魔姫と竜姫⑤
扉を開けアディル達が部屋の中に入ると正面に一体の筋骨逞しい男の像が飾られていた。像の男には額に一本の角が生えているところから人間の像でないことがわかる。
「さて……噂の生体兵器はどこかな?」
アディルはキョロキョロと部屋を見渡しながら言う。部屋はかなりの広さであるのだが、何も物が置いていないために隠れるところがないので部屋の中に目的の相手がいない事は一目瞭然だ。
「これからよ」
アリスが一言言うとエスティルも同様に頷いた。すると部屋の中央の空間がぐにゃりと歪み黒い球体が現れた。
黒い球体の内部から腕が現れると球体をそのまま引き裂いた。
「くくくく……お前らが今回の贄か」
耳障りの不快な声がアディル達の耳に入る。現れた怪物は頭部は球体で目も鼻も耳もないがただ口だけが大きく裂けていた。身長は二メートル弱、背中にコウモリのような羽が生えており、相当な筋肉質である。
上半身は裸で下半身には布が巻かれており古代の剣闘士のような格好をしている。
「贄ねぇ……というよりもアリスもエスティルもこいつを連れて戦場に赴くつもりだったのか?」
アディルの言葉にアリスもエスティルも少しばかりバツが悪そうな表情を浮かべている。この表情から二人は生体兵器の容貌がこれだとは知らなかった事が窺える。
「ま、良いか。おい変態野郎」
アディルの声は完全に生体兵器への嘲りに満ちている。アディルがこのような言い方をするのはもちろん挑発のためである。アディルにしてみれば自分達の事を贄と呼んだ以上は友好関係を築くのは不可能であり、既に戦いは始まっているのだ。
「人間のような下等生物がこの私に何という言い方だ」
生体兵器は不快気な声を発している。下等生物と見下している人間に嘲りを受ければ怒りも増すというところなのだろう。
「ああ、すまんな。お前名前はあるのか? なければ変態野郎と呼ぶからいいか」
「貴様!!」
生体兵器はアディルの挑発にあっさりと乗ると襲いかかってきた。その速度は明らかに悪食王よりも速い。凄まじい速度でアディルの間合いに入った生体兵器は、アディルに拳を放った。
生体兵器の頭の中ではただの一撃で頭部を爆砕させたアディルの惨めな姿が展開されていた。
しかし、それは現実には起こりえなかったのである。
アディルは凄まじい速度で放たれた拳にそっと掌で肘を押し拳を逸らすと、顔面に肘を叩き込んだ。
ゴギャ!!
アディルの肘が生体兵器の顔面に叩き込まれると形容しがたい音が発せられ生体兵器の頭部がはね上がった。
生体兵器の襲いかかってくる勢いが全て跳ね返ってきた形となったのである。
「よっ……と」
アディルは気負うことなく生体兵器の腹部に横蹴りを放つと、肘からの衝撃から立ち直ってない生体兵器は間髪入れずに放たれたアディルの横蹴りを躱す事は当然出来ない。
アディルの蹴りをまともに受けた生体兵器は、吹き飛ぶと数メートルの距離を飛び地面を転がった。
「おい、さっさと立て」
アディルの言葉に生体兵器はすぐに起き上がる。起き上がったときに僅かに足が揺れたのは受けたダメージが決して軽い物でないことの証拠であった。
生体兵器が立ち上がったためアディルは腰に差した天尽に左手を添え鯉口を切り、右手はダラリと伸ばしている。
「バカなやつだ。唯一の勝機を逃すとは……」
生体兵器は口元を歪めてアディルを嘲弄する。先程のやり取りで大きなダメージを負ったにしては実に強気なセリフである。
「あっそ……」
アディルとすれば単なる駆け引きの一つであるために無視する事にしたのだ。すなわち、何かあると思わせるという態度でアディルが襲いかかってくるのを躊躇させることにしてダメージの回復を行うつもりなのだ。
アディルは膝を抜きその動きを利用して一歩目を踏み出した。地面を蹴るのではなく膝を抜き、体が沈み込む力を利用する第一歩目は初手が読み辛いために見かけよりも早く敵対者には見えるものなのだ。
アディルはダラリと下げた右手を天尽の柄へとやる。生体兵器はアディルの腰の天尽に意識を向けるが次の瞬間に喉へ衝撃を受けた。
(が……な、なんだ?)
生体兵器は自分の喉に長さ十センチほどの棒手裏剣が刺さっていた。アディルが右手に握り込んでいた棒手裏剣を天尽の柄を握る動きを利用して放っていたのである。
生体兵器は天尽に意識を向けていたために放たれた棒手裏剣に気付く事が出来なかったのである。
この思わぬ攻撃に生体兵器は大いに動揺したのだが、アディルはまったく相手にすることなく天尽を抜き放つと生体兵器の首を斬り飛ばした。
地面に落ちた生体兵器の目から光が消える。わずか五分ほどの出会いであったが、心を通わせることなくあっという間に永遠の別れとなってしまったのである。
「やるわね……」
「ええ、ここまであっさりと魔神の下僕を斬り伏せるなんてね」
アリスとエスティルはアディルの実力に素直に賛辞を送る。
「さて、これで俺達と本気で組むという事で良いな?」
アディルが二人に視線を移しつつ言う。アディルとすれば生体兵器との戦いは圧倒的な実力を見せつけることでアリスとエスティルと仲間に引き込む事が目的である以上、当然の問いかけである。
「ここまで……」
アリスが返答しようとした時に飾られている像から光が発せられた。
「おいおい……」
アディルの口から間の抜けた声が発せられると像の至る所が砕けそこから光が数本出てきた。
「これは中から何か出てくるわね」
「だな」
ヴェルが言うとアディルが簡潔に返答する。仲間達もほぼ同時に戦闘態勢に入っていた。得体の知れない状況に動揺するのではなく即座に対処しようという仲間達の対応にアディルとすれば頼もしさしかない。
ガシャァァァッァァァ!!
凄まじい音と共に像が砕け散り、像の男が姿を見せた。像と同じように額の部分に一本の角が生えている以外は人間とほぼ変わりがない。
像の時には気づかなかったが頬にザックリと入った刀痕が戦歴の凄まじさを語っているようにアディル達には思われる。
(へぇ……こいつは強いな)
アディルは一目見て像から現れた男が凄まじい戦闘力を持っている事を察した。
カシャカシャ……
すると灰色の猟犬、ビスト達から鎧の音が発していた。視線を向けなくとも音の正体を察する事が出来る。現れた男の凄まじい戦闘力を察し、生存本能が大いに刺激され体の震えとして現れたのだ。
「呼び水を斃したのはお前らか?」
男が転がっている生体兵器の死体に目を向けアディル達に言い放った。




