だが、ベテランのイオン警部にはイヌの高鳴る心臓の動悸が、自分の言葉の数だけ上昇していることを見抜いていた。もうすぐ墜ちる。



 「ビニール紐」

その単語だけで能面の一部が剥がれた。


「ビニール紐が物置から消えていました。ここに来てすぐに行った現場検証の時に現場の写真を撮っていたので間違いありません。さて、ここで問題になるのがそのビニール紐。あなた方はあんな強引でずさんな方法を使ってでもこれを現場に残しておいてはいけなかった。それほど殺人事件を解決する重要な証拠だった。違いますか」

「違います」

「違いませんよ。もっとも現物は後続組と合流の後に総出で探すことになるでしょう。しかし、現物が今ここになくても犯人の特定は可能です」


イオン警部は、イヌ、ネコ、ロバ、ニワトリの顔をじっと眺めた。そして、その中の一人が自分の思惑通りの状態に陥っていることを確認した。

 最後の攻めだ。


「ところで、どうして先ほどから手を後ろで組んでいるのですか。ここは軍隊ではないのですから、もっと楽に話を聞いていいのですよ。ネコさん」

ビット刑事がネコに近づき、「失礼します」とその手を無理やり掴んだ。

「ちょっと、やめてよ!」

ネコは必死で抵抗した。


「警部さん。これはなんのマネですか!」

「暴力に訴えるのはいけませんよ」

他の音楽隊のメンバーからも非難が寄せられたが、イオン警部は構わずネコの手を観察した。触り心地の良さそうな毛並みの一部に赤い線を見つけた。指からうっすらと血が出ていた。


「指を切ったみたいですね。どこでですか」

「忘れたわ!結構前だったから」

「そんなに前じゃないでしょう。先ほどの演奏でネコさんはヴァイオリンを弾いていましたね。演奏の途中の弦を押さえる行為によって止まっていた血が、また流れ始めたわけだ。そんな前の傷ならば血が再び流れることはありません」


イオン警部は一気に畳み掛けた。


「じゃあいつあなたは怪我したのか。それは、今朝の物置で被害者であるスカル夫人を拘束していたビニール紐を解く時だった。スカル婦人は巷で有名な性根の曲がった方だ。あなたがせっかく拘束を破っている時でさえ「さっさと助けろ」と急かしたのではないですか。焦ったあなたは、その爪でビニール紐を切ろうと試みた」

「何よそれ。勝手な想像で喋らないで!」


「だが、上手くいかず引き千切ろうとした。私も経験があるのですが、ビニール紐は引っ張る横からの力に強いのです。引き千切ろうと力を入れれば入れるほど紐は指に食い込んで、指を切るほどの鋭利な存在になってしまう」

「あたしがそれで怪我したって言うの。証拠はあるの!ビニール紐はまだ見つかってないでしょ!」

「ありますよ」

「えっ!」

イオン警部は一旦言葉を切った。

一気に喋ったのでうっすらと汗をかいていた。まあ、ネコがかいている冷汗に比べればささやかなものだ。大したことじゃない。締めに入ろう。


「あなたの爪の隙間にね」

「えっ、なんでよ」


ネコは信じられない顔をして、自分の爪を凝視した。


「ビニール紐を引っ掻くとその繊維が爪の隙間に残ってしまうのです。ロバさんの証言によれば物置に入ったのは、第一発見者のニワトリさんだけです。物置に置かれたビニール紐にあなたが触る機会などなかった」

「で、でもビニール紐なんてどこにでも売っているわ。そうよ、ここに来る前に町の雑貨家でビニール紐を触ったわ」

「それはどこの店ですか。名前は」

「え、急には思い出せないど」

「先ほども言いましたが、あなたがビニール紐に触ったのは、それほど前じゃないはずです。その怪我を見る限りにね。とはいえ後続さえ到着すればビニール紐などすぐに見つかりますよ。そうでしょう、イヌさん」


イヌは観念したように目をつぶりながら「でしょうね」と小さい声で言った。ビニール紐を隠したのはイヌである。彼はニワトリ捜索の隙を見て、ビニール紐を盗んだ。だが、盗んだはいいが、すぐに皆と合流しなければ怪しまれる状況。ビニール紐を隠す場所など、ほとんどなかった。せいぜいニワトリを見つけた周辺に隠すのが関の山だ。範囲が予想できるのであれば大人数で探せば見つけるのも難しい話じゃない。


「ビニール紐からあなたの血液が出れば決定的ですよ。どうでしょう、そろそろこの問答を終わりませんか」

ネコは椅子にもたれ掛かり、天を仰いだ。誰も喋らなかった。音楽隊の残りのメンバーは皆悲痛な顔をしてネコの言葉を待った。




 「どうして分かったの」

相変わらず視線は天に向けたまま、ネコは疑問を発した。その行き先はイオン警部ではなく、仲間たちの方だった。


「みんなあたしが犯人だって知ってたのよね。だからあんな無茶な狂言誘拐までして庇ってくれたのよね」

狂言誘拐はネコの事情聴取の際に行われた。もし狂言がばれてもネコに罪が飛び火することはない。警察と一緒にいた完璧なアリバイがあるのだから。ネコの問いにはイヌが答えた。


「気付かなかっただろうけどお前さ、自分が犯人だって言ったんだ」

「え?」

「イオン警部に全員で事情聴取を受けていた時だ。被害者のことを「あの婆さん」ってお前は言ったんだ」

「それがどうして」

「自分もロバもニワトリも倒れている死体しか見ていない。うつ伏せに倒れたな。年齢なんて分からなかった」


イオン警部も補足を入れた。


「あなた方に被害者のことを教えた警官も年齢のことは言っていませんでした。なのにネコさんは婆さんと表現した。他のメンバーはさぞかし驚いたのではありませんか」

ロバもニワトリも「ええ」と力なく肯いた。

「だからイヌさんは、急に事情聴取を一人ずつに変更してもらうよう願い出たわけだ。あの一瞬で現場に残っていたビニール紐の重要性とそれを奪取する計画を考えたのなら大したものですよ」

「穴だらけの計画でしたけどね」


 その時、場違いな笑い声が聞こえた。声の元はネコからだった。憑き物が落ちたような笑い声、もう何も隠すものがなくて逆に清々したのだろうか。それとも仲間が自分のことを本当に大切にしてくれていたのが嬉しくて、しかし最悪な形で仲間を裏切った自分が情けなくて、そんな大きな気持ちが混ざりあって感情の表現が分からなくなり、笑ってしまったのだろうか。だが、笑いには段々と嗚咽が混じり出した。


「アハハ、ご、ごめん。ごめんなさい。みんな。あたしは最悪なことをしちゃった」

「話してみろよ、ネコ。なんで殺した」

イヌがいたわる様に怪我したネコの手を握った。それに力を得たのだろうか、ぽつぽつとネコはあの物置で何があったのか話し出した。




 ネコが朝一番に起きたのは、前日の宴で最初に意識を失ったからであった。周りのみんなは高イビキを上げたり、起きたら筋肉痛確実なおかしな格好で倒れていたりしている。


それを尻目に気分転換に外に出た。前日の豪雨が止んで、空はうっすらと赤みがかっていた。のんびり歩いていたネコは、昨晩気付かなかった建物を見つけた。物置である。


好奇心で扉を開けたネコは、想像もしなかった光景に驚いた。老婆が紐で結ばれ座っていたからだ。空ろな目をしていた老婆はネコを見ると、ただでさえ深いシワを眉間に集めて、怒鳴り散らした。年老いた自分をこんな過酷な状況に置くとは、お前たちは畜生にも劣る存在だ。


最初はわけが分からなかったネコだが、老婆の罵詈雑言を聞き続けているうちにようやく状況に合点がいった。老婆もネコが泥棒の一味じゃないと分かると、今度は早く紐を解け。と命令してきた。


この時点で、ネコの老婆に対する印象は最悪だった。しかし、見捨てるわけにもいかず、急いで紐を切ろうと爪を立てた。が、イオン警部の推理どおり指を怪我するだけの徒労に終わる。老婆は怪我したネコを心配するどころか情けないとブーイングを送った。ネコは棚にあった重みのあるハサミを使って、紐を切った。後は他の仲間を起こして、警察にでも連絡すればいいだろう。もうこんな奴と関わるのはまっぴらだ。なんとか怒りを抑えながらネコはそう考えた。


だが、老婆は絶対に言ってはならないことを言った。ネコは怒りで我を忘れた。気付くと、紐を切ったハサミは老婆の腹に刺さっていた。死んだ老婆を眺めているうちにネコは正気に戻った。ともかくハサミを処分せねば。ハサミは森に埋めた。後は仲間たちが眠る居間に戻り、自分の仕出かしたことに恐怖しながら震えていた。



 「なんて言われたのですか」

馬が悲しそうに聞いた。ネコはしばらく口にするのをためらった。言えば仲間たちも傷ついてしまうからだろう。


「昨日の晩さ、みんなでお酒を飲みながら演奏したじゃない。泥棒を追い出した祝勝記念に」

「そ、それが」

「その音がね、物置にいた婆さんにも聞こえていたらしいの。雨音に混じってさ」


それ以上、ネコは語らなかった。イオン警部もそれ以上聞こうとは思えなかった。誰も先を言うよう急かさなかった。だから、次に口を開いたのもネコだった。


「ありがとう、警部さん」

「恨み言を吐かれることはしましたが、お礼を言われることはしてませんよ」

「最後に演奏させてくれたじゃない。あたしが怪我をしているかどうかなんて無理やり手を見れば分かったはずでしょ。なんとなく最後になる気がしていたからかな、あんなに気持ちを込めて弾けたのは初めてだよ。本当にありがとう」

「考えすぎですよ。それに」

イオン警部はネコの傍らに立つ他のメンバーを見た。


「彼らは最後にする気がないようです」

「はい」

イヌが力強く首肯した。ロバもニワトリも同じく肯く。


「ネコ、自分たちも捕まるだろうから、こう言うのは変だが。待っているぞ。お互い罪を償ったら、また音楽隊をやろう」

「そうよそうよ。まだまだわたしたちには果たさないといけない目標があったしね」

イヌとニワトリの温かい言葉にネコは涙ぐみながら


「ブレーメン」

そう言った。


「ああ、ブレーメンに行って有名になるのが、この音楽隊の目標だ」

「昨日はこのままここで暮らすのも良いかな、と思いましたが、さっきの演奏でまだまだこのメンバーで音楽を奏でたいと心から感じました。行きましょう、ブレーメンに」

音楽隊のメンバーは互いの肩を抱き合いながら固く誓い合った。



 「なんかすっかり蚊帳の外ですね、警部」

ビット刑事が少し鼻をすすりながら言う。


「ん〜、君はどう思った。彼らの演奏」

「音楽には疎いので難しいことは言えないですね。良かったって言うくらいしか」

「良い音楽ってのは、言葉で評価するのが難しいのかもしれないな」

イオン警部は音楽隊に向けて小さくエールを送った。




「頑張れよ」




 それから十年が経ったころ、ブレーメンである音楽隊が人気になった。個性的なメンバーと彼らが奏でる音楽は、多くの人を虜にしていった。彼らの演奏会のチケットは、販売直後に売り切れになるのだが、イオン警部の所には頼んでもいないのに送られて来た。招待状とともに。招待状を読みながらイオン警部は、彼らと再会したらどんな言葉を送ろうか、と微笑みながら頭を悩ました。


ブレーメンの音楽隊って何かしっくりこない終わり方の童話だな。ちょっと改変してみるか、ってノリで出来た話です。童話がベースなのにデジカメとか出てくるのは気にしないでください。

ちなみにブレーメンはドイツの町です。この童話が出来た頃のブレーメンは厳しい不況のドイツにおいて、景気が良い特殊な町だったらしいです。だから、地方の人たちはブレーメンに希望を求めて移り住もうとしていたようです。でも、まあ現実は上手くいかないもので、途中で諦めてしまう人も多かったとか。このブレーメンの音楽隊のしっくりこない終わり方もそのへんの事情が表されているんですかね?


ああ、ミステリーって書けば書くほど矛盾とか色々問題が出て疲れます。まあ、でも伏線張るのが好きでついつい書いちゃうんですけど。


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[一言] 小さい頃に絵本で読んだ「ブレーメンの音楽隊」がの続きが、サスペンスになるなんて思ってもいなかったので、とても楽しく読むことができました^^ 私も、ブレーメンの音楽隊の終わり方に、不満を持って…
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