受難というより報い⑤
ヴェルとアンジェリナの魔術によって分断された灰色の猟犬であるがシュレイと対峙したのはパワーファイターのネイスである。
「貴様のような小僧が俺に勝てると思ってるのか!?」
ネイスは戦槌と盾を構えると大音声でシュレイに威嚇を始めた。その大音声はビリビリと大気を振るわせる程であり、大抵のものであれば身のすくむ事だろう。
だがシュレイは非常に冷めた目でネイスを見やると返答する。
「勝てると思ってるから俺はお前を引き受けたんだよ」
「クソガキがミスリ……」
ネイスがシュレイの不敵な返答に怒りを露わにし、さらに言葉を続けようとした途中でシュレイはネイスに斬りかかった。人間は咄嗟に二つのことを同時にとる事は出来ない。出来るものは相当な修練を積んでいる超一流の者ぐらいである。
シュレイが言葉の途中で斬りかかってきた事にネイスは咄嗟に対応が遅れてしまう。その一瞬の対応の遅れがシュレイを優位な流れに引き込んだのだ。
シュレイは間合いに入ると同時に斬撃を放つ。狙ったのはネイスの右膝であった。シュレイは魔力で剣を強化しているので防具ごと斬り裂く事も可能なのだ。
「く」
ネイスは左手に掲げた盾でシュレイの剣を受け止める。シュレイはそのまま剣を押し込もうと力を込める。ネイスはそれに気づくとニヤリと嗤い盾でそれを押し返そうとネイスもまた力を込めた。力勝負はネイスにとって望むところだったのである。
(バカめ!! 貴様程度の力で俺の力を上回る事など出来るわけないだろうが!!)
ネイスは心の中でシュレイの行動をせせら笑う。シュレイの膂力は決して非力ではない。だがネイスに比べればやはり一段、いや二段は落ちる。それを察したネイスがシュレイに判断をせせら笑うのはある意味当然かも知れない。
「はぁ!!」
ネイスは最大限の力でシュレイの剣を弾いた。ここで圧倒的な膂力を見せつけることでシュレイの恐怖心を煽り、戦いの流れを取り戻そうとしたのだ。その判断は決して誤っているとは言えない。
単純な力勝負であればその行動は非常に有効なのだ。だが、シュレイは別にネイスと力勝負をするつもりなどさらさらない。
弾き飛ばされた剣の勢いを利用してシュレイはその場で一回転すると左肘をネイスの頬に叩き込んだ。
本来であれば盾により頬に肘を叩き込むなど出来ないのだが、ネイスが力勝負で盾を使って押し出したために守るべきスペースが空いてしまったのだ。
「ぐう……」
シュレイの肘をまともに受けたネイスがうめき声を上げる。
ギャリッ……
ネイスは自分の口の中に異物が混入している感触を味わった。数瞬後にそれが自分の歯である事を察するとベッっと吐き捨てる。血の中に混じった白い歯が数本覗いているのをネイスは見た。それはネイスにとって屈辱である。見下していたシュレイに歯を折られるなどあってはならないことなのだ。
「クソガキがぁぁぁぁ!!」
ネイスは怒りの咆哮を上げると戦槌を振りかぶりシュレイに振り下ろす。シュレイはそれを紙一重で躱すと同時に再びネイスの右太股へと斬撃を放った。
シュパァァ!!
シュレイの剣はネイスの防具を切り裂きその下にある右太股を斬り裂いた。
(浅かったか……まぁ躱しながらだから仕方ないな)
シュレイはそれほどの深手ではなかった事に落胆することもない。躱しながらの斬撃では力の入り方の点で浅手になりやすい。その事を知っているシュレイとすれば落胆する事は決して無いのだ。
(ば、バカな……俺の防具は鋼鉄製だぞ!? しかも避けながらの斬撃でこんな事が)
しかし、ネイスの印象はまるで真逆であった。自分の足を守る防具は鋼鉄製であり、生半可な斬撃では斬り裂く事など決して出来ないはずである。しかも避けながらの斬撃でである。それをシュレイは斬り裂いたのだからそれだけでシュレイの技量が並外れている証拠であると言える。
「ば、バカな……」
ネイスの口から呆然とした声が漏れる。ネイスとすれば押されつつある戦いへの助太刀を仲間に求めたのだが、ネイスの目に入ったのはそれどころではない戦況であった。
リーダーのムルグはアディルと何やら話し込んでおり顔を青くしていた。会話の内容は聞こえなかったが、顔を青くし所々から血が流れていることからムルグが押されているのは明らかである。
次いでアグードへ視線を向けるがアグードが地面に転がっている姿が目に入る。しかも間の悪いことにアンジェリナが杖を掲げそれを容赦なく振り下ろすというシーンをまともに見てしまったのだ。
最後の望みをビスト達に向ける。ビスト達の実力でシュレイを斃せる事は決して出来ないと分かってはいるのだがそれでもこの状況を変えることが出来るかも知れないという思いであったのだ。エリスの手によってすでに五人が地面に倒れている姿にはもはやネイスとしては絶望しかない。
「不思議でも何でもないだろう。俺達の方が強く。油断してなかったから当然の結果だな」
シュレイがネイスに向かって冷たく言い放った。沈黙するネイスに向かってシュレイはさらに続ける。
「お前達の様な外道に容赦などしないさ」
シュレイはそう言うと攻撃を再開する。ネイスは恐怖のために体を硬くして盾の影に身を潜めた。
それはもはや敗北を先延ばしにする行為でしかない。一分でも一秒でも敗北を先延ばしにするための行為でありもはやネイスの心情は敗北者のそれである。
シュレイの剣は雷光のような速度でネイスに放たれる。
カカカカカッカカカカカ!!
シュレイの剣とネイスの盾がぶつかり合う音は途切れること無く周囲に放たれる。
(く、くそ!! 反撃できねぇ……なんて斬撃っ……うぉ!!)
シュレイの斬撃に反撃の糸口を探ることも出来ないネイスであったが突然自分の膝をシュレイが取った事に驚き、体勢を崩した。ネイスは素早くそれに対応しようとした瞬間に顎先に凄まじい衝撃を受けて吹き飛んでしまった。
シュレイが膝を取ったことでネイスが視線をそちらに向けた瞬間にシュレイは拳を突き出したのだ。シュレイの拳には剣が握られておりその柄がネイスの顎に直撃したのである。
グシャリ……という顎骨の砕ける音をネイスは薄れいく意識の中で確かに聞いた。ネイスは受け身を取ることも出来ずに、後頭部から地面に落ちる。
「命をここで取るつもりはないから安心しろ……って聞こえてないな」
すでに意識を失っているネイスにシュレイは言い放つが、すでに意識を失っているネイスには聞こえていない。
その事に気づいたシュレイは小さく苦笑した。




