邂逅④
「お前、何言ってんだ?」
ベアトリスの言葉にアディルが正直すぎる反応をした。さすがに一国の王女が闇ギルドを潰すのに参加させて欲しいというのは想定外すぎたのである。
「ちょっとアディル、相手は王女殿下よ。失礼の無い口の利き方をすべきよ」
ヴェルがすかさずアディルを窘めるがヴェルの声に力が無いのは、ヴェルも戸惑っているからであろう。
他のメンバー達もベアトリスに向け訝しがるような視線を向けている。
「ベアトリス様、もう少し言葉を選びませんと、この方々も戸惑われますよ」
ここで老紳士がベアトリスを窘める。老紳士の口調は穏やかであるが、ベアトリスは反省したよな表情を浮かべた。
「失礼……この方々は頭は良いのですが、少しばかり短絡的な所がありましてな。そこで私が事情を説明させてもらっても?」
老紳士の言葉にアディル達は即座に頷く。アディル達が見た所、アルトもベアトリスも頭が悪いわけでは決して無い。それどころか、むしろ逆なのだろう。能力が高い故に二人の会話は必要最小限なのである。
一を言えば十を察する二人故に他人にも同じように言うので、他者としては「え?いきなり何言ってるの?」となってしまうのである。
「ありがとう。まず儂の名はジルド、王太子殿下と王女殿下の教育係じゃよ」
ジルドが先程までとはまったく違う口調で話し始めたので、アディル達はまたも面食らってしまう。
「ジルド、いきなり素で話すなよ。みんなビックリしてるだろ」
「そうかの? 儂の見たところ別に戸惑っているようには見えんがな」
ジルドがアディル達に視線を向けて考え込む仕草を見せた。
「あの……とりあえず話を進めてもらってくれませんか? 私の疑問は、どうして私達と組みたいのか? 私達が毒竜と戦おうとしている事をどうして知っているのか? の二つです」
エリスが埒があかないと口を差し挟んだ。さりげなく質問形式で自分の疑問を提示することにより話が脱線しないようにしようとしているのである。
「ほう、中々賢い嬢ちゃんじゃな。話の筋を戻しただけでなく、自分達が聞きたいことをきちんと相手に伝えてるのは素晴らしいの」
「はぁ、ありがとうございます」
ジルドはエリスを褒めると口を開く。どことなく生徒を採点する教師のような印象であるが、王太子と王女の教育係なのだからある意味これも素なのかも知れない。
「まず、一つ目の質問じゃが事は単純じゃよ。お主等の実力が高いからじゃ。もう一つは、お主等が黒喰を捕まえたじゃろ? あいつらは毒竜の手下ども、それを捕まえたと言う事は毒竜に喧嘩を売ると同義しゃ。そして、喧嘩を売った者の中にお主等がいたというわけじゃよ」
ジルドの言葉にアディル達は肯定も否定もせずに沈黙を保っていた。下手な誤魔化しは逆効果であると察したのだ。
アディル達が沈黙しているのを無視してジルドは話を続けていく。
「そこのヴェルティオーネ嬢がレムリス家を取り戻すために戦力を整えようとしているのではないかと思ったのじゃよ。そう考えると毒竜はおあつらえ向きの獲物じゃよな?」
ジルドの毒竜が獲物という言葉は、アディル達の実力を高く評価している裏返しである事をアディル達は察した。
「ただ毒竜を獲物扱いするお主等が戦力を整えようとするほど、レムリス家の力は強大とは思えんのじゃよ」
ジルドはここで探るような視線をアディル達に向けてきた。明らかにアディル達がどう返答するかを確認しようとしているようである。
(さて……どうするか)
アディルはチラリと仲間達に視線を移すと仲間達も同様に迷っているようであった。ジルドの言葉は推論に過ぎないだろうが、ほぼアディル達の目的を言い当てた物であった。肯定するも否定するも言質を取られる可能性があるため、迂闊な事は言えないのだ。
(みんなに押しつける事は出来ないな)
アディルはそう判断すると真っ直ぐにジルドを見て口を開く。アディルは失敗した場合には自分が責任を負う覚悟を決めると口を開く。
「確かにレムリス家がそこまでの力を持っている可能性は低いでしょうよ。でも、相手はヴァトラス王国の大貴族、そこを相手にしようというのだから戦力を整えるというのは基本でしょう」
「ほう……レムリス家と事を構えることを否定しないとは中々剛毅じゃな」
ジルドは静かに言う。確かにジルドの言うとおり、アディルの発言は王国を代表する大貴族を討つという反逆罪に等しい発言である。拡大解釈すれば貴族制度に対する挑戦であると言って良いだろう。
「勘違いしているようだけど、レムリス家当主の継承権はヴェルが持っている。入り婿であるヴェルの親父には継承権がない事は当初の取り決めであったはずだ。俺達は怠惰な王族の代わりに簒奪者を潰す。王族側のあなたは俺達に“代わりに面倒ごとを引き受けてくれてありがとう”と御礼を言うべきだと思うよ」
アディルの反撃にジルドは苦笑を浮かべる。確かにレムリス家を乗っ取ろうとしているヴェルの父親を本来は王族が罰しないといけないのだ。
「なるほど……そう切り返すか」
ジルドはそう言うとアルトとベアトリスへと視線を向けた。ジルドの視線を受けた二人もまた小さく笑う。
「確かにこちらの落ち度である事は否めないな」
「そうね。確かに私達の怠慢であったと言われれば返す言葉はないわね」
二人はため息交じりに反省の弁を口にする。
「申し訳ない。レムリス嬢」
「ヴェルティオーネ様、申し訳ありません」
二人は次いでヴェルに向けて謝罪する。王族が非公式とはいえ謝罪した事にヴェルは流石に戸惑ったようである。ヴェルも貴族である以上、王族の謝罪がどれほど重いかは十分に分かっているのだ。
「と、とんでもございません。訴えてもおりませんので王族の皆様方が責任を感じるべき事ではございません」
ヴェルはわたわたと慌てながらそう返答する。ヴェルの反応は本心から来るものである。さすがに自分が殺されそうになってからまだ間がない。情報を掴み、精査し判断を下すには時間が足りなさすぎるのだ。
「そう言っていただけると嬉しいです」
ベアトリスは優しく微笑みながら言う。聖女然とした微笑みは多くの人間の審美眼に絶えるのは間違いないが、アディルはそれによって目が曇る事は無い。
これは美人の甘言にそそのかされるつもりはないと心がけていると言うよりもアマテラスのメンバーが美人揃いのために美人に耐性が出来ているというわけである。
ここでアルト、ベアトリスがアディルに視線を移した。
(わかってるさ)
アディルは一つ頷くと口を開く。どうやらアルトもベアトリスもアディルの意図をきちんと察しているようであった。ここまでこちらの意を汲み、それを実際に見せたのだから次はこちらが応えるべきだろう。
「俺としてはあんた達と組むのを拒む理由は無いな。みんなはどうだ?」
アディルはそう言うと四人に視線を移した。
「私はないわね。というよりも戦力面で助かることこの上ないわね」
「私もないわ。アディルと互角に戦える王子の力量を見ただけで組むのは賛成よ」
「王族が味方になってくれるのは正直助かるわね。私も良いわ」
「私としては毒竜だけでなく、ヴェルの目的を果たすために汲むのは得策だと思うわ」
四人の口から賛同の言葉が発せられるとアルト達三人の顔が綻んだ。
「ただし、あんた達と手を組むとは言ったが部下になったつもりはないよ」
アディルは堂々と言い放った。これは王族への暴言に近いのだが、アディルとすれば十分に勝算があってのことである。
「もちろんだ。俺もお前とは主君、部下の関係を求めていないさ」
「私もあなた達とはそんな関係は求めないわ」
アルトとベアトリスの返答にジルドもニッコリと笑う。




