魔姫と竜姫の事情①
「そうね私から話すことにするわね」
アディルの問いかけにエスティルがまず言った。
「私がガーレイン帝国出身という話はしたわね」
エスティルはそう言うとアディル達に視線を向けるとアディル達はそれぞれ頷く。アディル達が頷いたのを見てからエスティルは話を続けた。
「私の父の名は“ヴィルノフ=リューノ=ガーゼルベルト”……ガーレイン帝国の皇帝よ」
「は?」
エスティルの父は皇帝という言葉のアディルの反応がそれであった。アディル達の視線がエスティルへと向かうがエスティルはまったく嘘をついているようには見えない。
「だから私の父はガーレイン帝国の皇帝なのよ」
「ということはエスティルはいわゆるお姫様なのか?」
「まぁ、そういう事になるわね」
エスティルは苦笑を浮かべつつアディルに返答する。
「エスティルの所作ってどことなく洗練されているから貴族階級と思ってたけど、まさか皇女なんてね」
「でも何か納得だわ」
「私もです」
ヴェル達がエスティルの言葉を頭から信じたのではなく、どことなく上品な所作がエスティルの言葉の証明であるように思われた。エスティルの所作の優雅さは、付け焼き刃ではなく長い年月をかけて完全に自分の血肉としているものなのはアディルは十分に理解していた。
「アリスも皇族、もしくはそれに準ずる立場なんでしょ?」
そこにエスティルがアリスに問いかける。問われたアリスは小さく頷いた。
「やっぱりね。アリスの所作も洗練されているからね」
「やっぱりバレてた?」
「うん、もちろんアディル達も気づいてたわよね?」
エスティルの問いかけにアディル達は頷いた。
「そっか、まぁ私の事情はエスティルの後よ。まずはエスティルの事情を聞かせてちょうだい」
「そうだな。すまなかったなエスティル続けてくれ」
「うん」
エスティルは気を取り直して話を続けていく。話の腰を折られるという経験はエスティルの経験上あまりないのだがそれでもエスティルは気を悪くした様子は無い。
「まぁ今までの流れから大体察しているだろうけど、ガーレイン帝国では皇位継承問題で揉めているのよ」
「あ、後継者争いというわけか」
「うん、候補者は三人、私と姉のアルテミラ、兄のルグエイス」
「なるほどね。骨肉の争いというわけだな」
「まぁそういう事ね。ただし、この皇位継承にはルールがあるのよ」
「どんなルールだ?」
アディルが首を傾げながらエスティルに尋ねる。アディルのイメージでは皇位継承問題ともなれば血で血を洗う戦いが展開され、殺ったもの勝ちのルール無用の殺し会いというイメージであったために、ルールがあるというのは驚きだったのである。
「これから一年の準備期間を経て継承戦が行われるのよ。それまでは互いに危害を加えることは出来ないのよ」
「それが守られる根拠は?」
「とりあえずはこれね」
エスティルは髪をかき上げるとうなじをアディル達に見せると延髄の位置に青白く光る文様が浮かび上がっていた。
「これは……ちょっと触るぞ」
アディルはエスティルにいうと文様に手を触れる。エスティルはうなじを異性に触れられるという経験のないために頬を赤く染めた。角度的にその様子はアディルには見えないために無遠慮にエスティルのうなじの文様に触れていた。
「なるほど……凄い術だな。みんな見てみろ」
アディルがメンバーを呼ぶとメンバー達はエスティルのうなじを覗き込んだ。魔術の素養のあるアンジェリナも文様に触れ、施された魔術を調べるとすぐに驚きの表情を浮かべた。
「これ……本当に凄いわね。私が確認出来ただけでも十の術式があるし、一つずつ解呪しても他の術式が解呪した術式をもう一度かけ直すわ」
アンジェリナの感歎の言葉に全員が視線を交わした。アンジェリナの魔術の知識ははっきり言って宮廷魔術師に劣るものではない事を知っているヴェルとシュレイにしてみればそれだけでエスティルにかけられている術式がいかに高度なものかわかるというものである。
「これを施したのはエスティルの親父さんか?」
アディルの言葉にエスティルは少しばかり驚きの表情を浮かべる。ガーレイン帝国の皇帝、しかもこれほどの術式を施せるほどの実力者に対してアディルがその辺の店屋の主人を呼ぶような対応に驚かざるを得ない。
「うん。もし、継承者に危害を加えればこの術式が作動して私は命を落とすわ」
「おっかないな」
「ええ、一応の歯止めにはなっているわ」
エスティルの言葉にヴェルが声をかける。
「でも、本人がやらなくても部下にやらせれば良いんじゃないの? それとも直接じゃなくても命令すれば危害を加えたという事になるの?」
「うん。その辺の事は当然ながら術式の対象となっているわ」
「じゃあ、部下が勝手にやったら?」
ヴェルの言葉に全員の視線がエスティルに向かう。ヴェルの質問にエスティルは静かに首を横に振った。
「それは残念だけど作動しないと思うわ」
「やっぱりそうか……」
ヴェルの言葉にアンジェリナが首を傾げる。アンジェリナとすればこれほどの術式を施せるのであればその穴を埋めれると言う認識だったのだ。
「お嬢様、どうしてです?」
「もし、勝手に動いて制裁の対象という事になれば簡単に相手を滅ぼすことができるわ。例えば洗脳した者を相手陣営に送り込み、他の候補者を攻撃させればそれだけで残りの候補者を排除する事が出来るわ。一人は術による制裁、もう一人はその刺客による排除というね」
「なるほど……あくまで自分が関わったという認識が必要と言うことですね」
「多分そういう事よ」
ヴェルとアンジェリナの会話を受けて全員が納得の表情を浮かべた。エスティルも同意とばかりに頷いており、ヴェルの推測の確実さに感心しているようでもあった。
「それで皇位継承戦って最終的にどうやるの?」
エリスの言葉にエスティルは肩をすくめて言う。
「正直わからないわ。皇位継承戦の当日にどのように競うかが発表されるのよ」
「場合によっては殺し合いということもありえるわけね」
「うん」
エスティルの返答は小さかった。やはり自分の事情にアディル達を巻き込む事に対して“本当にこれで良いのか?”という思いを消すことがどうしても出来なかったのである。
「そっか、事情はわかった。俺達は一年後のエスティルの皇位継承戦に参戦すると言うことで良いな?」
「もちろん、良いわよ」
「当然だな」
「良いわよ」
「問題無いわ。元々そのつもりだもん」
「まぁ乗りかかった船というやつね。この私が参戦するんだから大船に乗ったつもりでいいわよ」
アディルの問いかけに全員が賛同する。ちなみに上からヴェル、シュレイ、アンジェリナ、エリス、アリスの順番である。
「えっと……そんな軽いノリで良いのかしら?」
エスティルがやや呆気にとられた表情を浮かべていた。
「別に構わないさ。行動を起こすのにいちいち高尚な理由など必要ないさ。単純にやりたいという想いで参加してもまったく問題無いだろ。それとも国のためとか民のためとかの理由付けが必要か?」
アディルはニヤリと笑ってエスティルに言う。アディルの笑顔は不敵と称するに相応しいものであるがエスティルは傲慢さを感じなかった。
「そうね。別に理由なんかどうだって良いわよね。大事なのはみんなが私を助けてくれるという事実が大切よね」
「お、分かってきたじゃないか。ま、エスティルなら一方的に助けられるだけのお姫様じゃなさそうだしな」
「その辺の事は任せてちょうだいね」
「よし、エスティルの事情はわかった。次は……」
アディルがアリスに視線を移すと全員の視線がアリスに集中する。
「私は竜神探闘の戦力確保よ」
アリスは決意を込めた声で言った。




