任務出発②
王都を出発したアディル達は王都から五日ほどかけて目的地であるレシュパール山へと到着した。
レシュパール山は王家直轄領とエルゲンス公爵領を分ける境界線の役割を果たす山地である。このレシュパール山で遺跡が見つかったという事でハンターギルドに調査依頼が来たのを灰色の猟犬が受け合ったのだ。
この世界の遺跡は決して学術的な目的で調査されるわけではない。遺跡はあらゆる種族の足跡であり、場合によっては、大きな発展を国にもたらすことがあるのだ。
そのような遺跡は当然ながら稀少であり百に一つあるかないかというところだ。そのため、すべての遺跡に国が調査隊を派遣するには、人手も資金も足りないためにハンターギルドへ先行調査を依頼するのだ。
遺跡などの調査依頼には最低人数が設定されるのは、危険な遺跡であった場合にその情報を一人でも持ち帰るようにするためである。少人数で遺跡に乗り込み、妙な装置を起動させた結果、全滅した場合には被害は甚大なものになるのだ。危険が表面化してから準備するのとその前に準備するのとでは対処に大きなひらきがあるのは確実なのだ。
調査チームがレシュパール山へと赴くまでの五日間はモンスターは一切姿を見せることなく平和そのものの旅路であった。王都周辺は定期的に騎士団が演習を兼ねてモンスター、盗賊などを排除するために治安が良いのだ。
「それじゃあ、明日に遺跡に入るから今日はここで野営にするとしよう」
ムルグの言葉に一行からほっとした雰囲気が発せられた。治安が良い、モンスターの数が少ないからといってゼロでない以上、全員何かしら気を張っていたのである。
野営するということは休息を意味するので、ほっとするのも仕方がない。もちろん、まったく警戒を解くというわけではないのだが、それでも気を緩めてもかまわないという選択肢が増えるのは嬉しいものなのだ。
アンジェリナが空間から薪を取り出した。これは神の小部屋という空間魔術で、異空間に物を収納する事が出来るのだ。神の小部屋に収納された物は術者本人にしか干渉する事は出来ないので、もし、術者が亡くなってしまった場合には神の小部屋に収納されている物は永遠に取り出すことは出来ないのである。
アディル達四人の中では唯一アンジェリナが習得しているのである。
灰色の猟犬、ビスト達のメンバーの中にも神の小部屋を習得している者がおり、それぞれ野営の準備に入っている。
ちなみにエリスも使えるのだが、アディル達に食糧を提供することで、薪を共用している。
「アンジェリナ、水を張ってくれ」
「まかせてください。兄さん」
神の小部屋から取り出した鍋にアンジェリナが水瓶の恵みにより、鍋を水で満たした。
この水瓶の恵みは、水を生み出す事の出来る魔術である。水の確保は旅の重要事項であるが、その運搬には多大な労力を必要とする。この水瓶の恵みを使える者がいれば旅の負担は一気に減るのだ。
アディル達四人の中ではアンジェリナが神の小部屋、水瓶の恵みを使えるのはこの上ない幸運であったと言えるだろう。
シュレイが乾燥させた針葉樹の葉を火付けにすぐに薪に火をつけ、鍋を置く。意外な事にシュレイは料理が得意であり、この五日間ずっと料理番をしてくれていたのである。
アディル達は手伝おうとするが、アンジェリナが手伝うと言うために任せる事にしている。アディル達はアンジェリナの“わかってるわよね?”という声にならない視線に恐れをなしたわけではなく、アンジェリナの恋を応援するために任せているということを名誉のために付け加えておきたい。
シュレイとアンジェリナが食事を作っている間に、アディルとヴェルはテントを張る事になっている。当初は、シュレイとアンジェリナもヴェルにさせることに抵抗を示したのだが、身分を隠すという事を目的としたときに特別扱いしない方が良いというアディルの意見にヴェルも賛同し、シュレイとアンジェリナは渋々納得したのである。
テキパキとヴェルはアディルと協力しテントを張る。その様子はとても侯爵令嬢とは思えないほどどうに入ったものである。
野営の準備をすませた一行はぞれぞれのチームで食事をとる。彼らは一つのチームでなく四つのチームが一緒に行動しているという意識である以上、ある意味当然の行動であった。
シュレイとアンジェリナの作った食事は塩のみで味付けするというシンプル極まるものであるのだが、不思議と美味かった。
食事を終えた一行はすぐにテントの中に入っていく。レジャー目的でここにいるわけでないので体力温存と回復のために食事が済んだらすぐに休むことにしているのだ。
エリスもアディル達のテントに入って一緒に休む。アディル達のテントはかなり大きめのものであり、アディル達五人が寝てもまだ三人ほどの余裕があるのだ。
「さて、ここまでは何事も無くきたな」
テントの中でアディルが全員に向かって言う。外にいる灰色の猟犬達に聞かれないようにアンジェリナが偽音を展開しているので、当たり障りのない会話として聞こえるようになっているのである。
「てっきり道中で襲ってくるかもと思ってたんだけどね」
アディルの言葉にヴェルが即座に答える。暗闇の中でシュレイ、アンジェリナ、エリスの頷く気配がする。
「やはり、遺跡の中でというわけだな」
「兄さんの言う通りだと思うわ。どうせ道中で襲えば一人でも取り逃した時に厄介だと思ってるんでしょうね」
「アンジェリナの言う通りね。遺跡の中では行動が制限できると思ってるんでしょうね」
アンジェリナの言葉にエリスが答える。その声には隠しきれない嫌悪感が満ちていた。
「真性のクズ共よね」
「ええ、絶対に報いをくれてやるわ」
「そうしましょう。絶対に許せないわ」
女性陣が過激な事を言うがアディルとシュレイとしてもあいつらを許すことはできそうもなかった。灰色の猟犬達は最低の方法でアディル達を踏みにじろうとしており、それを知っている立場とすれば許すという選択肢は完全に消滅してしまっている。
「みんな、怒りはもっともだが目的を忘れるなよ」
「わかってると言いたいところだけど加減を間違えそうよ」
アディルが言うとヴェルが即座に返答する。ヴェルの返答にアディルは苦笑しか出来ない。
「ま、あいつらはこの際問題じゃないさ」
「すでに遺跡の中に誰かが入ってるという事だろう?」
アディルの言葉にシュレイが警戒を含んだ声で言う。灰色の猟犬達に向けてでは含まれていない警戒を含んだ声に全員の緊張感が高まる。
「ああ、みんなも気づいたと思うが、この遺跡には何かあるかも知れないぞ」
アディルの声にはすこしばかり弾んだ響きがあった。




