因果応報③
マリーの家をアディル達一行が発ち、しばらくしてからヴェルがエリスに話しかけた。
「でも、マリーって凄いわね。殺したいくらい憎い連中が目の前にいて、しかも絶好の復讐の機会を使わないなんて……私は絶対に無理ね」
ヴェルの言葉にアリスも大いに頷く。二人とも大事な者を殺されたという経験を持っているためにマリーの選択に対してやはり思うところがあったのだろう。自分にはない健やかな強さで父親の死を受け入れようとしているマリーに対して敬意にも似た感情を持っていると言える。
「まぁな、ひょっとしたらこいつらに自分の手を汚すほどの価値は無いと思ったのかも知れないな」
「俺もどっちかと言えばそっちかなと思う。だが自分の気持ちよりも父親の事を思い至ったのは正直凄いと思うな」
「確かにな。でも、だからこそ俺達のような奴等も必要なのかもな」
アディルとシュレイの言葉に全員が同意とばかりに頷いた。どのような思考を経たとはいえ結果としてマリーは感情にまかせて復讐することを選ばなかったのだ。その事に対して否定するつもりはまったくない。
しかし、それと罪を贖わせるという事はまったく別のものである。アディル達のような犯罪者、敵対者への過酷な対応をする事も時としては必要なのかも知れない
「しかし、駒は八か……まったく足りないというのが現状だな」
「そうね。私、アリス、エスティルの三箇所の戦力としてはまったく足りないわよね」
「お嬢様、いっその事傭兵を雇うというのはどうでしょうか?」
「それもいいけど、資金の面で厳しいわね」
アディル達三人の会話を聞きながらムルグ達の表情は強張り続けている。アディル達は本当に自分達の事を駒としか思ってない事が言葉の端々から感じており暗澹たる気分となっていくのである。
「エスティルの方は刺客が送られてくる可能性どれぐらいだ?」
アディルの問いかけにエスティルは肩をすくめて言う。
「正直わからないわね。お姉様とルグエイスの配下に誰がいるかわからないもの」
「そうだったな。アリスはどうだ?」
「もちろん送ってくるわよ。まぁ竜神帝国内だったら寝る間もないぐらい刺客が襲ってくるでしょうけど、この国にいるとはバレてないからしばらくは送られてこないでしょうね」
「そっか……となるとヴェルの所にがんばってもらうしかないな」
アディルの言葉に全員が首を傾げる。
「どういうこと?」
「簡単な事だ。ヴェル達三人が生きている事がわかれば刺客を送ってくるだろう」
「正気?」
「ああ、暗殺者が送り込まれてくれれば俺達はそいつらを基点にどんどん戦力を確保するという事になる」
「そう都合良くストーリーが展開するかしら?」
「何言ってるんだ。都合良く展開させるんだよ」
アディルがそう言ってニヤリと笑うと仲間達はアディルが本気であることを察する。アディルは冷静に事を進めているようで意外と大胆に振る舞うことに躊躇などしないのである。
「あ、そうだ。あんた達の同類のクズハンターはいるでしょ。そいつ等の名前を言いなさい」
アリスとがムルグに問いかけるとムルグの表情が曇った。面と向かって“クズ”呼ばわりされるのはやはり面白いものではないのだろう。
「あ、ミスリルじゃこいつ等程度だから“オリハルコン”クラスのクズハンターでお願いね」
さらにエリスがきつい事実を追加するとムルグ達のテンションはさらに下がった。クズ呼ばわりされて、なおかつ実力においても“こいつ等程度”と言われてしまえば落ち込むなと言われても不可能というものである。
「は、はい……えっと……」
ムルグは考えているようであるが、名前を挙げることができないようであった。術の効力により嘘をつくことが出来ないのだから、本当に知らないのだろう。
「やっぱり一流どころの高位ハンターになると犯罪行為に走らなくてもやっていけるということじゃないのか?」
シュレイが言うとアンジェリナがウンウンと頷きつつ答える。
「兄さんの言うとおりです。となると犯罪行為を行っているハンターは期待できませんね。雑魚を仕入れて鍛えるという選択もあるのですけど……そこまでする手間を考えるとやはり刺客を待つ方が楽ですよね」
「アンジェリナの言う通りだな。送り込まれている刺客を捕まえた方が遥かに効率的だな」
「兄さんありがとうございます♪」
アンジェリナが目をキラキラさせ、シュレイの腕に抱きついた。その様子を見た全員に“また始まった”という表情が浮かんだ。
アリスとエスティルも最初は驚いていたのだが、二人に血のつながりがないこととアンジェリナのアプローチを目の当たりにして、今ではいつもの事と思っているのであった。アリス、エスティルがアディル達と出会ってわずか三日であるが、わずか三日でこの心境に至るという事はいかにアンジェリナのアプローチの頻度が多いかがわかるというものである。
(でも、ここまで積極的に行っておきながら最後の一歩がアンジェリナは踏み込めないんだよな)
(うん、だからシュレイも妹がじゃれてるとしか思えないんだと思うの)
(なんかもどかしいわね)
(でもこれで二人が付き合っちゃったら、それはそれで鬱陶しいわよ。今でさえこれよ。もう付き合っちゃったらベタベタしっぱしになるわよ)
(それは言えるわ。何というか私こういう風に甘い雰囲気に慣れてないから結構てれちゃうわ)
アディル達はヒソヒソと囁きながら二人を見ている。好意的な視線を向けているのだが、少しばかり胸焼けしているような感情が含まれているのは仕方のない事だろう。
「ところでアリスとエスティルには婚約者とかいないのか?」
アディルが二人に尋ねると二人は静かに首を横に振る。
「なんだそうなのか? 二人とも貴族なんだから婚約者ぐらいいるだろと思ってたけどな」
「悪かったわね」
「私もいないわ。期待に答えられずに……ゴメンナサイネ?」
アリスとエスティルは不愉快そうに返答する。二人ともやややさぐれたような雰囲気が発せられたので故郷で何かがあったのだろう。
「あ、そうなのか? まぁ俺とすれば嬉しいけどさ」
「「「「え!?」」」」
アディルの言葉に四人の女性陣が驚きの声を上げた。しかもタイミングが完全に揃っており、それが四人の驚き大きさを表しているように思われる。
「そ、それてて……つま……え?」
「そりゃ私は婚約者はいないけど、そんな出会ったばかりだし……その、もっとお互いを知ってから」
アリスとエスティルは分かりやすいほどの動揺を示し、ヴェルとエリスは難しい顔をしている。
「あ、誤解すんなよ。二人に婚約者がいれば、そいつらが敵に回る可能性が高いからいないのならその心配は無いという意味だ」
「え?」
「そうなの?」
ヴェルとエリスは間の抜けた声を出した。どことなくほっとした感じの声なのは気のせいではないだろう。反対にエスティルとアリスは少しばかり不満そうな表情が浮かんでいるが、それも気のせいでは無いだろう。
その光景をムルグ達は呆然と見ていた。その光景は自分達が今後どれだけ望んでも手には入ることのないものである事がわかったのである。
(どうしてこんな事になったんだ……)
ムルグは仲間達の顔を見ながらそう思う。自分達のこれからの人生を考えると心が重くなっていくのを感じていた。
一応念の為ですが、アリスの「そ、それてて……つま……え?」というのは誤字ではないですよ。
あとムルグ達が報いを受けるのはこれからになります。




