出会い②
振るわれた剣閃により一つの首が飛んだのを見ても山賊達は動く事はしなかった。あまりの事に思考が停止していたのである。
これは自分達が狩る立場と思っていた事による落差故の思考停止と言えるだろう。まさか自分達の中に命を落とす者がいるとは全く考えていなかったのである。甘いと言えば甘いのではあるがそれも仕方のない事なのかも知れない。人間誰しも調子に乗っているときは足元がお留守になるというものである。
「な……きさっ……が!!」
ようやく思考が再起動した男が声を発したときにアディルはまたも間合いを詰めると天尽で喉を刺し貫いた。アディルの突きにはまったく躊躇いというものが無い。アディルは長年の修練で戦うと決断したら一切の手心を加える事はない。それがキノエ家の教えであり、アディルの行動原理として完全に染み込んでいるのである。
アディルは喉を貫いたまま容赦なく横に天尽を薙ぐと首半分を斬り裂かれた男は鮮血を舞わせた。その血しぶきは呆然としていた男の目に入り視界を塞ぐ。
アディルはその隙を見逃すことなく、すれ違い様に男の首を刎ねる。男の首が地面に落ちた時に一瞬絶望の表情を浮かべたのは自分の現状を把握したためであろう。
「散れ!!」
ここで指揮官と思われる男が叫ぶと男達は弾かれたようにアディルから距離をとった。叫んだのは先程シュレイと呼ばれた騎士の少年が名前を呼んだサンディグという男である。
「貴様、何者だ!!」
サンディグはアディルに向かって叫ぶ。いきなり現れ自分達の仲間を四人もいきなり斬り伏せた者に対して当然すぎる行動である。
(応える必要はないよ)
アディルは心の中でそう嘲笑すると自分を取り囲む男の一人の間合いに飛び込むと斬撃を放つ。アディルが何かしらの返答をすると思っていた男は当然その斬撃を躱す事は出来ない。
アディルの斬撃は男の右肩から入り、そのまま左脇腹に抜ける。斬られた男は上半身を斜めに滑らせて地面に落ちた。
「な……」
「そ、そんな……」
「嘘だろ」
男達の中から驚きの声が上がる。達人であっても生きている人間を両断するのは困難極まる芸当だ。ところがアディルは不意を衝いたとは言え苦も無くそれを成し遂げたのだから驚きの声が上がるのも当然というものだ。なまじ男達が戦いに身を置いていることでアディルがどれほどの技量を持っているかが思い知らされたのだ。
「油断するな!! このガキは並の腕じゃない!! 全員でかかれば……」
サンディグは部下達を叱咤する。しかし、サンディグの叱咤に心を動かされたものはいない。全員でかかれば何とかなるような相手にはどうしても思えないのだ。
アディルは声を発することなく次の男へと向かい斬り結ぶことなく男の喉を斬り裂いた。男達は合流しようとするがアディルは巧みに立ち位置を調整すると一対一の状況を作り出し順当に斬り伏せている。
男達は数の有利を時間が経つごとに失っていく。それはアディルによって男達が斬り伏せられていることの証拠である。恐らく同時にかかってもアディルの技量であれば男達を無傷のまま斬り伏せることも出来るだろう。だが、アディルは一対一の状況を作り出し続け男達を斬り伏せていく。
「そ、そんなバカな……」
アディルが姿を見せてからわずか三分ほどで十五人の男達はサンディグを残して斬り伏せられていた。
「お、お前は一体何者だ」
サンディグの恐怖に満ちた問いかけをアディルは無視するとサンディグへ二段突きを放つ。
「が……」
アディルの二段突きはほぼ同時にサンディグの喉と心臓を刺し貫き、サンディグの口から自分が敗れたことを不本意ながら認めた声、いや音が発せられた。サンディグは膝から崩れ落ちるとそのまま倒れ込んだ。
「……まさかサンディグがまったく反応出来ないなんてね」
お嬢様然とした少女が感心したように呟く。その声には確実にアディルに対する警戒の念がこもっていた。
「シュレイ、アンジェリナ……気を抜いちゃ駄目よ」
「はい!!」
「お嬢様、お下がり下さい」
騎士の少年が剣を構えつつ、二人の少女の前に立つ。
(ほう……こいつ出来る。ひょっとして助太刀はいらなかったか?)
アディルはシュレイと呼ばれた少年の構えから相当な腕前である事を看破する。元々、三人が危ないと思ったからこそサンディグ達を代わりに斃したのだが、シュレイの技量ならば簡単にやられるとは思えなかったのだ。
(それに後ろの二人もそれなりの手練れのようだな)
次いでアディルは後ろの二人へと視線を移すとアディルに対して警戒はしているが恐怖はしていない事は確かであった。これは後ろの二人もそれなりの実力を有しているとアディルが捉えるのも当然であった。
アディルは三人の技量を見誤っていた事を心の中で反省した。相手の力量を見誤るなどアディルにしてみれば迂闊としか言えない。
「さて、そいつらを斃してくれた事に対しては礼を言うわ。でもここで剣を引かないというのなら敵対者として見なすけどそれで良い」
お嬢様然とした美少女がしっかりとアディルを見つめて言い放つ。
「そう敵意をむき出しにしないでくれるか。殺し合いに発展させるために助けたんじゃないからな」
アディルはそう言うとヒュンと天尽を一振りして血を払うと鞘に納めた。アディルがカタナを納めた事で三人も少しばかり警戒を解いた。
「そう。敵対の意思はないと言う事で名乗らせてもらうわ。私はヴェルティオーネ=レジーナ=レムリス。レムリス侯爵家の者よ。この二人は私の護衛騎士のシュレイ、侍女兼護衛のアンジェリナよ」
ヴェルティオーネと名乗った少女は、二人を紹介するとシュレイとアンジェリナは静かに一礼する。二人が一礼している時にはヴェルティオーネが目を光らせているのがアディルにはわかった。
「へぇ、やるな。そこに転がっている連中よりも遥かに戦い慣れしてるな」
アディルの感心した声にヴェルティオーネ達は微笑みを浮かべる。
「微笑みを浮かべつつ俺への警戒も怠らないか……お前ら何者だ? ただのお嬢様と護衛じゃないよな?」
「それはこちらのセリフよ。あんたが斬った連中はレムリス家の騎士達よ」
「あ、やっぱり? 困ったなひょっとして俺は罪に問われるのかな?」
アディルはヴェルティオーネの言葉に軽い調子で答える。もちろんアディルも本気で罪に問われるとは思っていない。サンディグのヴェルティオーネへの嘲りの声は主家の令嬢に対する者でなかった事から本当にヴェルティオーネ達はサンディグ達に命を狙われていると読んだのである。
「はぁ……まったく。分かってて言ってるから質が悪いわね……こいつらが私を殺そうとしたのはわかってるでしょ」
「まぁな。しかしお前って部下に殺されそうになるなんて相当嫌われてるのか? 老後寂しくなるから改めた方が良いぞ」
「そんなわけないでしょ!! 確かに私は令嬢と言うには口は悪いけど殺されるほど怨みは買った覚えないわよ!!」
ヴェルティオーネの言葉にアディルは肩をすくめる。
「へぇ~でも命を狙われるなんてそれなりの理由が必要だろ。何があったんだ?」
「私が邪魔な奴がいるのよ」
忌々しげにヴェルティオーネが言う。吐き捨てるという表現そのものでありヴェルティオーネがいかにその人物を嫌悪しているのが分かるというものである。
「そいつの名はエメトス=ジズバルト=レムリス。私の父よ」