受難というより報い⑥
アディルは仲間達同様にムルグに斬りかかった。ほぼ一瞬で間合いに飛び込んだアディルの斬撃がムルグの腹部に放たれる。
ムルグはアディルの斬撃を咄嗟に腰を引いて躱す事に成功するが、それは腹部だけであり足と頭部はそのままである。いわゆる“くの字”の体勢をムルグはとってしまったのである。
アディルは間髪入れずに左手でムルグの残った足を掬いにいった。見事に足を掬われたムルグは転倒こそしなかったが体勢を大きく崩してしまう。
「よっと……」
アディルの口から何ら気負いの感じない声と共に横蹴りが放たれた。
ドゴォォォ!!
そして次の瞬間にアディルの横蹴りをまともに食らったムルグが宙に浮き三メートル程の距離を飛んで着地する。アディルの気負いのない言葉とは裏腹に横蹴りの威力は凄まじくムルグの口から血がこぼれ出た所を見ると内臓を痛めたのだろう。
「ぐ……」
ムルグが剣をアディルに向けた瞬間にまたもアディルが動く。アディルの斬撃は鋭く、疾い。しかも動作が小さく、ムルグとすれば避けづらいことこの上ない。
キィィィン!! キィィン!!
アディルとムルグの剣が宙で打ち交わされ無数の火花を周囲に撒き散らした。しかし均衡を保つことが出来たのは僅か数合でありやがてアディルの斬撃に少しずつ押され始めた。
(こ、こいつの剣は一体何だ? どこの流派だ?)
ムルグはアディルの斬撃の特異さに戸惑っている。アディルの斬撃はムルグの知る斬撃とは全く異なっている。
単純なパワー、スピードとは違うものをムルグはアディルの斬撃に感じていた。アディルの斬撃は小さく鋭いのだが斬撃の重さは凄まじいものがあったのだ。
(俺とは体の使い方が根本的に違う……)
ムルグはその考えに至ったときに背中を冷たいものが走るのを感じた。今までの自分が信じていた強さがまるで根本から砕かれていくような恐ろしさを感じていたのだ。
「よ……っと」
アディルの口から先程同様に間の抜けた言葉が発せられた。すると突然今までの斬撃の重さとは比較にならないほどの衝撃をムルグは感じると体勢を崩した。
アディルは体勢を崩したムルグに上段斬りを放つと左肩を斬り裂いた。鮮血が舞うがムルグは構うことなく横薙ぎの斬撃を放つとアディルは後ろに跳んで一旦距離をとった。
(つ、強い……何とかしなければ)
ムルグはこの状況を打破するために必死に頭を回転させる。
「ま、待ってくれ!! アディル君どうしてこんな事をする? 君達はハンターキラーなのか!! この事がギルドに知られれば君達は終わりだぞ!!」
ムルグがとった手段は言葉による動揺を誘うことであった。客観的に見てアディル達が灰色の猟犬を襲ったのだから正義は自分達にあると主張するつもりだったのだ。
ムルグの弾劾にアディルは呆れた様な表情を浮かべつつ口を開く。
「見てくれの良い女が三匹、冴えないガキが二匹……楽勝だな」
アディルの言葉にムルグは訝しげな表情を浮かべた。それを見てアディルは苦笑を浮かべつつ、さらに言葉を続ける。
「あの今日ハンターに成り立てのガキ共の持っている武器はかなりの値打ちものだ。おそらく良いところのお坊ちゃん、嬢ちゃんなんだろうさ。そいつは世の中の厳しさを教えてやらねえとな……だったな」
「あ……な、何故それを……」
アディルの言葉にムルグはつい返答してしまい慌てて口を押さえる。
「お、俺達はそんな事を言った覚えはない!!」
ムルグは顔を青くしつつアディルに返答する。ムルグの声は大きいが力強さに欠けている事この上ない。心の動揺がそのまま音声化したかのようであった。
「何を言ってるんだ? 俺は一言もお前達がこんな事を言ったなんて言ってないだろ?」
「う……」
「どこかの魔術師は、あのガキ共の目の前で楽しむに決まってるとも言ってたな。前回は順番が逆だったし、あれはあれで楽しかったとも言ってたな」
アディルの言葉はムルグにとって針のむしろそのものである。
「おやおや? 顔色が悪いぞ。まさかこんな内容の会話をしてたのか?」
「お前……一体どうやって?」
「ああ、お前らがこんな会話をしていたという証拠はちゃんとあるから安心して報いを受けろ」
「嘘だ!!」
「嘘じゃないさ。まぁ信じようが信じまいが結果は変わらん。せいぜい足掻くが良いさ。さてと続けるぞ」
「待て証拠だ!! 俺達がお前達を殺そうとした証拠を見せろ!!」
「嫌だ」
「へ?」
アディルは一言でムルグの言葉を拒絶すると天尽を掲げ一気に振り下ろす。
キィィィィン!!
アディルの上段斬りをムルグは辛うじて受け止めるが、ムルグはそのまま膝をついた。
「ぐううぅぅぅ!!」
ムルグの声は苦しさに満ちている。何とか堪えようとしているが抗いようのない力の前に為す術もないという状況なのだ。
「まぁこれも報いと思って甘んじて受けろ」
アディルは片手を刀から外すと握り拳を握る。ムルグはアディルが何をしようとしているのかを察すると顔を強張らせた。
意図を察しても力を少しでも緩めるとそのまま両断される未来しか見えないのでどうにも出来ない。
「さ~て……歯を食いしばれ」
「ひっ!!」
アディルの言葉を受けてムルグは顔を強張らせた。アディルの膂力の凄まじさは今まさに実感しているところであり、その拳で殴られれば只で済まない事は明らかである。
アディルのはなった拳がムルグの顔面に叩き込まれ血と歯を撒き散らしながらムルグは錐揉み状に飛びそのまま地面に転がった。
「よし!!」
アディルは一言言うと仲間達の戦いの結果を見るとすでにすべての戦いが終わっていたあとであった。
地面に転がっているのは灰色の猟犬一味であり、立っているのはアディル達である。
アディル達の完勝であった。
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