遺跡への侵入④
「とりあえず終わったな」
アディルがヴェル達に向け言うとヴェル達も頷いた。
「おい、治癒が必要なやつはさっさとしておけ」
アディルはビスト達に向け冷たく言い放った。仲間を失ったばかりのビスト達にとってアディルの言葉はあまりにも配慮が欠けていると言えるだろうが、アディルにとってビスト達は奴隷以下の存在であり配慮するつもりはないのだ。
人によってはアディルのような態度を取ることに否定的な意見を持つものもいるだろうが、アディルに言わせれば自分達を最低の方法で踏みにじろうとしていた者達を助けようと思わない。そのような事が出来るのは聖人君子か物事を深く考えないバカぐらいであろう。自分達を踏みにじろうとしたからこそ、そのような扱いを受けているのであってそこに同情心など一切わかないのだ。
「あなたは俺達を何だと思ってるんだ!!」
魔術師がアディルへと食ってかかる。その目には明白な怒りがある。
「駒だ」
アディルの返答は簡潔を極めたものである。あっさりと言い放った魔術師は二の句が告げないと言う風にパクパクと口を動かしている。反論したくても言葉が出ないのだろう。
「俺は最初からお前達を駒として扱うと言ってたろう。聞いてなかったのか?」
アディルの視線は冷たさを増していく。
「お前達は今まで多くの人間を踏みにじってきた。その報いを受けているだけだ。被害者面するな」
アディルはそう言うと凄まじい殺気を魔術師にぶつけた。魔術師はアディルの殺気をまともにうけて呼吸が止められたかのように蹲った。
「どうした? この程度の殺気でもう動けなくなったのか?」
アディルの言葉に刺々しさが増していく。
「それぐらいで良いだろう。駒をここで潰すなよ」
シュレイがアディルの肩に手を置くと静かに言う。シュレイの声と表情は静かであり、アディルを咎めるものでないのは確実である。
「ああ、すまん。こいつの被害者面がイラッとしてな」
「気持ちは分かるさ。俺も聞いててぶった切ってやろうと思ったけどさ。ここでわざわざ駒を潰すのは反対だ」
「それもそうだな」
アディルはシュレイの言葉に殊勝げに頷く。魔術師はアディルの殺気が消えた事でやっと呼吸が出来るようになり荒い呼吸をしていた。
「あっちのクズ共はどうしてるかな?」
シュレイの声には灰色の猟犬達への一切の情も含まれていない。それは自分達も同様であることをビスト達は嫌と言うほど思い知らされたのだ。
「良かったここにいた!!」
するとオグラスが部屋に駆け込んできた。部屋に入ったオグラスは部屋の惨状を見て呆気にとられるがすぐに自分を取り戻すとアディル達に告げた。
「こっちに来て下さい!! 見てもらいたいものがあるんです」
オグラスはそう言うとクルリと背を向ける。アディル達は視線を交わすと互いに頷きオグラスの後を追う。
「お前達も着いてこい」
一行の最後尾についたシュレイがすれ違い様にビストにそれだけ言うとアディル達の後を追った。ビスト達は互いに視線を交わすと悲痛な顔で頷くとアディル達の後に続いた。
ハルクの死体をここに残していくのには抵抗はあったのだが、アディル達にそんな感傷が通じないのは先程のやり取りで十分に骨身にしみたのである。
タタタタタタ……
オグラスの後にアディル達は続く。
(左右対称になってるというわけか)
アディルは心の中で呟いた。二股の分岐点からほぼ同程度の距離を行ったところに扉があったのだ。オグラスは迷わずその扉の中に入っていく。
アディル達が中に入ると灰色の猟犬達がアディル達を見る。その目には明らかに安堵の光が含まれていた。
アディル達も灰色の猟犬達に慕われている等と思っていない。そんなアディル達を見て灰色の猟犬達が安堵の表情を浮かべるという事はそれだけ不可解な事が起こっているという事だ。
「なるほどな……」
アディルが周囲を見渡すと灰色の猟犬達が安堵の表情を浮かべた理由がすぐにわかった。
部屋の中には肉片が散らばっていたのだ。肉片は人間のものでは無い事は即座にわかった。転がっている腕が悪食王のものだったのだ。
悪食王を肉片に変えるような存在が同じ空間におり、それが自分達に襲いかかってくるかも知れないと思うと灰色の猟犬としては耐えられるものではない。
「この二人は組んでいると考えるべきか……みんなはどう思う?」
アディルが指差した先に二つの足跡があったのだ。灰色の猟犬の連中のものでないのは確実である。灰色の猟犬の連中の靴とは大きさが異なっているからである。
「う~ん……私は違うと思うわ。一つの足跡はあちらこちらに動き回ってるけどもう一つは走り回ってないしね」
「エリスの言う事も一理あるけど、片方が主であった場合は話が違ってくるわ」
ヴェルの指摘にエリスは少し考え込むと頷いた。シュレイもアンジェリナもヴェルの意見に納得の表情を浮かべている。
「どちらにしても悪食王を一人で斃せるぐらいの実力を持っているやつが一人か二人いると言う事だな」
アディルの意見にヴェルが即座に返答する。
「そうね。もし、組んでなかったとしても、もう一人は恐れずに先に進んでいる。これは悪食王を斃す相手が先にいても恐れていないと考える事ができるわね」
「お嬢様の言うとおりですね。もし実力が劣るようなら先に進むことは出来ないでしょうから」
ヴェルとアンジェリナがそう言葉を交わしているとシュレイが口をはさむ。
「先に進んでいる相手はアディル並の実力がありそうだな」
「そうね。十二分に気を付けていくとしましょう」
シュレイの言葉にエリスも同意する。アディルも悪食王を一人で斬り伏せた。先に進んでいる相手も少なくともアディル並の実力を有していると考えるのは当然の事である。
「それじゃあ、行くとしようか」
アディルが議論をうち切るように言うと全員が頷く。
(一体何がこの先にあるのかな……)
アディルは胸中でそう呟くと心にある僅かな高揚を自覚した。




