遺跡への侵入②
報告を受けたアディル達は通路を降りて遺跡の調査に乗り出す。
灰色の猟犬、アディル、シュレイ、ヴェル、アンジェリナ、エリスの順番で階段を降りていくことになった。エリスが最後尾なのは余程の相手でなければ不意をつかれる事はないという考えからである。
「そう言えばアディルが作成した式神は何処に行ったんだ?」
シュレイがアディルに尋ねる。シュレイとすれば灰色の猟犬達との戦いで使わなかったから不思議に思ったのだ。
「ああ、こいつ等との戦いで使おうと思ったんだけど弱すぎて使わなかったから、解除しておいたんだ」
アディルの返答に灰色の猟犬の面々は悔しそうに下を向く。実際にアディル達に手も足も出なかったがここまであからさまに言われればさすがに愉快では無い。
「なんだ? 文句があるのか?」
アディルの冷たい声に灰色の猟犬の面々はビクリと体を震わせた。アディルの声は仲間達に向けるものとはまったく異なる冷たすぎるものであったからである。
「と、とんでもございません!!」
ムルグが直立不動となりアディルに返答する。その様子はミスリルクラスのハンターとして自信に満ちあふれていた姿とは程遠すぎた。わずか三十分でここまで状況が変わるのかというほどである。
「ならさっさといけ。お前らと情を交わすつもりなど無い」
「は、はい!!」
アディルの言葉に灰色の猟犬は階段を駆け下りていった。このまま、アディル達の側にいて不興を買うなど御免被りたいものであった。
階段を降りるとそこは人が三人は通れそうな幅の通路である。高さは三メートル程であり、かなり空間的には広く圧迫感は一切感じない。床はレンガで舗装され、壁は腰ぐらいの高さまでレンガが積み上げられており、それから上は白い壁で覆われている。
壁には光る魔石により明かりが灯っており、それが等間隔で配置されておりかなり遠くまで先が見える。
「おい」
「は、はい!!」
アディルが息吹かしながらビストに言う。アディルに声をかけられたビストは分かりやすい動揺を示しながらアディルに応答する。
「この灯りはいつついた?」
「そ、それが我々が調査のために階段を降りて数歩進んだところで灯りがつき始めました。敵の存在を確かめるために百メートルほど確認しましたが何も異変が無かったために、マークに貴方方を呼びに行かせました」
「そうか」
ビストの返答にアディルは簡潔に返答する。アディルが沈黙しているとビスト達はビクビクとした表情を浮かべてアディルの返答を待っている。
アディルはビスト達に構うこと無くヴェル達に視線を向けると口を開いた。
「どうやらこの遺跡はまだ生きているようだ。十分に注意して行くとしよう」
アディルの言葉を受けて全員が頷く。ちなみにここでいう全員とヴェル達であり、灰色の猟犬やビストのチームは含まれていない。アディルにとって意思を確認すべきはヴェル達であり、駒である連中の意思など全く関係ないのだ。
「おい、次はお前らが先頭に立て。次はお前らだ」
アディルの一切の情の無い声に灰色の猟犬、ビスト達は反抗する事も無くアディルの指示通りに進み始める。少しずつ壁や床を調べながらの前進であるため時間がかかる。
しばらく進むと通路が二股に分かれていた。
「お前らは右、お前達は左だ。何かあればここに戻って報告しろ」
アディルは即座に進行方向から見て右側を灰色の猟犬、左側をビスト達に振り分けると両チームは素直に従い前進をしていく。
「俺達は少しここで休むとしよう」
「うん」
アディルの言葉にヴェルはニッコリと微笑んで返答する。アディルは天尽を腰から外すとその場に座るとヴェル達も同様に座り始める。
「えっと……とりあえず」
アディルは腰のポーチから一本の巻物を取り出すと地面に広げた。広げられた巻物には、何やら幾何学的な文様が描かれている。アディルはその文様の中心に手を置くとボフンという煙が発生し、その煙が消えると水差しと金属製のマグカップ、ビスケットとジャムの入ったガラスの瓶があった。
「アディルも神の小部屋を使えたのね」
アンジェリナの言葉にアディルは首を横に振る。
「いや、これは龍脈の気を利用した封印術だ。本来は手に負えない怪物などを封印するためのものなんだが、旅にも利用できる」
「リュウミャク?」
ヴェルが聞き慣れないリュウミャクという言葉に首を傾げながら呟く。
「ああ、龍脈というのはなこの大地に流れる強大な気の流れの事を言うんだ」
「はぁ」
「まぁピンとこなくても良いさ。キノエ流ではこの大地の気を使って色々な事が出来ると言うことだけ覚えておいてくれればいいさ」
「まぁ、今更アディルのやることに驚いても仕方ないわね。要するにこの封印術なら神の小部屋の代わりになると言う事ね」
「そういう事だ」
「でも、一つ気にかかったんだけど」
「どうした?」
「リュウミャクって大地の気の流れなんでしょ? そんなものをいじって大丈夫なの?」
ヴェルは心配そうな表情を浮かべつつ言う。リュウミャクというのが具体的に何か理解できていないのだが、それを利用する事に対してデメリットを考えてしまったのだ。
「そんなに膨大な龍脈の気を利用する術じゃ無いからな。えっと……この例えでわかるかな? 川から用水路で田畑に水を引くだろ、だが川の流れは変わらない。もちろん膨大な量を引けば川が涸れると言うこともあるだろうが、個人が使う量なんてたかが知れてるから安心してくれ」
「うん。何となくわかったわ」
「それよりもこれ出したという事は私達にご馳走してくれると言う事よね?」
ヴェルが納得の言葉を告げたすぐ後にアンジェリナがニコニコとした表情でアディルに言ってきた。アンジェリナの視線はビスケットの方に釘付けとなっている。
「ああ、もちろんだ。マグカップを回してくれ。その水差しには果実水が入ってるからな」
「よし♪」
「アンジェリナは相変わらず、甘いものに目がないわね」
「お嬢様だって甘いものはお好きじゃないですか」
「私も大好きなのよね♪」
地下通路の中でアディル達のちょっとした茶会が始まった。アディルの用意した果実水、ビスケットは美味と称するに相応しい味わいであり全員が会話を交わしながらどんどん減っていく。
賑やかで楽しい空気が地下通路に満ちる。
「ぎゃあああああああああああああ!!」
しかし、その空気を一変させたのは通路の左側、ビスト達の向かった先から聞こえて来た絶叫であった。
絶叫を聞いたアディル達は視線を交わすと互いに頷き戦闘モードに切り替えると即座に立ち上がった。
「おっと……忘れるとこだった」
アディルは巻物を広げた所で、中央の文様に手を置いた。するとアンジェリナが光の速さで自分とシュレイのマグカップを拾い上げるとアディルに視線を向けていう。
「これは私の神の小部屋に入れておくわね。良いわよね?」
アンジェリナの妙な迫力にアディルはこくりと頷く。今のアンジェリナに逆らうべきではないと本能が察したのである。
ボフン……
アディルはアンジェリナとシュレイ以外のマグカップ以外のものを再び封印する。
「さ、行くとしようか」
アディルはそう言うとヴェルとエリスも触れてはいけないこととして絶叫の上がった方へと移動していった。シュレイとアンジェリナもそれに続く。
(ぐへへ……アディル感謝するわよ。次に使用するときについうっかり兄さんと私の使用したマグカップを間違えるしかないわね。何という合法的な間接キス♪)
アンジェリナは心の中で小躍りしながらアディル達の最後尾を進むのであった。
アンジェリナは変態ではありません。一途なだけなんです!!




