侯爵凱旋④
「来たわね」
「ああ、大体三十人といったところか」
アディルの言葉通り、約三十人ほどの人影がこちらに向かってきているのが見えた。アディル達はヴェルからの情報通りに領軍がレムリス邸へと向かう際の最短距離の道路で待っていたのである。
「それでヴェルはどうするつもり?」
「まさか……」
エリスの問いかけにアリスが手刀を首の前で横に振るジェスチャーを行った。もちろん、このジェスチャーの意味するところは“皆殺し”である。アリスの意図は完全にヴェルに伝わったらしくヴェルの表情には心外という感情が即座に浮かび上がった。
「ちょっとアリス、私をどんな風に見てんのよ」
「敵対者に容赦なしが信条だからそう思ったのよ」
「それはアリスもでしょ!!」
「はて……何のことかしら?」
ヴェルの返答にアリスは、ひゅーひゅーと口笛を吹きながら、視線を外すという露骨すぎる態度である。
「お嬢様、それでどうします? 私としては裏切り者として皆殺しにしてもかまわないのですけど」
「シュレイ……あなたもずいぶんと過激になったわね。レムリス領にいるときは慎重だったのにね」
「状況によって人は変わるものですよ。レムリス領にいるときはお嬢様に危害が及ぶと思って耐えていただけです」
「今は耐える必要がないというわけね」
「ええ、今思えばなぜあそこまで耐えていたのかわからないぐらいです。結局のところ、世の中には寛容と臆病の区別のつかない者が多いですので、限界まで耐えようが途中で放棄しようが一緒です」
シュレイが苦笑を浮かべながらヴェルに尋ねるとヴェルは少し考え込み、シュレイに返答する。
「まぁ皆殺しにする必要はないわね。とりあえず私にまかせてもらおうかしら」
「お嬢様に?」
ヴェルの言葉にシュレイはゴクリとのどを鳴らした。ヴェルならばこちらに向かってくる領軍の三十人程度など文字通り殲滅することは可能どころか、余裕というものだ。
「ちょっと、シュレイまで私をどんな風に思っているのよ」
「え? 魔鏃破弾で皆殺しにするんじゃないですか?」
「しないわよ!! 兵士は上からの命令に逆らうわけにはいかないわ。当然、私たちを殺そうとした責任は幹部連中にとってもらうけど、兵士達は制裁の対象外よ」
「あ、そうですか」
シュレイがやや拍子抜けしたような空気を出したところで、ヴェルが笑顔を見せていう。
「もちろん、反抗しないことが前提よ。エメトスにつくというのなら容赦をするつもりは一切ないわ」
ヴェルのこの宣言にシュレイは力強く頷いた。ヴェルはすでに国王が認めた正当なレムリス侯爵である。領軍の指揮権はレムリス侯爵のものであり、エメトスではない。にもかかわらずエメトスにつくというのなら、その者はレムリス領軍ではなく、エメトスの私兵である。
「身の振り方を誤れば破滅というわけですね」
シュレイの言葉にヴェルはニヤリと嗤う。ヴェルの言葉の意味するところをシュレイは正確に理解していたのである。
「なんというか……おまえの嫁の一人って恐ろしいな」
アルトが隣にいるアディルに向かってささやく。最小限の音量なのはヴェルに聞こえないようにするためであろう。
「頼もしいといえ」
アディルの返答は簡潔そのものである。
「へいへい」
アルトはやれやれという風に肩をすくめながら返答する。
(う~む、おっかない親戚ができたとみるべきか、頼もしいととるかだな)
アルトは将来の縁戚者達を見て心の中で思った。




