魔姫と竜姫⑨
「さて、取りあえずは調査も終わりと言うことで良いな」
「良いんじゃないかしら」
アディルの呑気な声にヴェルが即座に答える。他のメンバー達からも異論の声は上がらないため、今回の遺跡の調査は終了という事になった。
「おい」
「は、はい!!」
次いでアディルが殺気と共にムルグに声をかける。ムルグの返答は緊張の極致とも言うべきもので“ミスリル”のハンターチームのリーダーとしては情けない限りであるが、ムルグ達はそのような屈辱、羞恥を感じる事は一切無い。今までのアディル達の実力を見れば反抗心など持ちようもなかったのだ。
「今回の遺跡調査の件は全部お前らが報告しておけ」
「は、はい!!」
アディルの言葉にはムルグ達に対する情は一切含まれていない。数々の人々の尊厳を踏みにじり、自分達の尊厳を踏みにじろうとしたこの連中にかける情けなど一切ないというものである。
「それじゃあ、この件はこれで終わりと言う事で帰るとしようか」
「そうね」
「ところで帰るってどこ?」
「ヴァトラス王国の王都であるヴァドスだ。俺達は王都のハンターギルドに所属してるからな」
「わかったわ」
エスティルはそう言うとヴォルディスの魔力で形成された刃に手を触れると、ヴォルディスは砕け散る前の黒い剣へと姿を変えた。実体を伴う剣へと突然変わった事にアディル達は驚きの表情を浮かべた。
「エスティル、それって物質化能力か?」
アディルの指摘にエスティルはニッコリと笑うと答えた。
「ええ、私の特技よ。私は魔力を自分の望む形に変えることが出来るのよ」
「じゃあ最初から振るっていた剣はエスティルの魔力を物質化して剣の形にしてたという事か?」
「そういう事よ。ついでに言えば……」
エスティルがそう言うとエスティルの体を覆っていた黒い全身鎧がボロボロと崩れ落ちた。
鎧の下からエスティルの私服が姿を見せる。エスティルの私服姿は黒を基調とした膝上までの長さのフレアスカート、白いシャツに黒のベストという出で立ちである。
スラリとした長い手足にボンキュボンと称するに相応しい素晴らしいスタイルであった。エスティルの磨き抜かれたスタイルにアディル達男性陣のみならず女性陣からも感歎の声が上るのは当然であろう。
「エスティルって……スタイル良いわね」
アリスが羨ましそうに言う。その声を受けてエスティルはニコリと笑う。
「ありがとう。でもアリスだって十分にスタイル良いわよ。もちろんヴェルもエリスもアンジェリナもね」
エスティルの言葉にアディルとシュレイは心の中で大いに同意した。エスティルの言った通り女性陣もスタイルの良さにかけてエスティルに劣るものではない。いや、容姿に対して女性陣は劣等感を持つのはもはや他の女性に対する冒涜であるように思われるレベルなのだ。
「ま、その辺の事は後にしてもらうとして、エスティルの魔力の物質化はどんなものでも形成することが出来るのか?」
アディルの問いかけにエスティルは首を横に振る。
「私がイメージすることが出来るものしか形成することは出来ないのよ。それに新しい物を形成するようになるにはそれなりの時間がかかるわ」
「う~む……それじゃあ、俺達が身につける武具も作成可能なのか?」
「出来るけど私の体から離れたものはものすごく脆くなるのよ」
エスティルが申し訳なさそうに言う。それを見たアディルはニッコリと笑うと言う。
「いや、流石にそこまで都合良くストーリーは展開しないさ。でも使い方次第で今後の旅がものすごく便利になりそうだ」
アディルが言うとエスティルもニコッと笑った。その笑顔は非常にお淑やかな印象をアディル達に与える。
(エスティルはどことなく上品なんだよな……良いところのお嬢様なのかもな)
エスティルの洗練された振る舞いは明らかに礼儀作法の訓練を受けたものである事を思わせたのだ。
「アリスの双剣も大した能力を持っているな」
「まぁね、この双剣は私の家の家宝なのよ。竜神帝国にだって二つと無いものよ」
アリスはそう言うと手にしていた双剣を無造作に空間に手を突っ込む。再び空間から手を取りだしたときには手に双剣がなかった。アリスも神の小部屋が使えるようである。
「なるほどな。左手に握っていた剣は魔術の無効化……いや、ちょっと違うな」
アディルの呟きにアリスは少し驚いた表情を浮かべると同意とばかりに頷いた。
「流石ね。私の双剣は魔力を吸収するのよ」
アリスの言葉にヴェルとアンジェリナがうめくような表情を浮かべた。魔術を多用する戦いを得意とする二人にとって仕方の無い反応であろう。例え仲間であってもそれはそれこれはこれというやつである。
「なるほどな。それじゃあついでに二人に聞いておこうかな」
アディルは実に自然に二人に問いかけた。アディルの問いかけにアリスとエスティルは静かに頷いた。仲間になると決めた事で心理的ハードルが一気に下がったのは間違いない。
「俺が二人に聞きたいのは戦力を集めている理由だよ」




