竜神探闘⑦
「そろそろ頃合いよね」
「そうだな。ほとんどの部下がイルジードの側から離れてる。式神の擬態が上手くいっている証拠だな」
「あれって遠目からじゃまずわかんないわよね」
「近くで見てもそうさ」
アリスとシュレイがそう言葉を交わしているとエスティルも苦笑を浮かべつつ頷く。
一時間の準備期間の間にアリス、シュレイ、エスティルの三人と毒竜の六人はアディル達と別行動を取っていたのだ。
駒達を前面に展開し刺客を作るとアディルが式神を三体作成し、アリス、エスティル、シュレイの三人に擬態させると後衛に配置したのである。同時にエリスが式神を周囲に放って転移魔術の拠点を設定すると九人は転移して身を隠すことにしたのである。
アリス達は転移した先でアディル達の戦いを見ながらイルジードの周囲が手薄になるのを待っていたのである。
「さてここまで状況を整えてくれた以上、イルジードを討ち取れなかったら申し訳ないわね」
「期待してるわ」
「任せて♪」
アリスとエスティルがそう会話を交わすとシュレイが目を細める。
「誰か来る……読まれてたのか?」
シュレイの言葉に一行の緊張感は一気に高まった。アリスとエスティルが気配のした方をへ視線を向ける。
「レナンジェス……ルーティア……」
アリスの声に僅かながら動揺が含まれている。アリスとすればイルジードは仇ではあるがレナンジェス、ルーティアは仇ではない。エリスは復讐を行う事を決断したが、誰彼構わず復讐の刃を振り潰すような狂人ではない。もちろん、立ちふさがるのならば容赦をするつもりはない。
「二人とも久しぶりね。まさか二人が竜神探闘に参加してるとは思わなかったわ。やっぱり父が討たれるのはつらいというわけね」
アリスの言葉にレナンジェス達は沈黙を守る。正確に言えば相手の出方に注意を払っているという感じだ。その証拠にレナンジェス達三人の視線はアリス、エスティル、シュレイから一切離れる事がない。
「アリス、ここは引いてくれないか」
レナンジェスがアリスに問いかけてきた。
(ここでこの提案……? 何が狙いかしら?)
アリスはレナンジェスの言葉を額面通りに受け取るような事はしない。アリスの事をよく知っているレナンジェスの提案としては不自然極まりないと思ったのだ。
「どうだ? 決して悪いようにはしない。アリスと仲間達には死んだとしてここから逃がす」
「それは出来ないわ」
「それでもここで俺達と出会ったことでそちらの奇襲作戦は事実上失敗に終わった。つまり勝ち目はなくなったぞ」
「それはどうかしら?」
アリスの言葉に不敵なものを感じたのであろうレナンジェスは僅かに目を細めた。それを見てアリスは笑る。
「意外そうね。まだ奇襲がバレたわけではないわ」
「どういうことだ?」
「簡単よ。三人はイルジード達にここにいることを告げてないでしょう?」
「それが今関係あるのか?」
「大ありよ。レナンジェスもルーティアも私を殺すのが勝利でないから、見誤ったのよ」
「見誤った?」
「そう。私を殺すのではなく助けるのが目的なんだからイルジード達に伝えていないでしょ?」
「……」
レナンジェスの沈黙にアリスは小さく笑う。アリスとすれば従兄の不器用さを微笑ましく思うというものだ。
「お姉様、お願いします!! 私達に任せて逃げてください。いくらお姉様でもこのままでは……」
そこにルーティアがアリスにいう。ルーティアの声には心からアリスを心配するものがあった。
「ルーティア、私は獲物を他に捕られるのが我慢ならないの。それが例え私を思ってのことであってもね」
「でも……」
「ルーティアもレナンジェスも私を思ってくれてるのは有り難いけど、イルジードを討たないと私は先に進めない。それにあなた達に任せたら最終的にあなた達も命を絶つつもりでしょう?」
アリスの言葉にレナンジェス、ルーティアは言葉に詰まる。エルナはその事に気づいていなかったのだろう驚きの表情を浮かべて二人に視線を向けた。
「レナンジェス様……ルーティア様……アリスティア様の仰られることは事実ですか?」
エルナの問いかけに二人は答えることが出来ない。それがアリスの言葉を肯定していた。
「エルナ、二人は確実に最終的に命を絶つわ。それがふたりにとっての決着なのよ。レグノール選帝公家を終わらせるのが二人の思い描いた決着の姿。それを認める?」
「私は……」
「それを阻止するには私がイルジードを討ち取るのが一番なのよ」
アリスの言葉にエルナは視線を二人に向ける。再び視線を向けられたがレナンジェス、ルーティアもその視線に応えることはしなかった。
「二人が私を理解しているように、私も二人の考えそうなことは十分に推測出来るわ。確かにイルジードは強いわ。でも勝てないと思うのは早計じゃない?」
アリスがそう言うと双剣を抜き放った。アリスの愛剣である輝竜と闇竜だ。
戦闘態勢を整えた事でレナンジェスとルーティアもそれぞれの武器を抜き放った。レナンジェスは腰に差している長剣と短剣、ルーティアは背中の大剣、一拍後れてエルナは錫杖を構えた。
(エルナは迷ってるわね)
アリスはエルナの動揺を見て取ると小さく微笑む。エルナがいかに二人を大切に思い、また二人もエルナに巧妙に本心を隠していたか確認した思いである。
ドゴォォォォォォォォォ!!
そこに爆発音が響いた。今までよりも遥かに大きな爆発音にレナンジェス達は一瞬だけ意識をそちらに向けた。
(よし!!)
アリスはその爆発音を聞いた瞬間に後ろに跳ぶと毒竜の六人が立っている場所へと移動し魔法陣を展開した。
「転移!!」
「しまった!!」
アリスの足元に生じた魔法陣を見た瞬間にレナンジェス、ルーティアはアリスの意図を察すると動いた。アリスがどこに転移しようとしているか分からないほどこの二人は愚鈍ではなかった。
キィィィィィン!! キィィィィン!!
そこにエスティルとシュレイが割って入る。四本の剣が絡み合い澄んだ音色を響かせ、その残響が消えるよりも早くアリスと毒竜の姿がかき消えた。
「アリス!!」
「お姉様!!」
レナンジェスとルーティアの悲痛な叫びが響いた。
「まだ間に合う。すまんがどいてくれ!!」
「それは出来ないわ。アリスのためにもあなた達のためにもね」
レナンジェスが斬り結ぶエスティルに向かって懇願するがエスティルは明確に拒絶した。
「もう間に合わない。アリスは決着をつけにいった。そちらこそ剣を引いてくれ」
「そういうわけにはいきません!! お姉様を助けます!!」
シュレイがルーティアに声をかけるがルーティアもまた明確に拒絶する。
レナンジェスとルーティアは一旦間合いをとると両陣営は視線を交叉させる。隙をついてこの場から離れられるような甘い相手ではない事を互いに悟ったのだ。
(アリスがこの場を託すはずだ)
レナンジェスは心の中でそう思う。エスティルもシュレイのどちらも並の腕でないのは確実であった。
「やるしかないというわけだな」
「ええ」
エスティルとレナンジェスはそう言葉を交わすと同時に動いた。
「どいてくれないなら押し通るまでです!!」
「ああ、そういう事だ。勝った方がアリスを助けにいく。分かりやすい図式だろ?」
「ええ」
そしてシュレイとルーティアも同時に動いた。




