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侯爵凱旋③

「気がついたか?」


 アルトの声がウィルガルドにかけられると気絶から目覚めたばかりのウィルガルドは周囲に視線を向けた。

 ウィルガルドの視界には、アディル達アマテラスのメンバーと自分を倒したアルトが映し出された。


(そうか……負けたのだったな)


 ウィルガルドは事情を察するとズキズキと痛む顎を押さえつつ起き上がった。


「ほう……もう立てるのか」


 アルトの感心したような言葉にウィルガルドは苦笑を浮かべた。アルトの称賛にはまったくウィルガルドへの警戒感は含まれていない。それは、ウィルガルドがもはやアルトの脅威となり得ないこと証拠であった。


「ああ、どうやら俺はあんた達に命を助けられたようだな」

「そういうことだ。理解が早くて助かるよ」

「さて、問題は俺に何をさせたいかということだな」


 ウィルガルドの言葉にアルトはにやりと笑う。アルトにしてみればウィルガルドの察しの良さは話を進める上で楽であった。察しの悪い者であれば説明しなければならずそれは手間であるのだ。


「簡単なことだ。()に仕えるだ」

「あんたに?」


 ウィルガルドの声には驚きの感情が含まれている。ウィルガルドにしてみればアルトの実力は自分を遙かに凌駕する。そのアルトが自分ごときを欲しいというのには違和感を感じたのである。


「そうだ。俺は人材を求めている。もちろん国家を転覆させようとか、犯罪行為を行おうというわけじゃない」

「ま、あんたは、卑劣な行為をするようなやつじゃないのはわかる。だが、俺の実力はあんたに全く及ばないのはわかっているだろう。にもかかわらず俺がほしいのか?」

「ああ、勝敗の件は気にしなくていいぞ。俺が強すぎるだけだからな。相手が俺でなければお前に勝てるやつはそうはいないだろう」

「ありがたい評価だな」


 アルトの言葉にウィルガルドはまたしても苦笑を浮かべた。ウィルガルドは数秒ほど苦笑していたが、やや緊張をはらんだ表情を浮かべるとアルトを見据えてうちを開いた。


「ありがたい申し出ではあるが依頼主を裏切るわけにはいかない」

「依頼主というのはレムリス代候の事か?」

「ああ」


 アルトの言葉にウィルガルドの返答はやや重い。ウィルガルドにとってエメトスは決して尊敬するべき依頼主という訳ではなさそであった。


「その様子ではあまり代候に対してよい感情を持っているというわけではなさそうだな」

「まぁな、ただの雇い主だ。人間的に尊敬できない相手でも給料分の働きをするさ」

「そうか……代候の倍払うと言ったら?」


 アルトの提案にウィルガルドは即座に首を横に振った。


「それは出来ないな。もし、それをしてしまえば金次第で裏切るという評価が定着する。そうなれば誰も俺を雇わなくなるし、協力を得ることも出来なくなってしまう」

「そうか……」


 ウィルガルドの返答にアルトはやや沈んだ声で返した。


(ん? 今アルト笑ってたな?)


 事の成り行きを見守っていたアディルは口元を押さえた下にあるアルトの表情が笑っていたのを見たのである。


(ということは何かしら突破口を見つけたという訳か)


 アディルがベアトリスに視線を向けるとベアトリスも苦笑を浮かべつつ頷いた。どうやらベアトリスもアルトの口元を見たようであった。


「それじゃあ、何の問題もないな」

「?」


 アルトの言葉にウィルガルドは怪訝そうな表情を浮かべた。アルトはウィルガルドの困惑にかまうことなく言葉を続けた。


「代候との契約は当然ながら身命をなげうって仕えろとまではなかったろう?」

「あ、ああ」

「代候が破滅すればあんたは失業だ。それから俺と契約を結べば何の問題もない」

「え?」

「ことは単純だ。悩む理由などどこにもない」


 アルトの言葉にウィルガルドは二の句が告げないという様子であった。


「さて、もう一つ聞きたいことがある」

「え?」

「どうしてそんなに金が必要だ?」

「……」

「ここで沈黙か……それは何か理由があると言っているようなものだぞ」


 アルトの言葉にウィルガルドは応えない。その様子にアルトは小さく笑う。


「俺の見たところ、金の使い道は自分のためじゃないな。他の者のために金が必要というわけだろう?」

「……」


 ウィルガルドの沈黙を見て、アルトはニンマリと笑うと続けて言う。妙に自信たっぷりな姿である。


「まぁいいさ。俺に雇われることになったらその辺の理由も話してもらう」

「俺があんたに雇われることを確信しているような口ぶりだな」

「ああ、俺は代候よりも人間的魅力にあふれているからな。あのクズに雇われるよりも遙かにましだ」

「……ましか」


 ウィルガルドは少しだけクスリと笑った。


「さて、みんな俺がウィルガルドを雇うために力を貸してもらうぞ」


 アルトはアディル達に自信たっぷりに言った。



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