魔姫と竜姫⑦
「おのれ……下等生物共が……」
マルトスの声には憎悪と呼ぶに相応しい感情が込められている。並の精神力の持ち主ではマルトスの憎悪の前に腰砕けになることであろうが、アディル達にその気配は一切無い。実力に裏付けにされた確かな精神力の前にこの程度の脅しはまったく通じないのだ。
対して灰色の猟犬やビスト達は直接憎悪を叩きつけられたわけでもないのにガタガタと震えている。
これは危機に対して真剣に向き合ってこなかった為であるかも知れない。強者に挑むのではなく弱者をいたぶることでしか自分達を強いと思い込むことが出来なかった弱者の生き方の結果であった。
「ちょっと待って」
アリスがアディル達に声をかける。アディル達が再びマルトスに向けて襲いかかろうとしたのを制したのだ。もちろん今度はアディル、シュレイもマルトスに向け襲いかかろうとしていたために不思議そうな表情をアディル達は浮かべた。
「どうした?」
「私にやらせてくれないかしら?」
「アリスに? そりゃまた一体どうして?」
アリスの提案にアディルが首を傾げながら返答する。これは試合ではなく殺し会いである。何も一対一に拘る必要はないのだ。そのためにアディルは不思議そうにアリスに尋ねたのだ。
「さっきアディルは私達に実力を示す為に一人で神の戦士を斬り伏せたじゃない。それにヴェル達もそこの脳筋を相手にして完全に押してたわ。つまり十分すぎる程、そっちは私に実力を示してくれたわ。そっちばかりに実力を示させて、こっちは示さないというのはなんだか気持ちが悪いのよ」
「あ、それは私も思ったわ。アディル達は実力を示したし、今度はこちらよね」
アリスの宣言にエスティルも納得とばかりに続けて言った。
「しかし、脳筋は一人だぞ?」
「そこなのよね……」
アディルの言葉にアリスは難しそうな表情を浮かべて小さく呟く。エスティルも思案顔だ。
「いっその事、二人でやれば良いんじゃない?」
エリスの提案にアリスとエスティルは静かに頷いた。相手が一人しかいない以上、そこが妥協点という感じであったのだ。
「しょうがないわね……」
「それしかない……か」
アリスとエスティルは仕方がないという雰囲気を周囲に見せながらマルトスを見つつ言う。
マルトスはこの一連の会話を受けて完全にお怒りであった。まるで噴火前の火山のような怒気を発しながらアディル達を睨みつけているがアディル達は相変わらず素知らぬ風だ。
そしてアリスとエスティルがマルトスに向け矢継ぎ早に言い放った。
「というわけであんたの相手は私達がやるわ」
「二対一だけどその辺の事は些細な事よね。下等生物と見下してるのだから二対一というハンデぐらいくれるでしょう?」
「エスティルったら当然じゃない上位種族様なんだから、勝ち方にも拘ってくれるわよ。それが出来ないなら“とても二対一では勝てる気がしませんので一対一でお願いします”と跪いて懇願すれば一対一にしてあげるわよ」
アリスとエスティルは言いたい放題にマルトスに言う。もちろん、二人とすればマルトスにこのような事を言うのは挑発が目的である事は確実であった。
マルトスは自尊心が過大なタイプであると察したアリスとエスティルは口撃を行い冷静さを失わせようとしているのである。
「この俺を舐めた事を後悔させてやるぞ!!」
マルトスは戦槌を構えると床を蹴り勢いそのままにアリスとエスティルへと襲いかかる。
「作戦は?」
「ないわ!! 好き勝手にやりましょ。私達は細かい連携なんか今は無理だもん」「そうね……今は無理よね」
「その内に出来るようになりたいわね」
「ええ」
アリスとエスティルは互いに笑い合うとマルトスを迎え撃つ。アリスは双剣、エスティルは長剣をそれぞれ構えるとマルトスに向かって間合いを詰めた。
振り下ろされたマルトスの戦槌をエスティルの長剣が受け止めると同時にアリスの双剣がマルトスに放たれた。
マルトスはアリスの左剣による斬撃を防御陣で防ぐことを選択する。戦槌がエスティルの長剣にかかり切りになっている以上、間違った選択とは言えない。
しかし、アリスに関して言えば悪手であったのである。アリスの左剣の斬撃がマルトスの防御陣に触れた瞬間にマルトスの防御陣がまるで紙切れのように斬り裂かれたのだ。
「な……!!」
あまりの予想外の事に驚愕の声がマルトスから発せられた。防御陣が只斬り裂かれただけではこれほど驚愕することはなかったであろう。アリスの左剣は防御陣をまるで無かったかのように消滅させたのである。
防御陣を消滅させたアリスの左剣はそのままマルトスの左肩を斬り裂いた。
「ぐ……」
マルトスの口から苦痛の声が発せられた。エスティルはその隙を逃すことなく戦槌を弾くとがら空きとなった胴へ横薙ぎの一閃を放つ。
シュパァァァァ!!
エスティルの剣はマルトスの鎧を斬り裂く。鮮血が舞うがマルトスは瞬間的に身を捩ることで致命傷を避ける事に成功したのだ。
「くっ……」
マルトスが苦戦を告げる声を発すると同時にエスティルが首に凄まじい速度の突きを放った。
辛うじてマルトスはエスティルの突きを躱す事に成功するがそれで終わりではない。アリスもマルトスに向け斬撃を繰り出したのだ。
アリスの双剣はまさに変幻自在と呼ぶに相応しいものである。上下左右ありとあらゆる角度から必殺の斬撃が放たれ、マルトスは戦槌と体捌きを駆使してアリスの双剣を捌いていたがとても反撃する余裕などなかったのだ。
アリスの双剣は少しずつマルトスの体に触れ始める。だがマルトスの命を奪う危険極まる刃はありの双剣だけではない。エスティルの長剣も危険度からアリスのそれと変わりはない。
エスティルはアリスの変幻自在な双剣の舞いを捌くのに意識の大部分を向けるマルトスに危険極まる斬撃を放つのだ。
エスティルの斬撃を躱す事に意識を向ければアリスの斬撃に斬り刻まれ、アリスの斬撃に意識を向ければエスティルの必殺の突きに貫かれてしまうのだ。
「すごいな。あの二人って実はコンビ組んでるんじゃないのか?」
シュレイの感心した言葉にアディル達は頷かざるを得ない。アリスとエスティルは互いの邪魔しないどころか、互いに長所を活かしあっていたのだ。その様子は長年一緒にコンビを組んでいないと出来ない動きである。
「二人ともすごいな。自分がどう動けば相手を活かせるかを極々自然に選択して行動してる」
「それが即興出来ると言うことはそれだけ二人の実力が並外れてるという事だな」
「ああ、ここまでやるとは思わなかったな」
アディルとシュレイがそう感歎の言葉を交わしていると、マルトスが戦槌を地面に叩きつけた。
ドゴォォォォォォォ!!
戦槌に魔力を込めて地面に叩きつけたことで魔力を爆発させたのだ。アリスとエスティルは爆風と砕けた床材が触れるよりも早く後ろに跳び距離をとった。
「殺す!!」
マルトスはそう叫ぶと戦槌に再び魔力を込めるとエスティルに向かって襲いかかった。今までよりも凄まじい量の魔力を込めている事にアディル達もそして当のエスティルも気づいている。
エスティルはマルトスの渾身の一撃を自らの長剣で受けた。
キィィィィィィン!!
長剣と戦槌がぶつかる音が響き渡り金属音が部屋の中に満ちる。
「あ……」
エスティルの長剣が柄から二十センチ程の長さを残してボキリと折れると折れた剣先が地面に落ちると粉々に砕け散った。
エスティルの長剣をへし折った形のマルトスはニヤリと口元を歪ませると横蹴りをエスティルに放つ。エスティルは残った剣でマルトスの横蹴りを受けるが威力を殺しきることは出来ずに三メートル程の距離を飛び着地した。
「ち……」
アリスは舌打ちをするとマルトスに斬りかかった。アリスとマルトスの凄まじい剣戟が展開されるが先程よりも互角に剣戟を展開出来ているのはエスティルの危険性が大きく下がったというマルトスの意識からであろう。
横薙ぎの戦槌の一撃にアリスはバックステップで躱すと一旦距離をとったのである。
「エスティルやれる?」
アリスの問いかけにエスティルはニッコリと笑って返答する。
「もちろんよ。むしろここでアリスに押しつけるようなことになれば、恥ずかしくってこの先やっていけないわ」
「でも武器がないでしょ?」
「ああ、これね」
エスティルは折れた長剣に視線を向けると何でもないような口調で言う。
そのエスティルの言葉が単なるハッタリでないことは次の瞬間に全員が理解した。エスティルの長剣の残った部分がズルリと滑り落ちると地面に落ちて粉々に砕け散った。
エスティルの手に残った柄から黒い靄が発せられると剣へと姿を変えたのだ。
「闘気剣……?」
アリスの言葉にエスティルは自信の満ちた声で返答する。
「この剣の名はヴォルディス……有形であり無形の私の愛剣よ」
エスティルの言葉にマルトスは身構えた。




