対毒竜戦⑤
ヴェルとアンジェリナの援護のために散会した毒竜達にアマテラス、アルト、ベアトリスが襲いかかったのだ。
シュレイが相手をする事になったのは毒竜のレグスという男であった。レグスの武器は長剣である。
シュレイとレグスの距離が少しずつ縮まっていくのと緊張感が増すのは正比例の関係にあると言えるだろう。
レグスはシュレイが淀みなく自分との距離を縮めていくことにレグスは警戒感を増していった。
(こいつ……出来る)
レグスはシュレイの技量の高さを認めるとシュレイを強敵と認めると鋒をシュレイに向ける。
(突きか……)
シュレイが心の中でレグスの構えから放たれる技を予測した瞬間にレグスが動いた。シュレイが睨んだ通りレグスの初手は突きである。
レグスの高速の突きがシュレイの顔面に放たれたのだ。流石に毒竜の一員と言うだけあって速度には目を見張るものがあった。
ボッ!!
しかし、シュレイは首を少しずらすだけでレグスの突きを躱した。シュレイの耳に空気の爆ぜる音が響く。
(ちっ、やはりやる!!)
レグスは初手を躱された事に心の中で舌打ちをする。シュレイの技量ならば当然の事であると思っていたのだが、それでもこう易々と躱されれば愉快なはずはなかった。
シュン!!
レグスの突きを躱したシュレイはレグスの首に横薙ぎの斬撃を放つ。レグスはシュレイの斬撃を後ろに跳んで躱した。
(ん?)
ここでレグスは追撃が来ない事に訝しんだ。レグスにしてみれば下がった事で流れを掴むためにシュレイが追撃に来ると思っていたのである。
「難しいな」
「何?」
「アディルの体の使い方はこうじゃないな。別系統の体の使い方かやっぱり難しいな」
「何を言っている?」
シュレイの言葉にレグスは戸惑う。戦闘中に意味不明な事を言うシュレイにレグスは戸惑わずにいられなかったのだ。
レグスの問いかけをシュレイは無視して何事か思案を行っている。これがレグスには気に入らない。
「何を言ってると言っているだろう!!」
レグスの激高にシュレイはそうだったと言わんばかりにレグスを見た。
「すまんすまん。俺の仲間の体術を真似したんだが、それが難しいと言ったんだ。別にお前の相手が難しいと言ったわけじゃない」
シュレイの言葉にレグスはヒクリと頬を引きつらせた。シュレイの言葉はレグスを格下としか見てない事の表れであったのだ。
毒竜の一員として裏社会で恐れられたレグスにとってあり得ない侮辱である。
「ああ、一応言っておくがお前を舐めてるわけではないよ。いくら弱者であっても油断すれば足を掬われるからな」
シュレイはあくまでもレグスを格下に見る事を止めない。暴力の世界で生きてきたレグスにとって舐められると言う事は、自分の存在意義を失うことと同義であり、絶対に受け入れる事など出来ないのだ。
(う~ん、煽りに弱いな。この程度の挑発に乗るなんてちょろすぎるだろ)
シュレイはレグスがあっさりと挑発に乗ったことに呆れてしまう。いかにシュレイの技量を高く評価したとはいえ、自分に及ぶわけがないとレグスは思っていたのだ。ところがシュレイに侮辱され、一気に怒りに火がついたわけである。
「まぁ、今後の課題という事にするか」
シュレイはそう呟くとレグスとの決着をつけることを優先することにした。アディルの体の使い方に興味があるとは言え、まだ実戦で試すには早すぎるという事がわかっただけでも十分と思ったのだ。
シュレイは言い終わるのとほぼ同時に動くとレグスの間合いに踏み込んだ。レグスはシュレイの動きに完全に虚を突かれた。レグスの想定よりも遥かにシュレイの踏み込みの速度は遥かに上回っていたからである。
間合いに踏み込んだシュレイは身を捩り剣を体の死角に隠した。
(横薙ぎの斬撃!! バカが死ね!!)
レグスはシュレイの構えと剣の位置から次に放たれる斬撃を予測する。放たれた斬撃を躱してそのままシュレイの喉笛を斬り裂くつもりなのだ。
メリッ!!
(ぐえ……な、なんだ?)
ところが次の瞬間にレグスの顔面に何かがめり込む感覚をレグスは感じた。めり込んだのはシュレイの左拳である。
シュレイは構えにより、レグスの意識が自分の剣に集中するように仕向け、意識の外れた拳を放ったのである。
意識外からの攻撃にレグスは対処する事が出来なかったのだ。
シュレイの拳をまともに受けたレグスは大きく仰け反った。シュレイはそのまま左て胸ぐらを掴み自分の元に引き寄せると肘を顔面に落とす。
ゴゴォォ!!
凄まじい音を発してレグスは膝から崩れ落ちた。ピクリとも動かないが死んでいるわけではない。シュレイは頬骨の位置に肘を落としており急所を避けたからだ。これは毒竜を殺すのが目的ではないので死なないように配慮したのだ。
もし、毒竜を殺すのが目的であれば顔を仰け反らせた瞬間に喉を斬り裂いた事だろう。
「う~む……やっぱり大したことないな」
シュレイの言葉にはどことなく拍子抜けした響きがあった。




