下部組織の受難:竜眼③
「何だ?」
扉をコンコンとノックされ、執務机に両足を置き一眠りしていた竜眼のボスであるエルメックは片眼を開けてからノックした相手へ声をかける。声がやや不機嫌であったのは安らかな眠りを妨げられたからである。
「すみません。お休みの所……実はあってほしい方々が来てまして」
「あん?」
エルメックの返答に男はビクリと身を震わせた。男はエルメックが機嫌が悪いことを察しており、ビクビクとしているのだ。
「こちらの方々なんですけど……」
男がおずおずと言うと二人の少女が部屋に入ってきた。その二人を見たエルメックは机の上にのせていた足をおろして立ち上がると二人の顔から体へと視線を走らせる。二人の顔で止まり、それから胸、腰、太股で視線が止まるのは男であるならば、そう珍しい思考回路ではないだろう。
「エラい別嬪な嬢ちゃん達だな。おいマルキル、その嬢ちゃん達は何者だ?」
エルメックは首を傾げながら案内してきた駒となった男に尋ねる。エルメックは顔こそ笑顔を浮かべているが目は笑っておらずエリスとエスティルへの警戒を解くことはしない。
「あ、あのですね。この二人は俺達に依頼したいことがあるとの事です」
「依頼だと?」
「はい。そのためボスに……」
マルキルがしどろもどろになりながらようやく返答しているとエスティルが一歩進み出てエルメックへと話しかけた。
「初めましてエルメックさん。私はエスティルという新米ハンターです。ランクはスチールです」
「……」
エスティルの自己紹介にエルメックは沈黙で応じる。ここまで堂々と竜眼のボスに話しかける者に警戒しかわかないのだ。しかも、自分の名前を知って、依頼してくると言う事は、エルメックのことを知らないという事も成り立たないのだ。
エルメックが沈黙を保っているがエスティルはまったく気分を害した様子も無く、淡々と話を続ける。
「依頼というのはですね。毒竜という闇ギルドがいるのですけどね、その毒竜に私達に都合の良い情報を流すというものです」
「な……」
「こちらにつけば命だけは助けてあげますよ」
エスティルは絶対零度の微笑みを浮かべて言う。これほどの美少女の笑顔なのだから男であれば見とれてしまうものなのだが、この時エルメックの感じたのはどうしようも無い寒気であった。
(な、なんだこいつ?)
エルメックは机の下に忍ばせているショートソードの柄を握り、不測の事態に備える。いや、すでにエスティルがエルメックに対して脅してきている事を考えると不測の事態でも何でもないと言える。
「どうしたの? せっかく武器を握ってるのに……動かないの?」
エスティルはニッコリと笑いながら一歩進み出る。エルメックはまるで背中に氷水を流し込まれたかのような感覚にビクリと身を震わせた。
「エスティルったら脅しすぎよ」
そこにエリスが助け船を出してきた。エルメックにとってその船は泥船に等しい、なぜならばエリスの声にはエルメックに対する好意という感情が完全に欠如していたからだ。
「申し訳ありませんね。エルメックさん、私達、目的があって毒竜を潰そうと思ってるんです。ご協力願えませんか?」
助け船を出したエリスの言葉もエスティルとほとんど内容は変わらない。
「てめぇら……毒竜に喧嘩を売るって事がどういうことか分かってんのか?」
エルメックは一段低い声で二人に言い放つが二人の恐怖心を刺激することはまったくない。
「そうかよ!! てめぇら侵入者だ!! この二人をぶっ殺せ!!」
エルメックが大声で部下達を呼ぶ。しかし、いつもなら即座に足音が聞こえてくるはずなのに今はまったく聞こえてこない。
「なにしてやがる!! ぼさっとしてんな!!」
改めてエルメックが叫ぶがそれに答える音は一切聞こえてこない。
「ま……まさかお前ら……全員殺したのか……?」
エルメックの恐怖を含んだ声にエリスは小さく首を横に振る。
「心配しなくて良いわよ。みんな生きてるわよ。でもあなたの命令を聞くものは誰もいないわよ」
「てめぇらは一体何者だ?」
「今はそんな事を気にしてる余裕なんてないと思うけど?」
エリスがそう言った瞬間にエルメックの前の机が弾けとんだ。
「舐めんなぁぁぁぁぁクソアマァァァァァア!!」
エルメックが左掌を二人に向けると魔力の塊が二人に向け放たれる。二人は恐れる事無く魔力の塊に向け歩を進めると寸前で躱した。その無駄の無い回避にエルメックは呆けた表情を浮かべた。
そして次の瞬間に腹部に強烈な衝撃を感じるとエルメックの体がくの字に曲がった。エリスが間合いに飛び込むと同時に腹部に強烈な拳打を叩き込んだのだ。
「よ……っと」
エリスはちょうど良い位置になったエルメックの延髄に手刀を落とした。エルメックの目がぐるんと白眼に変わるとそのまま意識を失った。
「随分と簡単に終わったわね」
エスティルが呆れた様に言う。いくら武闘派集団の頭領ではないとは言え、裏社会に生きる者なのだからもう少し手こずると思っていたのだ。
「ま、こんなもんでしょ。外のみんなを呼びましょ」
「みんなの出番なかったわね」
「ま、こいつ等が弱すぎたという事にしましょ」
「うん」
二人はそう言って笑うと外にいるアディル達を呼びに部屋を出ていくのをマルキルは黙って見送るとエルメックの体を縛るためのロープを取り出した。




