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竜神探闘㉕

 アリスが両手にある輝竜(ルクナレス)闇竜(ヴィグレム)に魔力を込めるのを見たイルジードはニヤリと嗤う。


(ふん、バカなやつだ。一か八かで斬れるほど俺は甘くないぞ)


 イルジードは覇竜化生(ゼイムガイザズ)を展開している自分の動きにアリスが対応し切れていないことを見て、余裕を取り戻していた。


(惜しむらくは覇竜化生(ゼイムガイザズ)を習得する時間が足りなかったことだな)


 イルジードはアリスの敗因(・・)をそう断じていた。覇竜化生(ゼイムガイザズ)の習得は余程の天稟をもってしても習得には十年はかかる。アリスの天稟は確かにイルジードも認める所であるが、習得まで時間が足りないのも事実であるのだ。


(兄よ……貴様の娘を今からそっちに送ってやる。あの世で仲良く過ごすのだな)


 イルジードは黒い感情が後から後から湧いてくるのを感じていた。


 自分を上回る実力を持つ兄。幼い頃から常に自分の前をいくエランに対していつ頃からか嫉妬の感情を持つようになっていった。

 アリスの父エランは、実力だけでなく人格的にも素晴らしくイルジードの嫉妬の炎は決して鎮火することはなかった。その嫉妬の炎が真っ当な方法で正しい努力の原動力となっていれば何の問題もなかっただろうが、幼い頃から味わっていた劣等感はイルジードにその選択肢をとらせなかった。

 兄エランを越えるのではなく消す(・・)という最悪の方法をとったイルジードであったが、心のどこかに忸怩たる想いがあったのも事実である。イルジードはアリスを殺しエランの血を完全に絶やすことでエランを越えた証とするつもりであったのだ。


覇竜化生(ゼイムガイザズ)の時間も残り少ないでしょうからさっさとかかってきなさい」


 アリスの言葉にイルジードは目を細める。ここでイルジードを挑発する意図を図りかねているのである。思考の迷路に捕らわれそうになるイルジードであったが首を横に振るとアリスを睨みつける。


(今更アリスの意図など関係ない……)


 イルジードは前傾姿勢をとり、力を溜めていく。


(来るわね……でも……)


 アリスは左手の闇竜(ヴィグレム)を横に右手の輝竜(ルクナレス)を肘を折り肩に担ぐ構えをとった。


『戦いというのは無意味な事をすることが相手の虚を衝くことが出来る』


 アリスはアディルが言った言葉を思い出していた。アディルは十分な技量を持ってなお勝利のために心理すら使用する。その事についてアリスは密かに感銘を受けていたのである。単純な膂力、速度以外にも戦いにおいて重要な要素がある事に気づいたアリスは少しずつアディルの戦術を自分のものにしていっていたのである。


 アリスは輝竜(ルクナレス)闇竜(ヴィグレム)へ込める魔力を増していく。凄まじいと称するに相応しい量の魔力が注がれていくことをイルジードも当然ながら察している。


(来る!!)


 アリスはイルジードが溜めた力を一気に放出するタイミングを察すると、瞬間的に左手に握られた闇竜(ヴィグレム)を勢いよく振った。アリスの左手を離れた闇竜(ヴィグレム)はあらぬ方向へと飛んでいく。


 溜められた力を放出し動いた瞬間でのことであり、イルジードの視線はそちらへと釘付けとなった。それは一瞬のことであったが、アリスはその好機を逃さない。

 イルジードがそのままアリスの間合いに入った瞬間にアリスが輝竜(ルクナレス)を振るう。

 アリスは斬撃を放つと同時に左手で右腕を滑らせて押すと斬撃の速度が僅かながら増した。


 ズバァ!!


 アリスの手に肉を斬った確かな感触が伝わり、次いでイルジードの肩から胸にかけて切り裂かれた傷口から大量の鮮血が舞った。


「ぐ……くそがぁ!!」


 イルジードは口から血を吐き出しながら呪詛の言葉と共にアリスへと斬撃を放つ。放たれた横薙ぎの斬撃をアリスはしゃがみながら躱すとそのまま横薙ぎの斬撃を放つ。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 アリスの裂帛の気合いと共に放たれた斬撃はそのままイルジードの腹部を斬り裂いた。


「が……」


 イルジードの両手から剣がこぼれ落ちるとそのまま倒れ込んだ。溢れ出たイルジードの血が大地を赤く染めていく。


「く……そ……」

「私の勝ちのようね」

「ま、まさか……こ……んな……」

「納得出来ない結果のようね。でもそんなに不思議な結果?」

「……なに?」

「私が帰ってくるのはわかってたことじゃない。にもかかわらずどうして何の準備もしてなかったのかしら?」

「……」

「答えは簡単よ。あんたの目的はお父様を殺す事で完結していたのよ」

「か……んけつだと?」


 アリスの言葉にイルジードは納得出来ないという表情を浮かべている。アリスの言葉の意味するところがわからないのだ。


「あんたはお父様に勝てなかったから排除しようとした。そうすれば自分の惨めな気持ちが払拭されると考えたのよね」

「……」

「実際にお父様を殺した事であんたは人生の目標を失った。そんな半分死んだ状態で私に勝てるわけはないわ」

「ふ……ざ……」

「あんたはお父様に勝ったわけじゃない。ただ殺しただけ。自分がいかに惨めな存在であることを本当は気づいていたんでしょう?」


 アリスの言葉にイルジードは反論しない。それは反論する言葉を持たなかった故か、それとも急速に失われていく意識のためかは判断がつかない。


「イルジード……レグノール選帝公家は私が継ぐつもりよ」

「……好きにしろ」

「ええ、最後(・・)の選帝公としての責務を果たすつもりよ」

「さ、最後……だ……と?」

「後の事はまかせなさい」


 アリスはそう言うとクルリと踵を返しスタスタと歩き出した。


「ま……」


 イルジードは離れていくアリスに向かって手を伸ばそうとするがもはや手を動かすことが出来ない自分に気づく。イルジードの意識はここで途切れることになる。


 そして……


 ドォォォォォン!! ドォォォォン!!


 竜神探闘(ザーズヴォル)の終了を告げる太鼓の音が打ち鳴らされた。

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