対毒竜戦 後始末
「出番がなかったんだけど……」
毒竜との戦いが終わり、家から出てきたエスティルが憮然とした表情を浮かべつつアディルに言った言葉がこれであった。
エスティルは対毒竜戦の最終戦力として待機し、毒竜の隙をついて攻撃する手はずであったのだ。
ところが、アディル達と毒竜の実力差が開きすぎていたために、エスティルの出番は訪れることなく戦いは終わってしまったのだ。
「あ~何というかすまん。ここまで弱いとは思わなかったんだ」
「む~それ言われちゃったらもう何も言えないわ」
エスティルは肩を竦めつつアディルへ返答する。
「エリスの方も終わったみたいね」
「さすがはエリスだな」
アディルがエリスを称えるとエスティルは少しだけむくれた表情を見せる。その表情にアディルは首を傾げて尋ねた。
「エスティル、難しい顔をしてどうしたんだ?」
「え? う~ん……何というかちょっとモヤッとしたのよ」
「なんだそりゃ?」
「私もよくわかんないのよね」
「ま、いいさ。いこうぜ」
「うん」
エスティルは頷くと毒竜の六人が転がっている場所へと小走りで駆けていく。
(私、どうしたんだろ? アディルがエリスを褒めるのが面白くないなんて)
エスティルは内心首を傾げながらアディルの後ろを駆ける。エリスは大事な友人であり、悪感情もまったくと言って持っていない。そのはずなのにアディルがエリスを褒めた事が面白くないという矛盾した感情がエスティルの中にある事はエスティルにとって中々、不可解な感情であったのだ。
「エリス、終わったみたいだな」
「うん。でもアディルとエスティルの血はまだだから二人の命令を聞かないわ」
「俺は良いさ」
「私も大丈夫よ」
「そう、わかったわ」
エリスは二人の意見を聞くと水瓶で発生させた水を意識を失っている毒竜の六人に容赦なくぶっかけた。
「うわぁ!!」
「な、なんだ!!」
「うぉ!!」
毒竜の六人は水をかけられるとすぐに意識を取り戻し、起き上がった。アディル達との戦いによって受けた傷は、灰色の猟犬のアグードが治癒魔術を行っており、あらかた治っているのである。
「お目覚めのようだな」
アディルの言葉に自分達が置かれた状況に思い至った毒竜達は憎々しげにアディル達を睨みつけるが、反抗の素振りを見せることはなかった。
これはエリスの呪血命により、行動が制限されているというのもあるのだが、反抗してもアディル達に勝てるわけではない事を骨の髄まで思い知らされたからである。
「お前達の意見を聞くつもりは一切無いから、簡潔に述べるぞ。今後、お前達毒竜は俺達アマテラスの駒として一生を捧げてもらう。以上」
アディルは簡潔に用件を告げると仲間達に視線を移した。アディルの視線を受けた仲間達は静かに首を横に振る。
「話は終わりよ。今日はもう遅いから帰りなさい。二日後の正午にここに来なさい」
エリスが冷たく言い放つと毒竜の六人は静かに立ち上がった。その事に何よりも毒竜の六人が驚いていた。この時、エリスの命令にどうしても逆らう事が出来ない事に気づいたのである。
いくら気づいても状況が分かるわけではない。エリスの命令に黙って従う毒竜達はくるりと向きを変えるとアディル達の前から歩き出した。
「あ、そうだ。あんた達の配下達にも二日後の正午に来るように伝えなさい」
とぼとぼと歩き去る毒竜の背中にエリスの新たな命令が加えられると毒竜の六人は振り返ることもなく頷くとそのまま歩き去って行った。
「さて、これで終わりね」
エリスが伸びをしながら言うと全員が頷くと、それぞれ肩を回したり、伸びをし始める。
「あ、そうだ。ベアトリスとアルトに聞きたいんだけど」
そこにアリスが明るい声で二人に尋ねる。
「どうした?」
「何?」
二人の返答を聞いたアリスは口を開く。
「二人とも最初に会った時は黒髪だったじゃない。でも今は金髪じゃない。どういうこと?」
アリスの質問に二人はああと言う表情を浮かべるとアルトが質問に答える。アリスの質問はアディル達も同様に知りたいことであったのだ。
「実はこの間の黒髪は魔術で色を変えてたんだ。ヴェルが俺達の事を知っている可能性があったからな。みんなの実力を試している途中で正体がバレたら困るからな」
「あ、そういう事なの」
アルトの返答にアリスは即座に納得する。確かにやらないよりかはマシというレベルであるが、アディル達には有効であったのは間違いない。
ヴェルは、二人に直接会ったことはないために、髪の色を変えたという簡単な変装であっても見抜くことは出来なかったのである。
「それよりも手続きの方は頼むぞ」
アディルの言葉にアルトは即座に頷いた。しかし、疑問があるようでアルトはアディルに尋ねる。
「しかし、毒竜ですらあのレベルだぞ。今更、黒喰なんか役に立つとは思えないぞ」
「わかってるさ。これからの戦いであの程度の奴等が戦力になるとは思ってないさ」
「それなら何のために使うつもりだ?」
「戦力として使えなくても、捨て駒、囮、殿など色々と使えるさ」
アディルの返答は冷徹と称するに十分値するものである。アディルは闇ギルドに所属して、不幸を撒き散らしている者への配慮など一切するつもりはない。罪を償わせる、更生させるという意見もあるだろうが、アディルにはその考えは皆無であった。
闇ギルドなどに所属して犯罪行為に手を染めた以上、どのような扱いを受けても甘んじて受けるべしという考えなのである。
「何というか、毒竜一党はとんでもない奴等に目をつけられたな」
「何言ってやがる。俺達がやらなければ、お前らが毒竜を皆殺しにしてたろ」
「否定は出来んな」
「ある意味、俺達に目をつけられたから、あいつらは怖~い方々に八つ裂きにされずにすんだんだ。感謝して欲しいぐらいさ」
「かもしれんが何かお前に言われると納得出来んな」
アルトは憮然とした表情で返す。アディルの言う通り、毒竜の殲滅のためにアルト達も動いていたのである。実行間近という所でアディル達が毒竜を駒にするために動いたのである。
アルト達にとって毒竜がいなくなればそれで良いのだから、アディル達に協力することでそれが叶うならば何の問題もなかったのである。
「まぁいいや。黒喰の引き渡しが決まったら使いを出す。善良な家臣なんだから襲うなよ」
「お前は俺をどんな奴だと思ってんだよ」
今度はアディルが憮然とした表情を浮かべる番であった。アディルとアルトのやりとりを仲間達は楽しそうに見ていた。
「それじゃあ、帰るとしましょう」
「だな」
「それでは皆様方、これで失礼いたします」
アルト達三人はそう言うとふっと煙の様に消える。
「しかし、あの三人の転移は凄いわね。気配ゼロだったわよ」
「はい、三人とも凄まじいですね」
「敵に回さなくて良かったわ」
「同感です」
ヴェルとアンジェリナの会話はアディル達も同意するしかない。
「ま、いずれにしろ。駒は揃ったと考えて良いな」
「まぁ質的には満足できないけど、数的には良いわね」
「ああ、それじゃあ。アリスの仇からだな」
「……うん」
アディルの言葉にアリスは静かに頷く。それは静かな様子であったが、心の奥底には激情が渦巻いている事をアディル達は察していた。
「アリス、怒りは溜めておけよ」
「わかってる」
「安心しろ。俺達がついてる」
「うん。ありがとう」
アリスはそういって微笑んだ。
ヴァトラス最凶の闇ギルドであった毒竜はアマテラスの傘下に入った事で、王国のブラックリストからその名を消される事になる。
これは毒竜がもはや存在しない事になったのと同じ事であった。
毒竜の苦難の時が始まったのである。




