襲撃④
アディル達アマテラスと王族二人は仲良く治安部隊に周囲を固められて領都を歩かされていた。アディル達の手は縄で縛られており、どう見ても連行されているようにしか見えない。
それを見た人々がヒソヒソと言葉を交わしている。どちらかというとアディル達に対して侮蔑の視線を向けてくる者はほとんどいない。むしろ、同情的であったぐらいである。
おそらく昨今のレムリス領では珍しくない光景なのであろう。ヴェルはそれを察して、時折爆発しそうになる怒りを必死に押さえているようであった。
ヴェルが怒りを無理矢理押さえつけているのを察した治安部隊の者達は一様に顔を青くしているが、夜の帷が降りている時間帯のためにその事に気づく領民は誰もいない。
「はぁ……やっちゃおうかな」
ヴェルがポツリと呟くと隣を歩いていたアリスが苦笑を浮かべながら言う。
「気持ちは分からないでもないけどこれは必要な手順なんだから耐えましょ」
「うん。さっきアンジェリナと約束したけど我慢できるか本当に自信が無くなってきたわ」「それは同感ね。作戦じゃなければ斬り刻んでやるんだけどね」
ヴェルとアリスの不穏すぎる会話を聞いた兵士は身を震わせながら歩いていた。機嫌の悪い竜の前に並べられているような気分なのかもしれない。
「ヴェル、始末したい気持ちは分からんでもないがここは堪えろ。なぁにそんなに長い時間じゃないからな」
アディルの言葉にヴェルは不承不承であるが頷いた。
この会話から分かるようにアディル達が兵士達に連れられているのは作戦である。アディルとエリスの作戦を後から合流したメンバー達に伝えると二つ返事で承諾し、捕らえに来た治安部隊を軽く蹴散らし、エリスとアディルが呪血命で治安部隊を拘束をしたうえで治安部隊の屯所へ連行されている体を装っているのである。
「そういえばローラン=ガイストって名に心当たりはないか?」
アディルはアルトに問いかけるとアルトは少しばかり首を捻って考えているようである。
「そういえば、傭兵でそんなやつがいたような気がするな」
「傭兵?」
「ああ、半分野盗のようなやつだ」
「そんなやつをエメトスは何のために雇ったんだが」
「雇ったのはレストワル家かもな」
「レストワル家か……当然手は打ってるんだろ?」
「何の事かな?」
アディルの問いかけにアルトはニヤリと嗤いながら惚けた表情を浮かべた。ニヤリと嗤った表情がアルトが手を打っていることをうかがわせるのには十分である。
「もう一つの何とかと言う家は?」
「さぁ~て、どうなってることやら」
アルトの惚けた返答にアディルは不愉快という表情を浮かべたがアルトは華麗に無視している。
「もう!! 二人とももう少し殊勝げな表情を浮かべなさいよ」
「わかったよ」
「ああ、すまんな」
「分かればよろしい」
ベアトリスが窘めると二人は素直に謝ったことで、幸いベアトリスの機嫌が損なわれることはなかった。
「もう着きます」
アディル達に囁くように言うのはアディル達を捕らえに来た兵士達の指揮官である。碌に抵抗も出来ずに全員が蹴散らされ、それだけでも抵抗の気概など消滅してしまっていたのに、呪血命で拘束されているのだから、言葉遣いも丁寧なものである。
「コルゼー隊長、お疲れ様です」
「お疲れ様です。そいつらですか?」
屯所の門番二人が指揮官に向かって敬礼しながら尋ねる。アディル達を見る視線には露骨に見下したかのような視線を向けており、女性陣を見て好色そうな表情を浮かべる。
「ああ、ろくな抵抗も見せなかったから手荒な事はするなよ?」
コルゼーは門番二人に言う。コルゼーの言葉は保身から来るものであるのは間違いないだろう。無礼な態度をとるとアディル達の忍耐心が即座に蒸発し、屯所にいる者が皆殺しになる事を恐れたのである。
「へへへ、コルゼー隊長の言葉とも思えませんよ。この間の女ハンターあんなに楽しんだじゃないですか。どうしたんですか?」
「ばかっ!!」
門番の言葉にコルゼーは慌てて止めようとするが遅いのは明らかである。
「ほう……つまりコルゼー様は捕まえた人達に虐待してるというわけですか」
アディルの一段低い声にコルゼーはビクリと身を震わせた。いや、駒となった治安部隊の者達は分かりやすいほど恐怖に囚われている。
「はぁ? おいガキなに生意気な口聞いてんだ?」
門番はアディルの顔面に拳を振るう。バキィ!!という音が周囲に響くがアディルは身じろぐこともなく門番を睨みつけた。もちろんアディルならば門番の拳など余裕で躱す事が出来る。この拳は敢えて受けたのである。
「コルゼー……さっさと中に案内しろ」
「は、はい!!」
門番が気圧された間にアディルがコルゼーに言うと、コルゼーは上ずった声で返答しアディル達を中に案内した。
「さっきの一発は貸しだぞ。すぐに返すから覚悟しとけ」
アディルを殴った門番の横を通り過ぎる時に言い放つと、門番はあまりの威圧感にヘナヘナと座り込んだ。
アディル達が屯所の中に入っていくのを門番二人は呆然と見つめていた。
治安部隊の災難は明日となります




