対毒竜戦①
灰色の猟犬のメンバー達は酒場で酒を呑んでいた。陽気な酒ではない。四人の酒を呑む姿に題名をつけるとすれば、“絶望”、“終末”などのネガティブなイメージがつけられることは間違いない。
「ビストの所のエリックが殺されたそうだ……十中八九、毒竜の仕業だろう……」
ムルグの言葉に他のメンバー達の表情はさらに暗くなった。次は自分がこうして暗い酒の席の肴にされると思うと活力というものがどんどん抜けてくるというものであった。
エリックとはゴールドクラスのハンターで、ビストの弓術士である。二日程前に攫われてビスト達が探したのだが、無残な姿で発見されたのだ。
エリックは激しい拷問を受けており、その残虐さはとても言語化できるものではない。そのような残虐にエリックが殺されたのは脅しである事を灰色の猟犬達は十分に理解していたのである。
「俺達も……あんな風に殺されるんだろうか」
オグラスの声に絶望の感情が色濃く含まれている。いつもの軽薄な印象はない。
「お、俺はごめんだ。あんな死に方はしたくない」
ネイスの言葉は悲痛に満ちている。完全に被害者の思考のようになっているのだが、今まで灰色の猟犬の撒き散らしてきた不幸の被害者からみれば「巫山戯るな!!」という罵声が浴びせられるだろう。
灰色の猟犬は別に酒が呑みたかったわけではない。アディル達の命令で毒竜達をおびき出すためのエサになるように命令を受けたため嫌々酒場に来ているのであった。
「おい、そのまま振り返らずに後ろの壁際の奴等を見て見ろ」
「「……」」
ネイスの言葉にムルグとアグードはそれぞれのスプーンを自分の顔の前に持ってきて、後ろの壁際を映すと二人の男が酒を呑んでいる姿が見えた。
「……毒竜の手下か?」
「ああ、間違いない」
「俺達を見張ってるというわけか……」
灰色の猟犬達の忌々しげな声が発せられる。自分達を付け狙う連中が同じ空間にいるという事のストレスは決して小さいものではないのだ。
「本当にあの方々は勝てるのか?」
ムルグの言うあの方々とはもちろんアマテラスのことである。自分達を一蹴し、悪食王をも一蹴したアマテラスの実力を疑う心境にムルグはない。だが、ムルグ達は毒竜の恐ろしさを知っているのだ。
「わからん……だが、アマテラスが負ければ俺達もエリックのような最期をむかえることになる」
ネイスの重々しい言葉に他のメンバー達の顔が曇る。自分達の命が他者に握られているという感覚はムルグ達にとって恐ろしくて仕方のない事である。
「そろそろ……いくぞ」
ムルグは立ち上がると支払を済ませ酒場を出るのであった。
* * *
「今日はかかるかしら?」
エスティルの言葉に全員が思案顔を浮かべる。
「う~ん、とっくに種は撒いてるけどな」
「そうね。収穫はいつになるかわからないのがつらいところね」
「まぁ住む所を用意してくれたから支出ゼロはありがたいな」
「王族様々ね」
「ああ」
アディルとエスティルの会話にあるように、既にアディル達は毒竜を潰すための状況を作っており、最後のピースがはまるのを待っている状況なのだ。
現在アマテラスは、王都の郊外にある家に滞在していた。その家を用意したのは、アルト、ベアトリスである。
アディル達と手を組んだアルト、ベアトリスは、アディル達から毒竜を潰すための目的と計画を聞くと、いくつかの修正点を提示してきたのだ。この家の提供もその一環であった。
「お、帰ってきたな」
アディルが言うと全員が静かに頷いた。灰色の猟犬の四人が敷地に入った気配をアディル達は察したのだ。
確かに灰色の猟犬達は気配を絶っているわけではないのだが、それでも建物内に入る前から気配を察するアマテラスの気配察知能力はずば抜けていると言えるだろう。
「さてと……」
エリスが立ち上がると扉へと向かう。
「お帰りなさい♪」
エリスはドアを開けてニッコリと微笑んだ。エリスの美しい笑顔に灰色の猟犬の面々は顔を呆けさせた。エリスの笑顔の破壊力に見惚れてしまったのだ。
「ああ、ただいま」
ムルグが顔を引きつらせながら言う。ムルグの言葉にエリスはニッコリと微笑んで灰色の猟犬を中に招き入れた。
バタン……
扉を閉めた所でエリスの先程の笑顔は完全に消え失せ、ジロリと灰色の猟犬を見ると言い放った。
先程のエリスの笑顔は追跡者がいた場合のカモフラージュなのだ。あくまでも毒竜への攻撃の中心は灰色の猟犬であり、アマテラスなどはその下部組織に過ぎないと思わせるためである。
「それで首尾はどう?」
「はっ!! 酒場で飲んでいた時に毒竜の手の者がおりました」
「そう。それでそいつらは?」
「この家までつけてきました」
「そう。ご苦労……下がりなさい」
「はっ!!」
エリスの言葉に四人は直立不動になりエリスに一礼すると自分達の部屋に戻っていった。
「聞いての通りよ」
「ああ、早ければ今夜……遅くても三日ないに決着はつきそうだな」
アディルの言葉に全員が頷いた。




