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竜神探闘:準備期間④

「はぁはぁ!!」


 竜眼(ドルグシア)の首領であるエルメックはレジ―ルの通りを必死になって逃げている。すでに夜の帷が降りエルメック達はいつものように酒場などでアディル達が鉄竜(アスダイム)を蹴散らした事をおもしろおかしく吹聴していた。


 前選帝公の令嬢であるアリスが、叔父である現選帝公イルジードを竜神探闘(ザーズヴォル)で訴えたという情報がレジ―ルに伝わると、鉄竜(アスダイム)を蹴散らしたのはアリスではないかという話になっていく。


 噂が広まるにつれて、アリスの人気は上がり、イルジードの人望は急激に下がっていった。もしこれが事実に基づかない事であればイルジードへの誹謗中傷となり褒められたものではないのだが、完全に事実である以上アディル達とすれば心が痛むはずも無いのである。まぁ、たとえ事実でなくても戦いの一環で情報戦は基本中の基本なので似たようなを吹聴することになるのだが。


 ところが、今夜は竜眼(ドルグシア)の面々にとって勝手が違った。いつものように酒場で吹聴していたメンバーが戻ってきたときに異変が起こったのである。

 エルメック達竜眼(ドルグシア)は少数を酒場などに派遣してそこで吹聴するようにしているのだ。


 今晩の当番のメンバーが戻ってきて、全員が揃って一息ついていると襲撃があったのである。

 竜眼(ドルグシア)が集まったのはレジ―ルの安宿である。滞在費用は竜眼(ドルグシア)の財産からである。手持ちの財物を市場で売り、竜神帝国の通貨を手に入れているのだ。


 突如扉が蹴破られ、黒装束に身を包んだ一人が竜眼(ドルグシア)の面々を見渡しニヤリと嗤うとそのまま襲いかかった。その男の手にはいつの間にかナイフが握られており、すれ違い様に二人のメンバーが手首を斬り裂かれるとその場に蹲った。


「逃げろ!!」


 エルメックはその言葉を部下達に叫ぶと同時に窓から逃亡したのである。どう考えても蹴破ってきた男の実力は自分達が叶う相手ではない事を察したのだ。


「がぁ!!」

「うわぁ!!」


 エルメックの背後で部下達の叫び声が聞こえるがエルメックは構わずに逃げる。世の中には自分ごときがどう足掻いても勝てない強者が存在する事を骨の髄まで理解しているエルメックとすれば当然のことであった。


(くそ!! なんで俺がこんな目に遭わなくちゃならない!!)


 エルメックは胸中で自分の運命に呪いの言葉を投げ掛けているのだが、自分の今までの行動の結果である事を認めるには心の強靱さがどうやら足りてないようである。


「そんなに逃げるなよ。面倒だろ」


 エルメックの耳元で突如、声が響くとエルメックはビクリと体を震わせてそちらに目を向けるが誰もいない。


「だ、誰だ!!」


 エルメックは周囲を見渡しながら恐怖に満ちた声で叫ぶ。


「他の連中はすでに捕まえているぞ。お前が最後だ」


 またも耳元で聞こえる言葉にエルメックは後ろを振り返った。そこには扉を蹴破って襲撃してきた男が立っている。

 暗くて容貌は分からないが、頭部に生えている角はアリスと似たものであり、それがこの男が竜族である事を示していた。


「アリスティアの手の者か……あの娘も中々(こす)い手を使ってくるな」


 男の声に含まれているものは単に嘲りだけでなく、警戒が含まれているようにエルメックには感じられた。


「隊長~無駄話なんかせずにさっさと仕事しちゃいましょうよ」

「そうですよ」


 そこに二人の人物が現れると竜族の男に語りかけてきた。その声はまったく危機感がなくエルメックに何ら危険を感じているようではない。


「すまんすまん。それじゃあやるか」


 竜族の男が一歩踏み出すとエルメックは震え出す足を必死に押さえつつ、口を開く。


「お、お前らは一体」


 エルメックの震える声に後から現れた二人から嘲りの声が投げ掛けられた。


「敵に決まってんじゃん」

「おっさん頭大丈夫か~俺等が怖すぎて思考が止まっちゃったか~」


 二人の嘲りの言葉はエルメックにとって不愉快極まりないがそれが自分と彼らの力の差である事を見せつけられる思いである。


「お前達、黙っておけ」

「は~い」

「申し訳ありません」


 竜族の男が呆れたかのように言うと二人の人物はやや軽いが素直に従った。


「簡単だよ。お前らが散々虚仮おろしてくれている闇の竜騎兵(イベルドラグール)だよ」


 竜族の男が一歩踏み出すとエルメックには巨大になっていくのを感じた。


「ひっ」

「よくもまぁ、あそこまで虚仮下ろしてくれるものだと思っていたよ」

「あ、あ……」

「お前の知っている事……いや、アリスティアの企んでいる事を話してもらうぞ」


 竜族の男が言い終わると同時にエルメックの腹部に凄まじい衝撃が生じた。竜族の男が一瞬でエルメックとの間合いをつめると拳を叩き込んだのだ。エルメックの腹部に受けた衝撃はエリスの一撃に匹敵するものだった。


「が……は……」


 エルメックの口からの苦痛の声に構うことなく竜族の男がもう一度拳を振るうとエルメックの顎を打ち抜いた。エルメックが白眼をむきその場に崩れ落ちた。


「これで全員だな」

「へ~い。その通りっす」

「はい」


 竜族の男の問いかけに二人の部下達は即座に返答する。


 竜眼(ドルグシア)闇の竜騎兵(イベルドラグール)の手に落ちたのである。

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