下部組織の受難:闇咬④
「不躾な女だな。まともな教育を受けてこなかったようだな」
エファンは扉を蹴破って乱入したアリスに向けて言い放った。どんな屈強な相手かと思えば入ってきたのは見目麗しい少女が入ってきたのだ。呆気にとられても仕方のない事かも知れない。
「あんたよりはまともな教育は受けてきたわよ。闇ギルドなんて半端者に落ちなくてすんでるんだからね」
「何だと?」
「あれ? 自覚ないの? 闇ギルドなんてまともに暮らすことの出来ない社会不適合者の集まりじゃない。しかも闇咬とかいう雑魚の集団だったのよ少しは自覚してちょうだい。品性もクズ、実力もクズ、ここまでクズの条件が揃っている連中も珍しいわね」
アリスの言葉を挑発と受け取ったのだろう。エファンの余裕は未だに失われていない。
「躾のなってないガキだな。まぁ顔だけはいいから俺が躾けてやろう」
エファンは醜く顔を歪めて嗤うとアリスに言い放った。
「はぁ……まったく現状が見えてない阿呆相手だと説明が面倒よね」
「何だと!?」
エファンの言葉にアリスの思いきり小馬鹿にした口調で返答するとエファンの不快感はかなり刺激されたようで怒りの表情へと瞬間的に変わった。アリスはその様子を見てさらに続ける。
「あんたは阿呆だからわかんないだろうけど、とっくに闇咬なんて消滅しているわよ。あんた私が、“雑魚の集団だった”って過去形で呼んだことに疑問を感じなかったの?」
「巫山戯るな!!」
エファンは壁に掛けられている戦槌を手に取ると構えをとった。体に彫り込まれた幾何学的な文様が妖しい光を放つ。
(何らかの術ね……あの文様は魔法陣という訳ね)
アリスはエファンの文様の輝きをそう判断するとアリスもまた双剣を構えた。
(な……なんだ? この女は?)
エファンはアリスが構えを取った瞬間に前進から冷たい汗が噴き出した。目の前の可憐な美少女がエファンにはとてつもない大きく見える。
「ま、あんたに時間かけるのも面倒だからさっさと終わらせるか」
アリスがそう言った瞬間に事態は一気に動いた。アリスは一切の予備動作もなく突然の跳躍によりアリスはエファンの間合いに跳び込んだのだ。
「え?」
エファンはこのアリスの身体操作に明らかに呆気にとられていた。エファンの使う技術なら一度屈んで力を溜めて、その力を解放するため、次の行動を把握することが出来るのに、アリスは一切の予備動作を用いることなく跳躍したのだ。
アリスは間合いに入った瞬間に右剣で斬撃を放った。エファンがその斬撃に反応出来たのは奇跡であったろう。手にしていた戦槌を掲げアリスの斬撃を防いだのだ。
しかし……
「うぉ!!」
エファンはアリスの斬撃の威力を受けきることは出来なかった。エファンの巨体が浮きアリスが剣を振り切ると、エファンの体は吹き飛び壁に叩きつけられた。
ゴガァァァァ!!
壁に叩きつけられたエファンはあまりの衝撃に息をする事が出来なくなった。
(が……なんだ。この力は?)
エファンは苦痛もであるが、自分がアリスに吹き飛ばされたという事実に混乱していた。エファンは今まで自分の膂力に絶大な自信を持っていた。いや、自分が強者であると考える拠り所だったのだ。それがアリスのような美少女に吹き飛ばされたというのは自分の自信が揺らいでいるのである。
「パワーはあんたの拠り所……それが通じないのだから勝ち目は無いわ。降参しなさい」
アリスは追撃を行うのではなくエファンへの降伏勧告を行った。アリスの声は淡々としており、事実を冷徹に告げているという感じであり、それがエファンにはより強い屈辱を感じさせた。
「巫山戯るな!! まぐれ当たりで勝ったとでも思ってるのか!!」
エファンは激高し立ち上がった。屈辱に対する反発がエファンの体を動かしたのである。
「そう……あんたのようなアホは配下にはいらないわね」
アリスは声を一段落とすと雰囲気が変わった。先程までは制圧すると言う事で殺気を放つような事はしなかったのであるが、今は違う。アリスから凄まじいばかりの殺気が放たれたのだ。
アリスの放った殺気の凄まじさは、建物の外にいるムルグ達も感じるとガタガタと体が自然に震え始めたくらいである。余波で震えを止めることが出来ないのだから直接叩きつけられているエファンにして見れば巨大な岩に押しつぶされているような圧がかかっている。
「ひっ!!」
エファンはガタガタと震え手にしていた戦槌を手から取りこぼした。そして膝から力が抜けその場にへたり込んでしまう。
「ああ、ようやく理解したのね」
アリスはエファンに冷たく言い放つと剣を掲げた。
「た、たしゅけて……」
エファンの口から命乞いの言葉が発せられるがアリスの殺気は収まることはない。
「本当にアホなのね。あんたって……」
アリスはそう言うと殺気をさらに強めた。アリスの目には一切の情が感じられない。敵として斃すというよりも子どもが虫を嬲って殺すような印象をエファンは受けたのである。
(こ、殺される。虫みたいにこの女に潰される!!)
エファンはどうすればこの危機を脱することが出来るのか脳を人生の中で最も高速回転させた。
(反抗する……無理だ。一瞬のうちに斬り刻まれるだけだ。命乞い……この女には通じない)
エファンの中では数々の案が浮かんではすぐに消えていく。そして、細すぎる可能性に思い至ったのだ。
「お許し下さい!! 降参いたします!! 殺さないで下さい!!」
エファンは床にひれ伏して両手を祈るように合わせると神に祈るようにアリスに懇願した。エファンはアリスが降伏勧告した事から当初は自分を殺すつもりがなかったと思い、そこに縋ることにしたのである。
「まぁ良いわ。正解に辿り着いたという事で助けてあげるわ」
アリスは静かにエファンに言うとアリスから放たれていた凄まじい殺気は嘘のように霧散した。
(この女はここまで自在に殺気を操作できるのか)
アリスがあれほど凄まじい殺気を次の瞬間に完全に消した事に恐ろしさしか感じない。殺気を消すと言っても僅かな余韻が残るものなのにアリスは僅かな余韻すら残していないのだ。エファンにしてみればアリスは恐怖の権化である。
闇咬はアマテラスに完全にひれ伏したのである。




