意趣返し②
アディル達一行は、鉄竜を撃破してから四日後にレズ―ルという都市にいた。
人口三万程の竜神帝国としては中規模の都市である。しかし交通の要所のために一年でレズ―ルを訪れる者は倍はいるのだ。
「さて、あんた達は酒場で鉄竜に襲われた事を声高に話しなさい。ついでに私達アマテラスが一蹴したと言う事も忘れちゃ駄目よ」
アリスが毒竜の六人へ優しく言う。しかし、毒竜の六人は直立不動で、壊れた人形のようにコクコクと頷くと毒竜の六人は足早にアリスの前から走り去った。
「さ、お前らはどこかで食事をとってきなさい。やることは毒竜と同じよ」
アリスは続けて竜眼に向けて言い放つと竜眼の面々も毒竜同様にコクコクと頷くと足早に駆け出した。
「さ、行きましょう」
毒竜、竜眼に指示を出したアリスはアディル達に言うと踵を返して歩き出した。アディル達は一拍後れて歩き出しアリスの後を追う。
すでに意趣返しの内容をアリスから聞いているのでいまさらどこになど聞く事もないのである。
「この意趣返し効果があると良いわね」
ヴェルの言葉にアリスはにんまりと笑った。
「絶対に効果はあるわ。少なくともイルジードへの嫌がらせとしては十分すぎるものよ」
「そんなもの?」
「ええ、ヴェルも貴族ならわかるでしょ。貴族は面子というものを重要視するものが結構いるわ。本来は名誉を尊ばなきゃいけないのにね」
「まぁ言いたいことはわかるわ」
「イルジードは名誉と面子の区別が付いていないのよ。だからこそ評判を気にするわけ」
アリスはニヤリと嗤う。これほどの美少女の笑みのはずなのに、身構えそうになるのはイルジードの事を話す事で怒りが漏れ出そうになるからであろう。実際に駒達はアリスから発する威圧感にカタカタと身を震わせるものばかりであった。
「まぁ、やっておいて不利益はないからやってみるべきよね」
「そういう事よ♪ やってもやらなくても不利益がないならやる選択肢しか私にはないわ」
アリスの返答に全員が頷いた。不利益がなく、相手へダメージを与える可能性があるなら迷う選択肢はアディル達にはない。ある意味、アマテラスの面々は似た者同士と言えるだろう。
アリスに率いられた一向はレズ―ルの中心にある統監府へと到着した。
統監府は巨大な石造りの建物で、重厚な佇まいである。
統監府の長である統監は、竜神帝国皇帝が直接任命する事から、竜神帝国でいかにレズ―ルが重要かわかるというものである。
「お役目ご苦労様、レデン統監に会いたいの。取り次いでもらえるかしら?」
アリスは統監府の衛兵に自分から話しかけた。アリスの中々直線的な要望に衛兵達は気まずそうに視線を交わした。
「あの……どのようなご用件で? いえ、それよりもお約束などは……?」
衛兵がやや遜りながらアリスに尋ねてきた。本来であれば“帰れ!!”と一蹴するのだが、アリスがやけに自信満々に言い放ったことで衛兵達はアリスが只者ではないのではないかという思ったのだ。
「用件はレジオム森林地帯を通過中に鉄竜に襲われたので訴えに来たのよ。残念だけど約束はないわ」
アリスの言葉に衛兵達は目を細める。レジオム森林地帯は流通路として重要な街道であるが森林が深いために官憲の目が届きにくいという現実がある。治安部隊が定期的な見回りを行ってはいるのだが、常に巡回しているわけではないので犯罪行為が行うには格好の場所であるのだ。
「その表情をみると貴方方は事の重大さがわかっているようね。そうレグノール選帝公イルジードは犯罪行為をレジオム森林地帯で行っている可能性があるのよ」
アリスの言葉に衛兵達は視線を交わした。
「確かか?」
「だが現選帝公は黒い噂の絶えない方だ」
「兄である前選帝公を……その、なんだ」
「しかし、選帝公がそんな犯罪行為をするか?」
衛兵達は声を潜めて言葉を交わし始めた。
(イルジードはかなり疑われているみたいね)
アリスは衛兵達の様子からイルジードの立場の危うさを察した。上手く立ち回ったといってもそれはレグノール一族の間の事であり、それ以外ではまだ信頼されているわけではないのだ。
(今だからこの揺さぶりは意味があるわね)
アリスはそう判断するとさらに口を開く。
「イグノールは竜神探闘で私に敗れることを恐れて戦力を削りに来たのだと思うわ」
「竜神探闘だと!?」
衛兵の驚きの声にアリスは心の中でニヤリと嗤う。竜神探闘という言葉は竜神帝国の中でそれだけ重い言葉なのである。自分のみではなく仲間も命をかける竜神探闘は生半可な覚悟では行えないという位置づけなのである。
「貴方は一体……」
衛兵がおずおずとアリスに尋ねるとアリスが答える前にアディルがアリスの肩にそっと手を乗せた。
アリスは驚きの表情を浮かべながら振り返ると自分の肩に手を乗せているのがアディルとわかるとやや頬を染めた。
「アリス、統監という立場の人に会うのに約束も無しにあうのはやはり失礼に当たる。出直すとしよう」
「……そうね。ここで無茶をすればエスマイグおじ様にも迷惑がかかるわ」
「ああ、出直すとしよう」
アディルの言葉にアリスは残念そうに頷くと衛兵達に視線を向けて口を開いた。
「確かに約束も無しにレデン統監に会うなどと無理を言いました。申し訳ありません」
アリスが一礼すると衛兵達が動揺する。統監の事をエスマイグおじ様と呼ぶ者がただの一般人であるはずはないという考えに思い至ったのだ。
「本当に申し訳ございませんでした。我々はすぐに帝都へ向けて出発いたしますのでこれで失礼いたします」
アリスは再び衛兵達に一礼すると頭を上げ、アディル達に声をかけた。
「それじゃあ行きましょう」
アリスがそう言うとアディル達は一斉に頷いた。
「お、お待ちください!!」
歩き去ろうとするアディル達に衛兵が声をかけるが、アリスはニッコリと笑って返答した。
「いえ、あなた方が責任を感じる必要はございません。あなた方は職務に忠実なだけです。誇りにこそ思えど恥じる必要はございません」
アリスの言葉に衛兵達は踏みとどまった。アリスの言葉は自らの職務から考えれば誤った対応では決して無い。むしろ、アリスの身分で統監の元に取り次ぐ方が職務を裏切っていると言える。
アリスは衛兵達が自分の言わんとする事が伝わったと察するとニッコリと微笑んで再び一礼して統監府を後にするのであった。




