下部組織の受難:竜眼②
アディル達は竜眼のアジトへとずんずんと進んでいく。貧民街を進んでいくうちに何人かの“暴力の世界で生きています”という風貌の男が因縁をふっかけようと近付いてきたのだが、その度にアディルが殺気を放つと顔を青くして引き下がっていった。
“暴力の世界で生きている”と言っても命のやり取りをしているわけではなく、反撃が来なさそうな人に絡んでいるだけのクズ共なので、反撃されると思わせるだけで絡む確率は一気に減るのである。
「ここだな」
アディルがそう一言呟くとエリスがうんと頷くと懐から符を二枚取り出すと一枚をエスティルへと渡した。符から蒼い炎が立ち上るとエリスとエスティルの姿が消えた。
エリスの術の穏形である。符から生じた呪力が光を屈折させ術者の姿を見えなくするというものである。
エリスとエスティルの姿が消えた事を確認した所でアディルがドアをノックした。しばらくすると三十代前半と思われる男が一人顔を出した。
男はアディル達を見て少し訝しがるような表情を浮かべ、ヴェル達女性陣を見てから好色そうな表情が浮かんだのは男の正直さを示すものなのかも知れない。
「なんだ、お前ら?」
男はガラの悪い声でアディル達を早速威嚇にかかる。もちろんアディル達は男のガラの悪さごときに腰が引けることはない。問題はどうして最初から威嚇するのか、その意図するところであった。
「あ、すみません。ここは竜眼のアジトですよね?」
「はぁ? その竜眼ってのは何だ?」
男の返答はアディルの問いかけを否定するものであったのだが、声に僅かな動揺が含まれていたのをアディル達は感じ取った。
「灰色の猟犬のムルグさんから竜眼の事を聞いたんですよ。ここに行けば会えるという話だったんですよ」
「灰色の猟犬? ムルグ? 一体何の事だ? さっさと帰れ」
男はさらに険しさを増しながら威嚇の度合いを高める。
「いや、こっちもそういうわけには行かないんですよ。ムルグさんに怒られてしまうんですよ。竜眼のボスであるエルメックさんに話があるんですよ」
「だから、そんな奴いないって言ってるだろ!! 痛い目に遭いてぇのか!!」
男はついにアディルに対して怒鳴りつけた。男の激高を受けてアディルが少し怯んだ様子を見せる。もちろん演技であるが男には自分の怒号の効果があったことに対して少し気分が良くなったのだろう。
「わかりましたよ……そんなに怒鳴らなくても良いじゃないか……」
アディルが怯んだ所で男は何も言わずにドアを乱暴に閉めた。閉められたドア先でアディルは肩をすくめて振り返るとその表情はしてやったりという表情が浮かんでいた。
「さて、一手目は上手くいったな。二手目は二人に任せて、俺達は三手目に備えようぜ」
アディルがそう言うとアディル達はその場から二手に分かれた。
* * *
「ムルグの野郎……ここに使いっ走りを送るなんて何のつもりだ?」
男はぼやきながら廊下を歩いていると数歩歩いた所でピタリと立ち止まる。
「ムルグはこの場所をどうして知ってたんだ……?」
ここで男に疑問が生じた。ムルグ達にこの場所の事を仲間の誰も教えてないのだ。ところがここにムルグの使いと名乗るアディル達が現れた事にゾクリとしたものが感じた。
アディル達がムルグ達の言われて来たという事が事実であれ、嘘であれ外部の者に竜眼のアジトが知られているという事の危険さに思い至ったのだ。
「まさか……」
男が駆け出そうとした瞬間に首筋に衝撃を感じるとそのまま昏倒する。
「気づくのが遅いわね」
「そうね。これは外れと見るべきかしら? それともこいつがマヌケすぎたと言う事かしら?」
「もしくはどちらもということかも知れないわね」
そこに姿を見せたエリスとエスティルが昏倒した男を見下ろしながら言う。穏形により姿をくらました二人はアディルが男と会話している間に建物内に入っていたのである。
「さて取りあえず……こいつを駒にしておきましょ」
エリスはそう言うと符を取りだし指先をナイフで傷付け血を符へと垂らして男の額に貼り付けた。黒い靄が発し黒いムカデへと変わると男の口の中に入っていった。男が意識を失っていたのは運が良かったかもしれない。自分の口の中にグロテスクな生物が入っていく様を見なくて良かったからだ。
「起きなさい」
エリスは昏倒している男の頬を軽くはたくと男は意識を取り戻した。ちなみに軽くという表現を使ったのだが、エリス基準であり世間一般では十分に折檻と呼ばれるレベルの衝撃であった。
「う……なんだ?」
男はエリスとエスティルの二人の姿を見て怒鳴りつけようとしたが、口をパクパクさせるだけで何も言葉が出てこない。代わりに驚きと恐怖の表情へと変化していった。
「ああ、驚いているところ悪いけど一々説明するつもりはないのよ。あんた達のボスの所に案内しなさい」
「エルメックでしたっけ? その方にお話があるだけですよ」
エリスとエスティルがニッコリと笑いながら男に言う。男は二人の言葉に逆らおうとするが、自分の意思とは裏腹に立ち上がると自分の意識とは別の言葉が発せられた。
「こちらです」
男は自分の行動が全く理解できずに混乱の極致にあったのだがその混乱が収まるよりも早く事態が展開していくのであった。




