意趣返し①
鉄竜との一戦を完勝で終えたアディル達はそのまま帝都への道を進む事になった。
アマテラスのメンバーに大きなケガはなく完勝と称して良いだろうが、駒達は違う。総勢一一〇人の駒達のうち、死亡したのは三十八人、重傷者二十六人という中々の損害であった。
無傷の者は誰もおらず、全員が何らかの傷を負っていた。重傷者には治癒術を施されたのだが、数が多かったためにエリスとエスティル、アリスも治癒術を施すことになったぐらいである。
約半数が戦闘不能になるほどの状況は本来の軍事的常識では惨敗に当たるのだが、アディル達にとって駒達は文字通り物言う道具でしかないために数に入っていないのだ。もし、雇った傭兵などが損害を受けたのならば完勝などいう意識は絶対に発しないのだが、駒である以上その辺りに容赦はないのだ。
「駒の補充が出来ないのは困ったわね」
アリスの声の調子は言葉の内容とは全く違うものであり、それほど状況が悪化しているという思いはないようであった。
「あいつらが弱いのか。それとも闇の竜騎兵が強いのかどちらかな」
「そうね。微妙な問題ね」
「まぁ数合わせだけなら他に方法があるさ」
「うん」
アリスの返答を受けてアディルは振り返り馬車の中を見るとメンバー達が思い思いにリラックスしている姿が目に入る。
馬車の中には神の小部屋から出したクッションなどがあるために中々快適のようであった。
「エリス、ちょっと聞きたいんだが」
アディルが声をかけるとエリスはニッコリと笑って口を開く。エリスの容姿が優れているのは今更であるが、エリスは笑うとその魅力がさらに一、二段階上がるのだ。女の子の笑顔は最高の化粧と言われることがあるが、エリスは最高級の化粧と言える。
「どうしたの?」
「エリスはあの四体レベル式神を同時にどれぐらい操れる?」
「そうねぇ……」
アディルの問いかけにエリスはしばし考え込む。アディルの言うあの四体とは、もちろん鉄竜との戦いで竜の突進を止めた、ジコク、タモン、コウモク、ゾウチョウの四体の式神である。
式神は術者の力量により、その力が大きく変わる。こと式神に関して言えばエリスの技量はアディルを上回るというのがアディルの見立てである。
「あの四体クラスなら同時に六体ね。今回の戦いで闇の竜騎兵の大凡の力量は把握したから、六体同時に使うわ」
「そうか」
「アディルは?」
今度はエリスがアディルに尋ねる。エリスとしてもアディルの操る式神は戦力として計算しているために当然の問いかけであった。
「俺のはエリスの式神よりも一枚……いや二枚落ちる。戦力には期待できないな。時間稼ぎ、陽動ぐらいにしか使えない」
「そう……それは困った誤算ね」
「ああ、エリスの期待を裏切って悪いが俺の式神は戦力として計算するのは止めておいて方が良い。相手が毒竜ぐらいなら十分戦力として計算できるが、闇の竜騎兵相手じゃ無理だな」
「きつい戦いになりそうね」
「ああ」
アディルとエリスの会話を仲間達は黙って聞いている。鉄竜相手は完勝できたが、竜神探闘本番では、どう転ぶか分からないものだ。その事がわかっている仲間達は気を引き締めているところなのだ。
「ま、竜神探闘は申請してから一ヶ月の準備期間が設けられるからその間に考えましょう」
「え? そうなのか?」
「あ、言い忘れてたわね。竜神探闘は身分問わずに申請できるから、一ヶ月の準備期間があるのよ。それは絶対に覆らないわ。たとえ双方が同意しても期間の短縮は認められないわ」
「弱い立場への配慮というわけか?」
「そういうこと、もし人質などをとられて準備不足で戦うようなことになったらそれこそ制度の根幹が崩れるから仕方ないわね」
「なるほどな」
アリスの言葉に全員が頷いた。竜神探闘はあくまでも公平な制度を志していると言うことであろう。
「もう一回は襲ってくるかな?」
「どうかしらね?」
「余程のアホじゃない限りそれはないか」
「まぁイルジードは嫌な奴だし、他種族を見下してるけど、だからといって考え無しに動くわけじゃないわよ」
「だよな……」
アディルはもっともだとばかりに頷いた。イルジードはアリスの以前からの話であったように決して無能ではない。むしろ有能な部類に入る男であることは間違いない。でなければ選帝公を殺害しておいてその後窯に座る事など不可能である。
「ま、それでも、とりあえず嫌がらせぐらいすべきよね」
「ほう?」
「私もやられっぱなしじゃないわ」
アリスはそう言って笑った。




