魔姫と竜姫⑥
「呼び水か……この生体兵器はお前らの手駒か?」
アディルが男に尋ねる。生体兵器の現れた場所に飾られていた像から現れた男、アリスの言う神の戦士とも、エスティルの言う魔神の下僕とも異なる呼び名をした男に対して関係性を疑うのは至極当然であった。
「まぁ、聞かなくても答えはわかるか……それでお前は俺達の前に何をしに現れたんだ?」
アディルは先程の質問の答えを聞くことをあっさりと放棄して新たな質問を男に投げ掛ける。実はこちらの方もある程度は予測がついている。呼び水と呼ばれる生体兵器はアディル達に対して贄という表現を使ったのだから、男の行動も当然それに類するものである事は想定内であった。
「いやな、どんな下等生物が呼び水を斃したのかなと思ってな」
「この雑魚は俺達を贄と呼んだ。お前もそのクチか?」
アディルはそう言うとさりげなく殺気を放つ。アディルの放った殺気は周辺を覆うような重苦しいものではなく、刃の様に鋭いものであり男はアディルの殺気の刃に貫かれる。
しかし、男は涼しい顔を一切崩すことなくニヤリと口角を上げた。
「下等生物の分際で中々の殺気を放つじゃないか」
「下等生物に挑発を受ける段階でお前が上等な生物で無い証拠だろうが、何を得意気になってるんだ?」
「ふ……手厳しいな」
「そうやって余裕ぶってこちらを見下すというのがお前のやり方か……浅いな」
アディルの挑発は終わる事なく男に放たれ続けている。アディルとすれば自分達を下等生物と呼び、贄と呼んだ生体兵器の関係者ともなれば敵意しか感じないというものである。
「まぁいいや、これから俺達とお前は殺し合うことになるんだが、その前に聞きたい事があるんだ」
「何だ?」
「お前の名前と所属は? それぐらいなら教えてくれても良いだろう?」
アディルの言葉に男はまたもニヤリと笑うとアディルの問いに答え始めた。
「よかろう我が名はマルトス!! 偉大なるイグリアス様の僕たる十二魔将の一人よ」
「な、何だと!! イグリアス様の……僕だと?」
マルトスと名乗った男の言葉にアディルは大いに動揺を示したように見える。マルトスはその様子を見て少しばかり悦に入ったような嗤顔を浮かべた。
「アディル、イグリアスという名前に心当たりがあるの!?」
ヴェルがアディルに尋ねてくる。ヴェルだけでなく全員の視線がアディルに集中する。イグリアスという名前にまったく心当たりのないメンバー達とすれば貴重な情報源である事は間違いないという思いであった。
「いや、知らん」
ところがアディルの返答は全員の予想を遥かに超えたものであった。心理的に仲間達は数歩よろめいたのだがそれを表面上に出す事はしないのは流石と言うべきだろう。
「何よそれ!! さも知ってますというような雰囲気出しちゃって」
アリスの抗議にアディルは黒い笑顔を浮かべて返答する。
「いやな。このマルトスとか言う奴がさ。さも知ってって当然って顔して『イグリアス様の僕である十二魔将の一人よ!!』とか言うから、からかってやろうと思って、知ってるフリしたんだけど……ここまでドヤ顔されると何か可哀想だなとなってしまったぜ」
アディルのあまりと言えばあまりな返答に仲間達の同情を含んだ視線がマルトスへと注がれた。
完全におちょくられていた事に気づいたマルトスから凄まじい殺気が発せられた。その殺気はアディルが放っていた差すような鋭い殺気ではなく、押しつぶすような殺気である。
「なんかあいつ怒ってるな?」
アディルの声の調子は本当にマルトスが何故怒っているのか理解できないというアディルの心情を表現していた。もちろん、アディルがこのような態度をとっているのはわざとである。
「怒らせたのはお前だろうが!!」
「アディル、可哀想よ。謝ってあげなさいよ」
「そうよ!! いくらなんでも非道いわ!!」
「いくら自分が有名であると勘違いしている痛すぎる奴でも傷付くわよ」
ヴェル達とエリスがアディルを責め立てる。もちろん、これもマルトスへの挑発であり抗議は本当のものではない。
アリスとエスティルは肩をすくめて視線を交わすと苦笑を浮かべ合った。
「黙って聞いてれば……許さんぞ!! 下等生物共が!!」
マルトスは巨躯に似合わぬ速力を発揮するとアディル達へと襲いかかる。
ドドドドドドドドドドッ!!
そこにヴェルの魔力の鏃が連続で発射される。魔力の鏃がマルトスに直撃するより早くマルトスは防御陣を展開するとヴェルの放った魔力の鏃を防いだ。
カカカッカカカカッカカカッカカカカカ!!
魔力の鏃は防御陣に当たり次々と弾かれていく。マルトスはそのまま突進し手にした巨大な戦槌を振りかぶった。
「させないわよ!!」
振りかぶったマルトスの戦槌とヴェルの間に割り込んだのはエスティルである。エスティルの長剣とマルトスの戦槌がぶつかると凄まじい音と火花を散らせた。
「くらえ!!」
ヴェルはエスティルの横に跳ぶと掌から拳大の魔力の塊を放つ。高速で放たれた魔力の塊は防御陣に直撃する。
ビシィィィィ!!
魔力の塊はマルトスの防御陣にヒビを入れるが砕くまではいかなかった。だがヴェルはまったく落胆する事なく、もう片方から拳大の魔力の塊を再び放った。
ガシャァァァァァ!!
ヒビの入った場所に寸分違わずもう一発の魔力の塊が直撃すると今度は防ぎきることは出来ずにマルトスの防御陣が砕け散った。
そこにアンジェリナが追撃を行った。放った魔術は炎の奔流という炎を放射する魔術である。アンジェリナによって放たれた炎は、濁流となりマルトスに直撃する。直撃を受けたマルトスの体を炎が覆った。
「やるじゃない」
アリスがヴェルとアンジェリナに賛辞をおくり、エスティルにもニカッと笑いかけた。
「まだ終わってないわよ」
エリスが数枚の符を貫いたナイフを炎に覆われたマルトスに向けて投げつけた。投げられたナイフは真っ直ぐにマルトスに向かって飛び、炎に触れた瞬間に大爆発を起こした。
ドゴォォォォォォォォ!!
凄まじい爆風が発せられたが、アンジェリナとエスティルが爆風が到達するよりも早く防御陣を展開しアディル達は事なきを得た。
「許さんぞぉぉぉぉぉクズ共がぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ!!」
マルトスの咆哮が放たれると憎悪のこもった目でアディル達を睨みつけた。所々に火傷や裂傷があるところを見るとヴェル達の攻撃にまったくの無傷というわけにはいかなかったのだろう。
(こいつらをからかうのは命がけだな)
アディルはマルトス相手に互角以上の戦いを展開するヴェル達を見て心から思ったのであった。




