謁見③
「いかがでしたかな?」
ラディム達が別室に移動し、扉を閉めると同時に先程玉座の傍らに立っていた老人がラディムに尋ねた。
アディル達はもちろん知らないが、この人物は“エルザック”という名で人間の政務官だ。家名が無いのはエルザックが奴隷出身であるためである。ラディムはエルザックに奴隷ではないと宣言するために家名を与えたのだが、エルザックは家名を名乗ることを拒んでいるのである。
一度エスマイグがその事を尋ねたのだが、その時に「家名を名乗るのは我が子の世代から」と返答したという。エルザックの返答にエスマイグは首を傾げたのだが、エルザックが家名を名乗らないのは、自分の生き方を否定したくないためであることがわかってきたのである。
エルザックは家名を名乗り奴隷でない事を宣言してくれたラディムに感謝はしている。だが、彼は内面の変化を恐れたのだ。自分の原動力である渇望がきえるように感じてしまったのである。渇望が消えてしまえば自分が竜神帝国にいや、ラディムに貢献できなくなるように感じたのである。
その事を知った者達はエルザックに尊敬の念を込めて家名の無い政務官と呼んでいるのである。
「ふむ、取りあえずは及第点であるな。家名の無い政務官はどう見た?」
ラディムの返しの問いかけにエルザックはしばし考え込む。それからラディムに視線を移して口を開いた。
「私は質的には何の問題も無いと考えます。陛下の御前にあってあそこまで落ち着いて行動出来るのはやはり一角の人物であると言えます」
「ふむ、確かにな。だが家名の無い政務官はまだ何か言いたそうだな」
「はい。質はともかく数が足りませぬ。現選帝公イルジードの私兵である闇の竜騎兵は決して軽視して良い存在ではございません。イルメス卿を応援に遣わすことを進言いたします」
エルザックはそう言うとラディムに向けて一礼する。先程ラディムがアリスに伝えた事の再考を促したのである。
「いや、アリスティア自身がそれを望まぬであろうよ。あれは自力で両親の敵を討ちたいと考えているのはもちろんであるが、一緒にいる仲間達の能力を完全に信じておる。通常の竜神探闘の参加者と同じ待遇にせよ」
「はっ」
ラディムの返答にエルザックは一礼する。もともと今回の件で皇帝の決定を覆すまで食い下がるつもりは無かったのである。
「陛下はあの者の実力が見たいと考えているのはないですかな?」
エルザックはラディムに向けて問いかける。エルザックの言うあの者が誰の事かに思い至ったラディムは小さく苦笑を浮かべた。
「家名の無い政務官殿、いくらなんでも偶然ではないか? 黒髪、黒眼の者は確かに少数だがいないわけではあるまい」
ラグードの言葉に他の三人の騎士達も頷いた。
「ふふ、ラグードよ。そう否定するな。余がずっと探していた者かも知れぬのだぞ」
「しかし……」
ラディムの視線を受けてラグードは口を閉じる。ラディムの目には待っていた者である可能性が活力を大いに含んでおり、ラグードとすればここまで楽しそうな皇帝の姿をみるのは久しぶりであり、それを否定するのは躊躇われたのである。
(あの男の子孫であってほしいものだ)
ラディムはそう考えて頬の刀痕をゆっくりと撫でた。




