出会い④
アンジェリナが突如放った魔力の塊は曲線を描きながら茂みへと入っていく。
(魔力の形成から放つまでの時間が桁外れに早い)
アディルはアンジェリナの技量に対して感歎せざるをえない。侍女兼護衛という肩書きは伊達ではないのだ。
アディルとシュレイも即座に抜剣して反撃に備える。すると茂みの中から魔矢の反撃が来た。
アディルとシュレイは敵側が放った魔矢を剣ですべてはたき落とした。
魔矢とは魔力を矢の形状にして放つという魔術であるがある意味、最も基礎的な魔術である。だがその威力、精度は術者によって大きく差が出る。そのため魔矢を見れば術者の技量がわかるとも言われている。
(敵の術者はかなりの腕前のようだな)
これがアディルが反撃で放たれた魔矢をはたき落として得た情報である。アディルのこの評価は言い換えれば勝てない相手では決して無い事を示している。チラリとアディルはシュレイに視線を移すがシュレイの表情には恐怖の色は浮かんでいない。
(シュレイも同様の評価のようだな)
シュレイの表情に恐怖の表情が浮かんでいない事はアディルにとっては頼もしいというのが正直な感想である。
複数での戦いの場合に弱者から狙うのは当然であり、そこから戦いの主導権を握っていくのは当然だ。シュレイとアンジェリナの二人はヴェルの護衛を任される以上、手練れであるのは分かっていたが、アディルの想定以上の腕前のようである。
(この二人を護衛につけたのはヴェルの母親か祖父だろうな)
アディルは二人の腕前を見てそう結論づけた。これほどの腕前ならばヴェルを邪魔な父親が護衛につけるわけはないのだ。
(しかし、ヴェルの父親って本当に抜けてるよな。ヴェルの命を狙ってるのならまずこの二人を解雇するべきだろ)
アディルとすればヴェルの父親が抜けてるというのは正直有り難いというものである。
茂みの中から三人の男が姿を見せる。一人は黒いローブを身に纏った男で髑髏を模った首飾りをつけている。青白い肌は何かしら病的な印象を受ける。目元には隈が色濃くありそれが不健康そうな印象をさらに強めている。簡単に言えば不気味な男であった。
残りの二人は二十代後半の傭兵風の男達で、片方はスキンヘッドで頬にザックリと入った刀痕が戦歴の長さを物語っている。そして、もう片方は長い金髪を後ろで一纏めにしている優男風の男であるが、目に宿る凶悪な光が男の嗜虐性を物語っている。
「私の魔矢をあっさりと弾くとは中々の腕前だな」
ローブを身に纏った不気味な男がアディル達に言う。“中々やる”というこちら側への評価であるが言葉の端々に嘲りが感じられる。
「しかしどちらがこれをやったのかな?」
優男が転がっている死体を見て言う。その声には恐怖感は一切無くむしろ興味に溢れているようにアディルに感じられる。
(こちらの戦力が決して侮るモノじゃない事はわかったと思うけどそれでも一切恐怖を感じないか……この三人は転がっている奴等よりも上と言う事か)
アディルはそう考えると警戒の度合いを高めていく。アディルの戦闘における基本原理は相手を絶対に侮るような事はしないということだ。敗れれば死ぬ可能性がある以上、相手を侮ることなどそんな恐ろしい事は出来ないというものである。
「ジクルス、仕事だやるぞ」
「おう」
優男が腰の剣を抜くとジルクスと呼ばれた男は手にしていた斧槍を構えた。二人の男から凄まじい殺気がアディル達四人に叩きつけられてきた。この殺気の凄まじさだけでもこの二人の技量が高いことがわかる。
「せっかくここに駒がこんなにあるな」
ローブの男が陰険な口調で言うと足元に魔法陣が浮かび上がった。浮かび上がった魔法陣から少しずつ黒い靄が漏れ出た。漏れ出た黒い靄はそのまま周囲に流れると黒い靄の触れた死体がビクリと痙攣を始めた。
「これって死霊術?」
アンジェリナの声に嫌悪感が満ちる。死体を操りアンデッドとする死霊術に対してアンジェリナは生理的に嫌悪感があるのだろう。
死霊術は瘴気によって死体を操りアンデッドとして使役する魔術であり、死者を弄ぶと言う事で嫌悪感を持つ者が多いのである。
死霊術によりアンデッド化した死体達が起き上がる。首を刎ねられたりしたモノ立ち居は頭部のないまま立ち上がる光景は中々おぞましいものがある。刎ね飛ばされた頭部にも瘴気が触れると頭部の方も動きだし、体が落ちていた頭部を掴み上げると自分の首の位置に乗せた。
すると意識が通った視線がアディル達に注がれる。当然ながらアディルへ凄まじいまでの憎悪がこもっていた。
「よくも……」
「憎い……憎い……」
「お前だけは絶対に許さない……」
アンデッド化した死体達がアディルに向けて憎悪のこもった声を発する。
「はいはい。じゃあやろうか。死んでからもガッカリさせる連中だ」
アディルはアンデッド達に心の底から呆れた様な失望したような声で言う。その反応にアンデッド達は不快気な表情を浮かべた。
アディルは別に死者を冒涜するのを好むわけではないのだが、アディルにして見れば男達の死は対等な戦いの結果である。無抵抗な者達を殺したというのならアンデッド達の憎悪に対して良心の呵責に苛まされるだろうが、対等な殺し会いの結果であるならば勝者に憎悪を向けるのはお門違いというものである。
アディルがそう言って一歩踏み出そうとした瞬間に、ヴェルは掌に魔力を集中する。掌に集まった魔力は指先に集まった。
(ん?)
アディルがその事に気づいた瞬間に指に集められた魔力が一気に放たれる。
ドドドドドドドドド!!
凄まじい速度でヴェルの指先から放たれた魔力は鏃の形となってアンデッド達へと向かった。
アンデッド達は高速で放たれたヴェルの魔力の鏃を両腕を交叉して堪えようとする。
だが……
ボン!!
グシャ!!
ゴコォォォ!!
ヴェルの放った鏃は凄まじい威力でありアンデッド達は直撃を食らった箇所が粉々に吹き飛んでしまった。
体を吹っ飛ばしてもヴェルは攻撃を休めるような事はせずにそのまま魔力の鏃を放ち続ける。まるで数十の連弩兵が際限なく放ち続ける鏃にアンデッド達は再び物言わぬ骸へと戻っていく。
アンデッドを消滅させるには核と呼ばれる瘴気の塊を破壊しなければならないのだが、ヴェルの魔力の鏃の連射はそのような事など構うことなく全てを跡形なく吹き飛ばしていくのだ。恐らくその間に核も打ち砕いたのだろう。
一分もの連射の結果アンデッド達は肉片へと姿を変えていた。
(すげぇな……これがあれば俺の助けなんて入らなかったんじゃないか?)
アディルはヴェルを見て心の中で呟いた。
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