謁見①
「あのお二方……そんな大事な事をどうやったら忘れるというのですか?」
アリスの言葉は困惑に満ちている。その言葉の調子から二人が用件を忘れる事自体あり得ないというレベルの事のようである。
「ねぇ、何かしら大事になっていく感じするんだけど」
「奇遇だな。俺もだ」
「そうよね。話の流れから聖竜の間ってとても重要な場所みたいよね」
「俺は謁見の間と見ているんだけどみんなはどうだ?」
「それしかないわよね」
アディル達は聖竜の間が何なのかは正直な所は知らないのだが、アリス達の話の流れから大体の推測は出来ると言うものである。そして、予想が当たっていることを何となく察していた。
「そう言えば特使のベアトリスさんは手間が省けたと見るべきか?」
アディルがベアトリスに尋ねるとベアトリスは複雑な表情を浮かべた。アディル達についていく理由に、“特使”の肩書きを利用したのだが、実際の所、特使としての職務を遂行するつもりは微塵もなかったのである。理由は面倒という王族として、あるまじき理由であった。
「何というか。方便だったから特使としての肩書きなんて使うつもりはなかったわ。アリスが思った以上の立場だったのを見誤ったわね」
ベアトリスは中々大胆な事をサラリと言い放っていた。国王も別に特使として派遣すると言っていたのは、もちろんベアトリスとアディルの間益を進展させるための理由付けのためなので特段交渉をするつもりなどなかったのである。
「お前、堂々と凄いな。仕事サボります宣言を聞かされたらこっちとすれば困るんだけどな」
「誰にもバラさないでね♪」
「誰も本気にしないから大丈夫と思うぞ」
「ならよし!!」
ベアトリスはそう言うと堂々と胸を張った。胸を張るポイントがなにやら違うと言う想いはあるのだが、そこは誰も突っ込まない事にしていた。
「あのさ、これから聖竜の間に行く事になるんだけど……みんなも一緒にいいわよね?」
アリスが躊躇いがちにアディル達に尋ねてきた。
「まぁそれは構わないのだが……俺達は竜神帝国のしきたりには全くの無知だ。相手が不快に思うかもしれないぞ」
アディルの返答に仲間達は一斉に頷いた。アディル達が危惧したのは自分達の身と言うよりも自分達が知らず知らずのうちに失礼を働きアリスの立場を悪くすることであった。
「それは大丈夫だよ。陛下はその辺の事を理解されているからね。他国人に竜神帝国のしきたりを求める事はしないよ。ただ、だからといって無礼な行動を取り過ぎれば流石にお怒りになるだろうけどね」
エスマイグの言葉にアディル達は頷く。アリスの立場が悪くなるとうのもあるが元来アディル達は他者に対して礼を失した対応はしない。他者へ失礼な態度をとって自分を大物に見せようという心情とはアディル達は無縁なのだ。
「それにしても……陛下という事は聖竜の間で待っているのは竜神帝国の皇帝陛下という訳なのですか?」
「そうだよ。察しが良くて説明が楽だよ。聖竜の間は謁見の間でね。外国の特使などと謁見するための場所だ」
「あの……ひょっとして皇帝陛下を待たせてるのですか?」
アディルがエスマイグに尋ねる。話の流れからアディルがアリスに会いたい人物が浮かび上がるのは当然である。
「まぁ、そういう事になるな」
「アリスの手続きが終わってからで良いと言う話だから大丈夫だろう」
「えっと……そういうものなのかな?」
アディルが困惑しながら呟き仲間達に視線を移すと仲間達は首を揃えて首を横に振った。
「と、とりあえず。急ぐとしましょう」
アリスがそう言うとアディル達は頷く。アディル達は敵相手ではいくらでも待たせたりはするのだが、その状況でないのなら常識的に振る舞うのである。
「そうだな。それじゃあ付いてきなさい」
エスマイグがアディル達を先導し聖竜の間へと向かう。豪奢な皇城に目を奪われるどころではなくアディル達は聖竜の間へと意識を向けている。
(ここか……)
一際重厚な扉の前で止まるとエスマイグが振り返るとアディル達に向けて言う。
「ここだよ。それじゃあ行こうか」
エスマイグはあっさりとした口調で言うとアディル達の返事を待つことなく堂々と扉を開いた。
(心構えをする暇もないか……こうなりゃ出たとこ勝負だな)
アディルは覚悟を決めると仲間達に視線を向けるとアディル同様に覚悟を決めた表情が浮かんでいた。目のあった仲間達はそれぞれ頷く。どうやら仲間達もアディルと同様の結論に至ったようであった。
「行きましょう」
アリスがそう言って歩を進めるとアディル達も歩を進めて聖竜の間へと足を踏み入れた。
磨き抜かれた大理石の床にふかふかの絨毯がひかれており、まるで雲の上を歩いているかのような感触を足に感じながらアディル達は歩を進める。
十段ほど高い場所に玉座が置かれており、そこに一人の人物が座っていた。
間違いなくその人物こそが竜神帝国の皇帝であろう。
竜神帝国の皇帝は、銀色の短い髪に、彫りの深い顔立ちの二十代半ばに見える美青年であった。ただ、頬にザックリと入った刀痕が皇帝の今まで決して平坦な道のみを歩いて来たわけでない事が窺えた。そのためであろうか目に宿る光は限りなく力に満ちあふれ、アディル達のような胆力の備えた者であっても緊張してしまう。
(なんて威圧感だ……。竜神帝国の皇帝か……とんでもなく強いな)
アディルは不躾にならないように細心の注意を払いながら皇帝を観察する。玉座の傍らには真っ白い髭を生やした一人の老人が立っている。老人とは言っても背筋はきちんと伸びており実年齢よりも遥かに若く見える。頭部に角がないところを見ると人間のようであった。
階下には三人の騎士が立っており、皇帝の護衛である事が窺える。
(あの三人もとてつもなく強いな)
アディルの注意が三人に向かったところでラグードがそのまま進み、三人の横に立った。
(さっきアリスが四強の一人と言ってたな……ということはあの三人が四強の残りか)
アディルは妙に納得すると胸をなで下ろした。三人の騎士が単なる一兵卒であったならばさすがに理不尽であると考えたのだ。
アリスが跪こうとし、アディル達がそれに倣おうとしたときに、玉座の主より声がかかる。
「良い。アリスティア=フレイア=レグノール。ここは公式の場ではない。堅苦しい礼儀作法などは省略せよ」
皇帝の声は若々しいものであったが、そこに含まれている力は並大抵のものではない。
「はっ!!」
アリスは短く返答すると立ち上がって皇帝を真っ直ぐに見つめた。




