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レムリス侯爵凱旋篇:プロローグ⑤

「四人ともよく来てくれたね」

「お招きいただきありがとうございます」


 レグレスの言葉にヴェルが挨拶を返すと他の三人もそれに倣う。こういう時はヴェルのような貴族令嬢の礼儀作法に従えば何とかなるものという考えからであったが、先程のヴェルの態度を見ていると些か不安があるのも仕方のない事である。


「そう畏まらなくても良いよ。これは非公式、いや私的な集まりだからね」


 レグレスの声も表情も柔らかいものであり、気の好い人物であるという印象を受けたのだが、それがレグレスという人物の一面である事はアディル達も理解している。ヴァトラス王国という大国を背負い、なおかつ名君としての評価をほしいままにしているような人物が人の好さだけの人物であるはずはなかったのである。


「アディル君、アドスは元気かね?」

「え? 親父さ……いえ、父ですか?」

「ああ、アドス=キノエの事だよ」


 レグレスはいたずらが成功したかのような表情を浮かべた。実際にアディルはレグレスの口から父の名が出た事に驚きを隠せなかった。


「イリナも元気かしら?」


 次いでヴィクトリスから母イリナの名が出た事にアディルは続けて驚いてしまう。


「あの……両陛下は俺、いえ両親の事をご存じなのですか?」


 アディルの問いかけは至極当然の事であろう。いくらなんでも両親が国家元首と知り合いであると想定することはない。


「ああアドスとは昔何度かやりあってな」

「え?」

「私とイリナは親友同士よ」

「へ?」


 レグレスとヴィクトリスの返答にアディルとすればついつい呆けた反応をしてしまうがそれは仕方のない事であろう。ヴェル達三人も同様の表情を浮かべていたところを見るとアディルが受けた衝撃と同程度である事は間違いない。


「あいつがイリナ殿を伴って故郷に帰っていたのは十八、九年だな」

「そうですね。アルトとベアトリスから貴方のことを聞いて本当に嬉しかったわ」

「はぁ……」


 レグレスとヴィクトリスの懐かしそうな言葉にアディルは芸のない返答しか出来ない。


「あの、発言よろしいでしょうか?」

「もちろんだ。さっきも言ったがここは私的な場で、しかも君達は我々の招いた大事な客だ。一々断りを入れる必要はないよ」


 そこにシュレイがおずおずと片手を上げてレグレスとヴィクトリスに尋ねると、レグレスはにっこりと笑って言う。


「ありがとうございます。あの陛下はアディルの父上と何度かやりあったとおっしゃられましたが?」

「ああ、あいつとは喧嘩友達と言うやつでな。よく殴り合ったものだよ」

「……そ、そうですか」

「あいつは私の身分を知る前と知ってからも態度を変えることはしなかったな。もちろん、節度を守るときは守ったがな」


 レグレスの返答を受けてシュレイの視線がアディルへと注がれた。


「どうした?」

「いや、お前って父親そっくりなんだと思ってな」

「失礼な、俺は親父殿のような事はしないぞ」

「いや、お前やってることそっくりだぞ」

「それはお前もだ」


 アディルは心外だという表情を浮かべてシュレイに言うとシュレイもまた強く否定する事はしない。アマテラスの面々のアルトとベアトリスに対する態度もアディルの父親とそんなに大差がない。それが例えアルトとベアトリスが望んだものであったとしてもだ。


「まぁ、いいや。必要以上によそよそしくなるのも両陛下は気にいらんだろうから、ここからは普通に話しますね」


 アディルはそう宣言するとヴェル達に視線を向けた。ヴェル達三人も少しの逡巡の後に一つ頷くと緊張を解いた。


「俺に王の友(シュゼイン)を渡したのは両親との絡みがあったというわけか」


 アディルがアルトに視線を向けて言うとアルトはニヤリと笑った。


「ああ、実は毒竜(ラステマ)を潰したときにお前らの話が出てな。その時に父上、母上からお前の両親の事は聞いたんだよ」

「言えよ」

「バカ言うなよ。あっさりとバラしたらつまらんだろう?」

「お前の性格の悪さは筋金入りだな」

「褒めるなよ」

「俺の言葉を聞いてどんな解釈したら褒めてるとなるんだよ。ついでに言えば俺の声の調子と表情でも本気で言っている事は理解できるだろ」


 アディルとアルトがレベルの低い争いを始めるのをレグレスとヴィクトリスは楽しそうに眺めている。


「もう、二人ともやめなさいってお父様もお母様も笑ってないで止めてよ」


 ベアトリスが仲裁に入るがそれも本気で止めている印象はない。ベアトリスもまた二人のやりとりを楽しんでいるのである。

 ちなみにヴェル達三人は呆れ顔を浮かべていた。


「ははは、面白いやり取りを見る事が出来たな」

「そうですね。今度は他のお友達の方々も連れてきてちょうだいね」


 二人の言葉にアディルとアルトはさすがに舌戦を中断する。


「もちろんです。次は仲間の四人も連れてきます」

「うん。頼むよ何と言っても娘のライバル(・・・・)達だからね。きちんと見ておきたいと思ってるんだよ」

「ライバル?」

「お、お父様!!」

「おやおや、口が滑ったな」


 レグレスはそう言うとバツが悪そうに言うが、それが本心から来るものでないことは明らかである。その証拠にレグレスの目にはイタズラが成功したという心情が溢れていたからである。


(両陛下も公認というわけね……)


 ヴェルはそう考えベアトリスにさりげなく視線を送るとベアトリスと目があった。ベアトリスはコホンと一つ咳払いしてニッコリと笑う。


「そういうことよ♪」


 アディルはベアトリスの言葉の意味するところをいまいち分かってないみたいであったが、ヴェルは即座にその意図するところを理解した。


「なるほど、そういう事ね。受けて立つわよ」


 ヴェルもまたベアトリスに向けてそう返すとアディルはなぜかゾワリとした感覚が背中に走るのを感じた。


「ほう、さすがはレムリス侯爵だな。引くつもりはないというわけか」


 レグレスの感心したような言葉にヴェルは艶やかな笑顔を浮かべた。


「はい。これから協力を要求するつもりですがこの事とは別問題です」

「そうか。この件に関してはベアトリスにも王家の権力は一切意味をなさんと伝えているから存分に競いなさい」

「はい!!」


 レグレスの言葉にヴェルは気合いの入った返答を行った。


「それではここからしばらくは仕事の話をしようか」


 レグレスがそう言うと突然戦場にもにた空気が場に満ちた。

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