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プロローグ②

黒喰(クルシズ)が捕縛された?」

「はい」

「それって事実上、毒竜(ラステマ)への宣戦布告よね?」

「そうなりますな」


 金色の髪を背中まで伸ばした少女がお茶を飲みながら、報告を持ってきた白髪の老人に向けて言う。少女は美しい容姿をしていた。白皙の肌に金糸のような髪、整った目鼻立ちは多くの人間の審美眼に耐えるものであるのは間違いない。

 少女の後ろには三人の侍女が控えており、少女が上流階級の令嬢であることが容易に想像できるというものである。


「一体どこの阿呆(あほう)がそんな無謀な事をしたのかしら?」

「それが灰色の猟犬(グレイハウンド)ということです」


 少女の問いかけに白髪の老人が答える。老人の返答に対して少女が訝しむような表情を浮かべて老人をみやった。


「ジルド、あなたは報告に嘘偽りを言う事は無い事は分かっているけど、おかしいという事は理解してるでしょう?」

「はて、何の事でしょうか?」

灰色の猟犬(グレイハウンド)は、毒竜(ラステマ)と組んで犯罪行為を行っている真性のクズじゃない」


 少女の嫌悪感に満ちた言葉にジルドと呼ばれた老人は苦笑を浮かべる。少女はその苦笑を見て口を尖らせながら言う。


「なんでそんな奴等が毒竜(ラステマ)へ宣戦布告を行うのよ」

「ですな」

「む~とっくに情報を掴んでいるくせに」

「教え子に課題を出すのは教育係としての責務でしてね」

「時間短縮のために答えを出すというのも必要な事だと思うんだけど?」

「見解の違いですね」


 ジルドの返答は人を食ったという表現が似合うものである。ジルドは少女の不満の表明に対してまったく動じた様子は無い。


「ん~まぁ仕方ないわね。すぐに情報は手に入るから少しだけ待つとしましょうかね」


 少女はニッコリと笑うと控えている侍女に視線を向けると侍女は静かに頷くとその場から煙の様に消える。音もなく少女の前から消えた侍女に対してこの場にいる者の誰も驚いたりはしなかった。


「それはそうと、ヴェルティオーネという名に聞き覚えはございませんか?」

「ヴェルティオーネ……? 確かレムリス侯爵家の令嬢の名前がそれだったような気がするわね。亡くなったと聞いているけど……」


 少女は思案顔を浮かべつつ返答する。少女の記憶にあるヴェルティオーネという少女の印象は決して悪いものではないために亡くなったと聞いて心が痛んだのは事実であった。


「そのヴェルティオーネ嬢がどうしたの?」

「どうやら療養地に向かう途中に盗賊に襲われて崖から馬車ごと転落して亡くなったと言うことです」

「ジルドのその口調だと単純にヴェルティオーネ嬢の死を話題にしたというわけじゃなさそうね。なにがあるの?」

「実は生きているという話なのですよ」

「……へぇ、面白い話ね。レムリス家……いえ、当主と次代の侯爵、そしてその娘が相次いで亡くなったと思われていたけど……実は生きていた……ね」

「中々、興味深い話と思いましてな」

「でも、どういうつもり? さっきは自分で情報を得なさいと教えなかったのに、今度はヴェルティオーネ嬢が生きてるという情報をくれるなんて矛盾してない?」


 少女の問いかけにジルドは緩やかに微笑んで首を横に振る。


「何も矛盾などしておりませんよ。今回のお題は得た情報をどのように利用して益を得るかという事です」

「なるほどね。いいわ、そのお題を文句のつけようもない答えを提示してあげるわ」

「楽しみにしております」


 ジルドは少女の返答に満足気に頷いた。


「それじゃあ。アルトに早速話をもっていくとしましょうかね」

「すでにアルト様にも同様のお題を出しておりますよ」

「話が早くて助かるわ。ちなみにいつ伝えたの?」

「一時間ほど前になります」

「……え~と、アルトの事だから調査指示を出して、潜り込ませる密偵の選出の指示……を出しているはずだから、そろそろ来るわね」

「はい。一時間後にベアトリス様に同様のお題を出すと伝えております」

「そう。それじゃあジルド、アルトが来るまでお茶の相手をしていただけないかしら?」

「はいはい。ジジイで良ければご一緒させてもらいますよ」


 ベアトリスと呼ばれた少女の言葉にジルドはニコニコと顔を綻ばせてベアトリスの対面に座った。

 ジルドが座ると即座に控えていた侍女がお茶の用意をするとジルドの前に配置する。


「あら、来たわね」


 ベアトリスの言葉に後ろに控えていた侍女達が一礼する。ベアトリスはやって来た少年に着席を促すとニッコリと笑って問いかけた。


「アルト、首尾はどう?」

「ああ、終わった所だ」

「さすがね」

「まったく、ジルドのお題はいつも突然だからな」

「すみませんな」


 アルトと呼ばれた少年の軽口にジルドは謝罪するが口元が緩んでいるために本当に悪いと思っているのかは不明確であった。


「うちの調査員は優秀だからな。二~三日で灰色の猟犬(グレイハウンド)の件は情報が入ってくるさ。侯爵家の方は二~三週間といったところだろうな」


 アルトの言葉にベアトリス、ジルドは満足気に頷いた。


「さすが私の片割れね♪」

「お前な……一応兄を敬うべきだと思うぞ」

「兄っていってもほんの数十分じゃない」

「それでも兄だろ?」

「はいはい」


 アルトとベアトリスはそう言って互いに憮然とした表情を浮かべるが、別に周囲の雰囲気が悪くなる事も無い。いつもの兄妹のじゃれ合いである事を知っているからである。


「それじゃあ、具体的な話をつめましょうか」

「だな……」


 アルトとベアトリスはそう言うとニヤリと嗤った。

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