謁見②
皇帝とアリスの視線が絡み合う様をアディル達は黙って見つめていた。この場はアリスと皇帝との鍔迫り合いの様相を見せており、アディル達とすれば迂闊に動く事が出来ないでいた。
非公式とはいえ皇帝との謁見である。通常、身分制度では身分が下の者からの勝手な発言は許されない。少なくともヴァトラス王国ではそのようになっているのだ。その事を知るアディル達とすれば発言を躊躇するのは当然と言えた。
(ほう……さすがはエランの娘か。このラディムの視線をまともに受けて逸らさぬとは中々の胆力だな)
ラディムは心の中でアリスの胆力に感心していた。竜神帝国皇帝である自分の視線をまともに受けて恐れる事なく返す事の出来る者など、竜神帝国中を探しても両手の指を下回ることであろう。
「アリスティアよ。何故余がお前をここに招いたと思う?」
ラディムの言葉にアリスは返答に窮する。これはアリスの能力の問題ではなく、判断できるほどの情報を有していないのがその理由である。
(中々、きつい質問を持ってくるな)
アディルはラディムの質問に対してそう思う。チラリとヴェルを見ると静かに首を横に振った。
(そりゃそうだよな)
アディルとしても同意見であり、情報が少なすぎて助け船を出すことも出来ないのだ。
「そうですね。いくつか考えられますね」
ところがアリスは覚悟を決めたのか。余裕の表情を浮かべてラディムに言う。
「ほう……」
「私は三つほど思いつきました」
「ふむ、申して見よ」
「一つは竜神探闘の申請を取り下げよと言うことですかね。レグノール家の内紛は竜神帝国において好ましくないだから取り下げよという事……」
アリスの言葉にラディムは少し目を細めた。アリスはそれに気づいたがそのまま話を続けていく。
「二つ目は私への激励ですかね。前選帝公を暗殺したイグノールを許すことは出来ない。前選帝公の遺児である私が仇を討つ必要があると……」
「ふむ、それで三つ目は?」
「単に暇つぶし、もしくは興味本位ということでしょうか」
アリスの三つ目の意見に聖竜の間の空気が凍った。アリスの述べた三つ目の理由は場合によってはラディムを侮辱したものと捉えられても仕方のない事だからだ。
(アリスのことだからちゃんと勝算はあるんだろうが……さてどう転ぶかな?)
アディルはラディムのみならず四人の騎士の動きに注意を払う。いつ処刑のために事に及ぶかを心配したのである。アディルはさりげなく自分の中で戦闘態勢を整えた。アディルが戦闘態勢を整えるとほぼ同時に仲間達も戦闘態勢を整えている。
「ふ……エランの娘だけのことはある。剛毅な事だ。皇帝である余をまったく恐れてはおらぬし、仲間達の胆力も相当なものだ。安心せよ。咎めるような真似はせぬ」
ラディムはそう言って笑う。邪気のない笑いであるが、ラディムの言葉にアディル達とすれば背筋に氷水を流し込まれたような感じである。
ラディムは、アディル達が密かに戦闘態勢を整えていた事を見抜いていたのだ。
「よい、非公式の場ゆえに咎めるような事はせぬ。この程度の事で咎めるならば、聖竜の間に入る前に武器を取り上げておったわ」
ラディムの言葉にアディル達は納得の表情を浮かべた。アディル達も武器を預けることなく聖竜の間に通された事について違和感を持っていたのである。
(つまり……俺達が襲いかかっても制するだけの自信があると言うことか)
アディルがラディムの言葉をそう判断する。
「アリスティアよ。レグノール家の内紛は確かに竜神帝国において好ましいことではない。だが、だからといって竜神探闘を取り消させるような事はせぬ。余がお前をよんだのはお前の集めた者達を見るためだ」
「え?」
「お前の仲間達が頼りなければラグードを助太刀に参加させるつもりであった」
ラディムの言葉にアリスは驚きの表情を浮かべた。皇帝の言葉は竜神探闘において片方に肩入れする行為であり、本来は認められない事だ。
「その顔はお前に肩入れすることに対して戸惑っているようだな。エランは我が忠臣であった。その地位を不当に奪った者に対して余が何も思わないと思うか?」
「し、しかし実際に陛下は……」
「疑惑の段階で現選帝公を罰することは出来ぬ。レグノール一族からも申し出も無い以上、手を出すことは現段階では出来なかったのだ」
「お待ちください……レグノール一族からはイルジードへの疑惑に対して何も申し出は無いのですか?」
「そうだ」
ラディムの返答にアリスは明らかに怒気を発した。表面上は平静さを保っているがそれが擬態である事はこの場にいる者全てがわかっていた。
「あれほど……偉そうに正義について語っていたのに……」
アリスの怒りのこもった声にアディルが心配になるとアリスの肩に手を置いた。
「アリス、怒りを向けるべき相手はここにはいない。間違えるな」
「う、うん。ごめんね」
アディルの言葉にアリスは、はっとしたような表情で返答する。アリスが発していた怒気は霧散するとラディムに対して一礼する。
「お見苦しい所をお見せいたしました」
「よい。アリスティアにしてみれば一族の者共に裏切られたに等しい故、当然の反応だ」
「お心遣いありがとうございます」
アリスはそう言うと再び一礼する。アリスにしてみればラディムの前で怒気を発するなど処刑されても文句は言えないほどの失態であったのだ。
「ふむ、アリスティアの仲間達は単に戦闘のみならず、心の支えになっているようであるな」
ラディムが愛娘を見るかのように優しい表情と声で言うとアリスは顔を伏せた。チラリとアディルがアリスを見るとアリスの耳が赤くなっているのが見えた。
(ん? アリスのこの反応だと何か誤解されないか?)
アディルはアリスの反応からアディルとアリスがまるで恋人同士のように思われているのではないかと考えてしまう。
「アリスティアよ。見事竜神探闘に勝利してみせよ」
「は、はい!!」
アディルが危惧しているのを余所にラディムは話を締めくくっていた。
「そしてお主達もアリスティアを助けてやるが良い」
「「「「「「「はっ!!」」」」」」」
次いでラディムはアディル達に言葉を投げ掛けると玉座から立ち上がり退出していく。それに従い、竜神帝国の部下達も皇帝について聖竜の間を退出していった。
アディル達は竜神帝国皇帝との謁見は無事終わることが出来たのだ。




