竜神探闘⑳
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
「ぎゃあああああああ!!」
「ぐわぁぁ!!」
「死ねぇぇぇ!!」
周囲で絶え間なく響く絶叫と怒号の中でアディルはいた。闇の竜騎兵の本隊との乱戦はもはや至る所で血と死が撒き散らされている地獄絵図を演出している。
戦闘力で圧倒的に劣る駒達は闇の竜騎兵の手により次々と屠られていっているのだが、アディルとエリスは駒達を救う事もなく闇の竜騎兵達を斃すことを優先していた。
自分達を救うつもりが全くないアディルとエリスの行動を見て、駒達は絶望的な気分であったが、逃げる事は呪血命の強制力により出来なかったのだ。結果としてそれが必死の抵抗をすることになり、戦線を維持することが出来ていたのである。
ただ、数人が呪血命の強制力を生存本能が凌駕し、逃げるものがいたのだが、その者達は闇の竜騎兵により数歩逃げ出したところで容赦なく背中から斬られ命を失っていく。
「死ねぇぇぇ!!」
竜上から振り下ろされる斧槍を紙一重で躱したアディルは即座に反撃を行う。振るわれた長巻の刃が容赦なく襲いかかってきた胴を薙ぎ、斬り裂かれた腹部から血を撒き散らしながら竜上から落ちる。
(う~ん、戦線は維持できてるな。ヴェル達はあの魔術師達を相手にしてくれるようだし、ベアトリス達も今の所は無事だな)
アディルは自分に降り注ぐ敵の斬撃を躱し適切な反撃を行いながら周囲の状況を確認していた。軍を率いた事のないアディルにとって今の乱戦は初めての経験であるが、現時点で仲間達が命を失っていない事に安堵していたのである。
「小僧!! 名を名乗れ!!」
突如、アディルに闇の竜騎兵が大音量で言い放った。的確に闇の竜騎兵を屠るアディルに目をつけて一騎打ちを申し出ようとしたのだろう。
「俺の事か?」
「そうだ!! アリスティアの下僕よ。名乗れる名があるのなら名乗って見よ!!」
「はぁ……」
「ふん、名乗ることもできんか!! 人間如きがこの神聖な竜神探闘に参加するだけでも気に入らん」
「はぁ」
アディルは闇の竜騎兵の口上に気のない返答を返した。この闇の竜騎兵の名前も立場も知らないアディルとすれば「こいつ誰だ?」という感想しかなかったのだ。
「人間のような……がっ!!」
闇の竜騎兵は口上の途中で苦痛の声を上げるとそのまま落竜する。口上の途中でアディルが手にしていた長巻を投擲し闇の竜騎兵の喉を貫いたのだ。
「う~ん、アホだな」
アディルはため息を一つ付く。話が終わるまで相手が待ってくれると思うのは甘すぎる意識であると思わざるを得ない。
「ブリストル隊長戦死!!」
「なんだと!?」
口上を述べていた闇の竜騎兵が死んだ瞬間に周囲の闇の竜騎兵達が動揺の声をあげていた。それはすぐに怒りの声に変わる。
「あ、こいつってそれなりの役職だったんだ。こんなアホがそれなりの地位って闇の竜騎兵って実は人材不足か?」
「おのれぇぇぇ!!」
アディルの酷評を聞いた闇の竜騎兵がアディルに襲いかかるがアディルは天尽を抜き放つと跳躍し、突っ込んできた闇の竜騎兵の首を斬り飛ばした。
「ブリストルに勝ったというのはまぐれではないというわけか」
そこに新たな闇の竜騎兵がアディルに声をかけてきた。
「ん? ああ、アリスの言っていた闇の竜騎兵の団長だな。名前は……ウ……なんだっけ?」
アディルの目の前に現れたのは闇の竜騎兵の団長であるウルグ=マボルムであった。もちろん名前を告げなかったのは嫌味からである。
「ふ、人間の知力では名を覚えられないのは仕方あるまい」
「あらら、随分と人間を見下してくれるな」
「人間は我ら竜族に比べて劣等種であるからな。元々能力に期待などしていないさ」
「まぁ、誇りを持つことは結構な事だと思うけどさ。あんまり以上だかになると負けた時に惨めになるぞ」
「負けるはずないからそのような心配は無用だ」
「あっそ、でも今死んだ何とかと言う隊長は竜族だったけど俺に負けたぞ」
アディルの言葉にウルグはヒクリと片頬を上げた。余裕の笑みを浮かべて失敗したのかも知れない。
「それにえ~と……なんだっけ? あの初戦で突っ込んできて頭を射貫かれて死んだやつ……あいつは竜族じゃなかったのか?」
ウルグの頬はヒクヒクと痙攣している。
(差別主義者は煽りやすいな)
ウルグの反応にアディルは心の中でそう断じた。アディルがここでウルグに投げ掛けた言葉は当然ながら、竜族至上主義のウルグが人間に挑発を受けて冷静さを保つ事が出来るかどうかを確かめるためである。
「ふ、アリスティアごときに付き従う人間はやはり下劣だな」
「俺としては竜族のというよりも闇の竜騎兵のレベルの低さに呆れてるがな」
「何だと?」
アディルの言葉にウルグの声に明らかな険が宿る。どうやら忍耐力が限界に近付いているようである。
「命のやり取りの最中に竜族だ、人間だと拘るなんて阿呆としか思えんぞ。お前が一兵士であるならばともかくお前は団長なんだろう? そんな敵を舐めた態度で指揮官が務まるのか? 俺の中では軍を率いる者は相手を舐めることはすべきではないというのは基本だと思ってるんだがな」
アディルの言葉にウルグは沈黙する。
ドゴォォォォォォォォォ!!
そこに突然の爆発音が響き渡った。
「な……」
爆発音はアリス達がいたと思われる場所から発せられており、ウルグは咄嗟にそちらに目をやった。
爆発したのはアリス達に分した式神達であることを知っているアディルとすればまったく動じることはない。それどころか気を取られたウルグの隙をつく絶好の機会である。
アディルは一気に間合いを詰めると跳躍しウルグにそのまま天尽を振り下ろした。
キィィィィン!!
ウルグは辛うじてアディルの斬撃を斧槍で受け止めるが、アディルはその時にはすでに次の手を打っていたのである。
アディルの左掌から魔力の塊が放出されるとウルグに胸部に直撃した。ウルグは態勢を崩してそのまま落竜する。
(さ、やるか)
アディルは地上に降り立つと即座に立ち上がったウルグを見てニヤリと嗤った。




