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竜神探闘⑤

「カベルム隊長戦死!!」


 この報がもたらされたイルジード達に与えた衝撃は決して小さいものではない。剛竜(ヴァスダイム)の隊長であるフォルデシルはその剛性の破壊力のために闇の竜騎兵(イベルドラグール)の中でも一目も二目も置かれていた男だったからだ。

 そのフォルデシルが戦場で討たれたというのだからイルジード陣営に与えた衝撃が大きいのは当然であろう。


「フォルデシルが討たれただと!?」


 イルジードは秀麗な顔を大きく歪ませてフォルデシル戦死の報をもってきた兵士を睨みつける。報告に来た兵士としては損な役回りを行う事になった自分の不運を嘆きながらも報告を続けるしかない。


「はっ!! カベルム隊長は敵と一騎打ちを行おうとしたところ、背後から狙撃され戦死とのことです!!」

「背後から狙撃だと!?」


 イルジードは背後から狙撃という言葉に怒りの声を発した。そしてその怒りはすぐに嘲りへと変わる。


「おのれ、まともにやっては勝てぬからと背後から狙撃するとは!! アリスティアは戦場の作法をどこまで蔑ろにするつもりだ!!」


 イルジードの怒りに部下達が同調する。


「閣下!! 私に奴等を皆殺しにせよと命じてください!! すぐにやつらの首を閣下の目の前に晒して御覧にいれましょう!!」

「団長!! それはあんまりだ。我ら魔竜(フルドダイム)の術で奴等を肉片と返させてもらいたい」


 闇の竜騎兵(イベルドラグール)の団長ウルグと魔竜(フルドダイム)の隊長であるエーベントがイルジードに訴えるのを影竜(ズールダイム)の隊長であるシーファスは黙って見ていた。


(フォルデシルが敗れたのは決して偶然ではない。いるのだ強者が……さもなくばフォルデシルが討たれるはずはない)


 シーファスはそう結論付けると白眼視されるのを承知で意見を述べる事にした。


「閣下、フォルデシルは強者でございました。そのフォルデシルが討たれたということは強者がいるということです!! どうか慎重なる指揮をお願いいたします」


 シーファスの意見にイルジード達の目が冷たかったのは気のせいではない。イルジード達にとってフォルデシルが敗れたのは事実であるのだが、それはあくまでまともに戦った結果ではなく敵の奸計にはまった結果であるという認識だった。それを真っ向から否定するシーファスの意見が慎重というよりも臆病のそれに思われたのは仕方のない事であった。


「シーファス、貴様は何を言っているのだ。フォルデシルが一騎打ちの最中に背後から狙撃され討たれたのだ。まともに戦えばフォルデシルが破れるはず無いではないか」

「その通りだ。人間共などにしてやられっぱなしでは竜族の誇りが黙ってはおられぬ」


 シーファスの意見にまず反論したのはエーベントであった。それにウルグも同調する。


「しかし、まともに戦えばとおっしゃられたが、まともに戦う事が出来なかった以上、慎重に事を進めるべきではないですか!!」

影竜(ズールダイム)は後ろからコソコソと相手の後ろから襲うために恐ろしいのであろう? もしくは同類憐れむという心境か?」

「貴様……我らを侮るか?」


 シーファスの言葉に殺気がこもる。影竜(ズールダイム)は暗殺専門の部隊でありそれにより黒い噂が絶えない。そのために嫌悪感を込めた言葉で唾棄するかの如く蔑みの言葉を投げ掛けられるのだ。

 エーベントの言葉はシーファスの逆鱗に触れたのだ。


「止めよ」


 イルジードの静かな言葉にシーファスとエーベントは沈黙して一礼する。いかに逆鱗に触れられたからといって主の前で諍いを継続するような事はしない。


「シーファスの言は確かに一理あるが、それと戦術とは別だ」

「……しかし」

剛竜(ヴァスダイム)はどれほどの損害を奴等に与えている?」


 イルジードの言葉を受けて報告に来た兵士は一礼しつつ答える。


「は、おおよそ半分の相手方の兵士を討ち取ったのは間違いございません」


 兵士の報告を受けてイルジードはシーファスに視線を向けて言う。


「聞いての通りだ。フォルデシルが敗れたのは事実であるが、数の上であればこちらが勝利を収めたと言っても過言ではあるまい?」

「……はっ」


 イルジードの言葉は完全に正論であり、シーファスとすればそれを論破する術を有していないのだ。


「ウルグこれより本体を率いて渡河し、奴等に目にものを見せてやれ。エルジードはその援護だ」

「「はっ!!」」

「シーファス、お前達は奴等の背後に回り込み挟撃せよ」

「御意……」

「陣形を整えると同時に進撃せよ」

「「「はっ!!」」」


 イルジードの命令に三人は一斉に返答すると部下達の元へと足早へと向かって行った。


「アリスティア……次の攻撃を凌げるかな」


 イルジードはそう呟くと相手陣地にいるアリスティアを睨みつけた。イルジードの目に映るアリスは無表情のままこちらを見つめていた。



 *  *  *


「さて、陣形を整えろ」


 アディルの命令に従い、駒達は再び陣形を整え始める。剛竜(ヴァスダイム)との戦いで駒達の約半分である三十二名がすでに絶命しており、息のあった者に治癒魔術が使える者達が治癒を行ったが、何とか命をつなぎ止めることが出来たものがいたが、完治には程遠いという状況であった。


 アディル達は数の約半数を失ったのだ。普通であればもはや勝ち目など存在しないのだが、アディル達はまったく無傷である事を考えると戦力の消耗度合いであればせいぜい一割減といった所であり、勝負を投げる状況では決して無い。


「中々まずい状況ね」

「まぁな。次はどうやら本隊がお出ましのようだ。しかも団長自ら率いてくれるらしい」

「ここまでは願ったり叶ったりの状況という訳ね」

「ああ、ここを凌ぎきらないといけないな」

「そうね。数が少ないのはどうしようも無いわね」

「駒の補充が出来ないのはつらいな」

「私の時は残ってるかしら?」

「う~ん、正直自信がないな」


 アディルとヴェルの会話を駒達は暗い表情のまま聞いている。二人の会話は心の底から駒の命を何とも思ってないのが丸わかりだからだ。


「団長の名前はウルグだったな……俺がそいつをやるから。みんなはそれぞれ対処して欲しい。さすがに闇の竜騎兵(イベルドラグール)の団長が相手なんだから他に手が回るとは思えん」

「わかったわ。ジルドさんもいるし、エリスの式神が四体いるから何とか凌ぐつもりよ」

「ジルドさん、ベアトリスだけでなくヴェルとアンジェリナもよろしくお願いします」

「まぁ、儂の助けがいるメンバーとは思えんが期待には答えさせてもらうつもりじゃよ」

「頼もしいですよ」


 ジルドの返答にアディルは苦笑混じりに答える。ジルドの戦闘力は先の鉄竜(アスダイム)との戦いで既に確認済みであり、少なく見積もっても自分の知る者の中で十指には入る実力者であるのは間違いない。


「あとは案山子(・・・)にいつまで引っかかってくれるかどうかね」


 ベアトリスの言葉にアディル達は静かに頷いた。


「みんな、そろそろ来そうよ」


 エリスの言葉にアディル達が目を向けると対岸に竜を並べた一隊が整然と並んでいた。


 第二戦が始まろうとしているのである。


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