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対毒竜戦⑦

「それじゃあ、ジルド行ってくる」


 アルトが静かな自信を漲らせつつ毒竜(ラステマ)の一人に向けて歩き出した。ジルドはそれをうんうんと見送る。ジルドの様子を見るとアルトへの助太刀をする意思は無さそうであった。

 もちろん、ジルドはアルトとベアトリスが危なくなったら助けるつもりなのだが、そのような機会が訪れることはないと確信している。


(あいつにするか)


 アルトが狙いを定めたのは毒竜(ラステマ)のジャルムだ。ジャルムが手にしているのは斧槍(ハルバート)だ。約二メートル半の長さの斧槍(ハルバート)を軽々く掲げており相当な膂力がある事が窺える。


 アルトが静かに自分に向かって歩いてくる事の意図を察したジャルムが斧槍(ハルバート)を構えた。ジャルムの表情は余裕に満ちており、アルトを侮っているのが丸わかりである。


(アホだな……)


 アルトはジャルムが自分を侮っている事に対して率直にそう思った。アルトにしてみれば相手の力量を何も把握していない状況で自分が勝てるなどと言う妄想に浸れるジャルムの思考にまったく共感する事が出来ない。


(所詮は半端者か……)


 アルトは心の中で大きくジャルムに対して失望しており、それを隠そうともしなかった。ジャルムはアルトの態度に訝しむ表情を浮かべるが、アルトとすればその疑問に答えるつもりはさらさらなかった。


 緩やかな歩みを見せていたアルトであるが突然速度を上げると一瞬でジャルムの間合いの中に入った。

 “ドン!!”という効果音が聞こえないのが不思議なほどの速度であり、ジャルムは反応することが出来なかったのである。


 アルトは斧槍(ハルバート)の柄を掴み、次いでジャルムの指をとった。


 ビキィィ!!


 アルトは何ら躊躇する事なくジャルムの右手の人差し指をへし折った。


「が……」


 ジャルムは指をへし折られた痛みでつい声を上げてしまう。そしてその視線も自分のあらぬ方向に曲がった指を凝視していた。


 ゴガァァァ!!


 そこにアルトの上段蹴りが放たれ、見事にジャルムの側頭部に直撃する。


 ジャルムは白眼を向くとそのまま倒れ込んだ。


「あれ? 毒竜(ラステマ)ってこんなに弱いのか?」


 アルトの無慈悲な評価が放たれるが、ジャルムは意識を失っていたために答えることが出来なかった。




 *  *  *


(あいつ……ね)


 エリスは散会した毒竜(ラステマ)のアルメイスに狙いを定めると袖口に仕込んでいた鉄鎖を放った。

 アルメイスはエリスの放った鉄鎖を横に跳んで躱すとエリスを睨みつける。


「ふざけた真似をしてくれるな。只で済むと思ってるのか?」


 アルメイスはエリスに向かって嫌らしく嗤いながら語りかける。


「そういうのはもういいわ。あんたと言葉を交わしても得るものなんか何もないことはわかってるからね」

「なんだと?」

「自覚してないのね。あんた達毒竜(ラステマ)ははっきり言って期待外れだったわ。でも殺さないであげるから感謝しなさい」

「はぁ?」


 エリスの言い放った言葉にアルメイスは心底意味が分からないという反応をした。


「話はおしまいよ。さっさと倒すとしましょうか」


 エリスはそう言うと腰に差した二本の短剣を抜く。エリスの短剣は半円形に歪曲している。エリスは構えることなくアルメイスを静かに見ている。

 アルメイスはエリスの態度に恐怖感と不快感を持つ。恐怖はエリスの実力が自分如きが抗う事の出来ないほどのレベルであるのではという不安、不快感は年端も行かぬ美少女に軽んじられている事から来ている。


「変わったナイフだな」


 アルメイスはエリスの実力に対して探りをいれるべく問いかけたのだが、エリスからの返答はない。

 エリスは相手するのも面倒とばかりにアルメイスに襲いかかったのだ。


 アルメイスは空間に手を突っ込むと一本の剣を取り出した。その剣は柄頭(つかがしら)の側に槍の穂先のような刃の付いている剣であり、アルメイスの愛用の武器である。


「ふん!!」


 アルメイスは間合いに入ったエリスを上段から斬りつけた。


 キィィィィン!!


「な……」


 アルメイスの口から呆然とした声が発せられた。単にエリスの短剣によって自分の斬撃が止められたのであれば呆然とすることはなかったであろう。

 アルメイスはエリスも一角の戦闘技術を有するものである事は一目で分かっていたからである。

 アルメイスが呆然としたのは、いつの間にか自分の手から愛用の武器がなくなっていたからである。いや、より正確に言えばアルメイスの愛用の武器が三分の一程を残してなくなっていたのである。


「何ぼけっとしてるのよ」


 エリスのため息交じりの声とアルメイスの顔面に裏拳がめり込むのはほぼ同時であった。

 アルメイスは顔面を基点に錐揉み状に吹き飛ぶと顔面から地面に落ちた。まったく受け身を取ることもなかったことから、おそらく裏拳が入った瞬間には意識を飛ばしていたのだろう。


「慎重になりすぎたというわけね……」


 エリスはため息交じりに呟いた。



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