受難というより報い④
アディルとシュレイが灰色の猟犬達に向かって斬り込むのとヴェルとアンジェリナが支援を行うのはほぼ同時であった。
ヴェルは両手の指から魔力の鏃を放ち、アンジェリナは魔矢の魔術を放った。
ヴェルとアンジェリナの支援は相手を仕留めるというものではなく灰色の猟犬を分断させることが目的であった。そのため着弾点は、三方向に散らせるために灰色の猟犬の三人の中心点であった。
ヴェルとアンジェリナの目論見通り、灰色の猟犬は三方向に散り散りになりそれぞれの相手と相対した。
アディルはムルグ、ネイスはシュレイ、ヴェルとアンジェリナはアグードと魔術での争いという事になる。
「いくわよ、アンジェリナ!!」
「はい!!」
ヴェルとアンジェリナは自然に合流するとアグードに向け魔術を展開する。
ドドドドドドドドド!!
「くっ!!」
ヴェルの両手から魔力の鏃が再び放たれるとアグードは咄嗟に防御陣を形成する。
ビシィ!!
ヴェルの放った魔力の鏃の雨はアグードの防御陣にヒビを入れる。ヴェルの鏃の威力はアンデッドとなった人体を容易に破壊するほどだ。いかにアグードの防御陣が強固であっても間断なく放たれるヴェルの魔力の鏃を防ぎきるのは容易でないのだ。
「くそ!!」
アグードは悪態をつきながらもう一度防御陣を形成する。だがヴェルの魔力の鏃は些かも途切れること無く放たれ続ける。
(い、一体いつまで続くんだ!?)
アグードは戦慄せざるを得ない。ここまでの威力の魔力の塊を放ち続ける事が出来るヴェルの術士としての実力に恐ろしさを感じていた。
(オ、オグラスの野郎……よりにもよってこんな奴等を連れてきやがって!!)
アグードは心の中で伸びているオグラスを責め立てた。戦いが始まり、自分達が追い詰められつつある前はアディル達を獲物としか見ていなかったのに随分と勝手な心情であった。
ドン!!
一際大きな音が発せられると拳大の魔力の塊が放たれ、防御陣に直撃する。
ガシャァァァァン!!
ヴェルの放った魔力の砲弾はアグードの防御陣を打ち砕いた。
「くっ!!」
アグードは自分の防御陣を粉々に打ち砕いた魔力の砲弾を、両手を交叉して受ける。魔力を両腕に込めて強化したのだが、ヴェルの放った魔力の砲弾の威力は凄まじく、受けたアグードの両腕の骨を粉々に粉砕した。
(ぐぅぅぅぅぅ!!)
アグードは心の中で絶叫を放つ。あまりの苦痛に声を出すことが出来なかったのだ。アグードの受難はこれで終わらなかった。
アンジェリナが魔術を形成し、続けて魔術を放ったのだ。放たれた魔術は裂氷破弾、氷で形成した複数の刃で対象者を斬り裂くという魔術だ。
「ひっ……」
アグードの口から絶望を告げる声が発せられた。防御陣をすでに張る状況ではない。躱すにはヴェルから受けたダメージがそれを許さない。完全に詰んだ状況であることを悟ったのだ。
いつもであれば仲間達が自分をガードしてくれるというのにその仲間達はそれぞれの相手に応対しており、自分を守ってくれるものは誰もいないのだ。
アンジェリナの放った氷の刃がアグードに突き刺さる。左肩、次に右太股、右脛に突き刺さりアグードは吹っ飛ぶとそのまま地面に転がった。
(ぐぅぅ……くそが……だが、隙を見つけたぞ)
アグードは激痛に苦しみながらもヴェルとアンジェリナの隙を見つけた事に対して心の中でほくそ笑んでいた。
アグードが見つけた二人の隙というのは、アンジェリナの放った裂氷破弾がアグードの心臓や腹部を貫く瞬間に跡形もなく消えたのだ。当然ながらアグードが消したのではない。
消したのは間違いなくアンジェリナだ。つまりアンジェリナはアグードを殺せる一撃を放っておきながら、そうしなかったのだ。
(甘い奴等だ……所詮人を殺す事など出来ないのだろう)
アグードはヴェルとアンジェリナが自分を殺せなかった事に対して、それが弱さからくるものであると判断していた。
アグードは少しずつ自らに治癒魔術を施し始めた。もちろん、大っぴらに施したわけではなく、悟られないように最大限の注意を払っての治癒である。アグードが秘匿して魔術を展開すればそれを見破るのは容易ではない。アグードは人格的には最底辺と言えるだろうが実力についてはミスリルクラスは伊達でないという事なのだ。
「まったく……」
アンジェリナが転がるアグードの側に近付くと手にした杖を振り上げると容赦なく左足の脛の部分に叩きつけた。
「ぎゃあああああああああ!!」
あまりの激痛にアグードは絶叫を放った。それは自分が死んだふりをしていた事の証拠であり、それを見破られていたことの証明でもあった。
「一体何の目的で死んだふりをしていたのかしらね?」
「治癒魔術を施しているのですから私達の不意を衝くつもりだったのでしょうね」
「でもこんなにあからさまに治癒魔術を施しておいてどうして不意を衝けると思ったのか本当に不思議だわ」
ヴェルとアンジェリナの会話にアグードは心臓を鷲づかみにされているような恐怖を感じた。アグードは自分の魔術の秘匿に対しては絶対的な自信を持っていたのだが、それをあっさりと見破られていることがひたすら恐ろしかったのだ。
自分を支えてきていた魔術への自信が砕かれればアグードとすれば強者の座から転がり落ちてしまうのだ。
「ひょっとしてアンジェリナが裂氷破弾で致命傷を避けてあげたから誤解させちゃったのかしら」
「かもしれませんね。こういう奴等って命を奪う行為を特別視しますからね。自分は特別だって、他の者には出来ない事をやっているって悦に入るんですよね」
「必要があるから殺されないですんだって思えないのかしらね」
「お嬢様も酷な事を言われますね。こんなクズにそんな知性があるわけ無いじゃないですか」
「そうね。ごめんなさいね貴方のような品性下劣な人にはハードルが高すぎたわね」
言いたい放題の二人にアグードは屈辱で目も眩む思いであったが、苦痛と何よりも命を完全に握られているという恐怖が抗議の声を上げることを躊躇わせているのである。
「さて、聞きなさい。私達がなぜあなたを殺さなかったのか教えてあげるわ」
ヴェルがその理由を語り始めた。




