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因果応報①

 遺跡を出たアディル達一行は、そのままエリスの依頼主の元へと向かった。依頼が終わってから向かうのではなく、先に向かったのは依頼主がムルグ達を殺害することを選択した場合、ギルドには遺跡の調査において死亡したと報告するためである。

 最初は灰色の猟犬(グレイハウンド)達にギルドへの報告をさせるつもりであったのだが、王都への道すがらエリスの依頼主に先に送り届けようという事になったのだ。


 一歩一歩と依頼主の元へと近付く度にムルグ達の顔色は悪くなっていくのは、処刑場へと運ばれていく死刑囚の心境であり、当然の事であろう。


「エリス、そろそろよね?」

「うん。あの森を抜けた所よ」


 アンジェリナの問いかけにエリスは指を差しながら返答する。指を差した先には、小さな森があり、一行はそのまま森に入ると五分ほどで森を抜けた。森を抜けた先に一軒の家がある。


「あそこよ」


 エリスが指を差しながら言うとそのまま一行は進んでいく。すると家の外で洗濯物を干している一人の少女がいた。

 少女はアディル達と同年代と言ったところだろう。テキパキと働くその姿は自分のやるべき事を効率的にこなしているという感じであった。


「マリー!!」


 エリスがブンブンと手を振りながら少女に声をかけると、マリーと呼ばれた少女はこちらに視線を移すと驚いた表情を浮かべるが、すぐにニッコリと笑顔を浮かべ手を振り返した。

 確かに武装した十数名が現れれば不安になるというのも当然である。エリスの姿を見つけてからほっとしたという所だろう。


「エリス、大丈夫だった?」


 開口一番マリーのエリスの身を案じた発言にマリーという少女の人柄が表れているように思える。

 マリーは茶色い髪を後ろで束ねた可愛らしい少女である。少しソバカスが目元にあるがそれが逆に素朴な可愛らしさを現しているようであった。


「うん。依頼完遂よ」

「良かったわ。それでこの人達は?」


 マリーはアディル達を見ながらエリスに尋ねる。マリーの問いかけにエリスは待ってましたとばかりに笑顔を浮かべて質問に答える。


「今度、私とチームを組んだ人達よ」

「アディルです。よろしく」


 アディルが自己紹介をするとヴェル達も次々と自己紹介をしていく。その後にマリーも自己紹介を返した。


「マリー、依頼の報告だけど……」


 和やかな雰囲気が流れていたがエリスが依頼の報告を切り出すとマリーの雰囲気が一気に堅くなる。


「結論から言えばこいつらはクロよ。即席で組んでいたメンバーを何人も殺してるわ。しかも……女性相手はもっと酷い事も……」


 エリスの報告にマリーの放つ雰囲気が一気に嫌悪感を含んだものになった。エリスの言葉が何を意味するかがわからないほどマリーも子どもではない。ムルグ達はその雰囲気を感じ取り身を固くする。


「そう……じゃあ私のお父さんも……こいつらが?」

「そこは確認してないわ。この子の父親の名はエイドさん、四十手前のゴールドランクのハンターだったわ。二ヶ月ほど前にあんた達と即席のチームを組んだはずだけど……で、どうなの? この子の父親を殺したの?」


 エリスがムルグに冷たい視線を注ぎながら言うとムルグ達の表情は一気に青くなった。その反応こそが自白に等しいものであった。


「は、はい……殺しました」


 ムルグの絞り出すような言葉を受けてマリーの顔が強張った。自分の父親を殺した罪の自白を聞いて平静でいられるものは間違いなく稀少であろう。


「どうして殺したのよ!!」


 マリーの悲痛な言葉にムルグ達はビクリと身を震わせた。直接非難を向けられたわけでもないアディル達もゴクリと喉をならしたぐらいである。


「お、俺達は他の女ハンターをレイプすることにして、あんたの親父はそれに反対したんだ。だから……」

「ゆ、許せない……」

「ヒッ!!」


 ムルグの自白を受けてマリーは凄まじい憎悪をムルグ達に向けた。その憎悪の凄まじさにムルグ達はガタガタと身を震わせた。


「マリー、あなたにはこいつらに復讐する権利があるわ。生かすも殺すもあなた次第よ」

「生かすも殺すも?」

「ええ、どうする?」


 エリスの冷静な言葉にマリーはゴクリと喉をならした。エリスの申し出はマリーにとって甘美なものであろう。同時にそれは自分が人を殺めるという行為を行うことを意味するため躊躇いがあるのも事実であった。だからこそエリスはマリーに努めて冷静な言葉で投げ掛けたのである。アディル達は闘争の場に身を置いているために、他者の命を奪うという行為に対して覚悟というものが出来ている。それは修練によって身につけたものであり、ある意味特殊技術なのだ。だが、マリーはそうではない。衝動的に殺害に及んだ場合に、冷静さを取り戻したときにマリーの心に大きな傷を残すことになってしまうのだ。


「こいつらは許せない……」


 マリーはチラリとムルグ達を見る。ムルグ達の顔色は青を通り越して土気色となっている。命を他者に握られているという感覚はムルグ達にとって絶えるのは容易な時間ではない。それからマリーは自問自答をくり返しているようである。その光景をアディル達は黙って見ていた。これはマリーが自分で答えを出すべき事なのだ。


 ムルグ達も土気色の顔色を浮かべながらマリーの決断を待っている。永遠とも思える長い時間をムルグ達は感じていた。


「父さんの最後の言葉は何?」


 マリーがムルグ達に問いかける。するとムルグが言い辛そうに口を開いた。


「マリーすまない……です」


 ムルグの言葉を聞いた時にマリーの目から涙が溢れ始めた。マリーはそのまま座り込み泣き始めた。


「お父さん……お父さん……」


 マリーの慟哭がムルグ達の胸に突き刺さる。ムルグ達は自分達の罪を突きつけられ、良心の呵責を感じていたのである。今までであれば自分達が強者であるという傲りの鎧が遺族の悲しみの涙を弾いていたのだが、アディル達という自分達が足元にも及ばない強者に出会った事で、傲りという鎧が砕かれてしまい、生身となった心を直撃したのだ。


「あ……俺は……何てことを……」


 ムルグの呟きに灰色の猟犬(グレイハウンド)の面々も苦しげな表情を浮かべた。


「黙れ!!」


 アディルは拳をムルグの顔面に容赦なく叩き込んだ。ムルグはその場で一回転し頭から地面に落ちた。その光景を見た灰色の猟犬(グレイハウンド)とビスト達は凍り付いた。


「貴様らの謝罪なんぞ。不愉快極まりない。お前達に謝罪する資格など無い。マリーが決断を下すまでそのまま黙って立っていろ」


 アディルの苛烈な意思表示に灰色の猟犬(グレイハウンド)達はゴクリと喉をならして直立不動に固まった。

 アディルにしてみればムルグ達の良心の呵責など一過性ものであり、信用することは出来ないという考えである。


「ごめんなさい……取り乱したわ」


 マリーは立ち上がると全員に視線を向けて言う。


「私決めたわ……」

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