竜神探闘③
開戦の時間間近になると川をはさんで両陣営が陣形を整え始めた。
アディル達は前衛に駒を配置しその後ろにアマテラスの面々を配置した。元々闇ギルドの駒達は戦場に出ることなど元々想定していないために、ほとんど初陣の感覚に近い。みな一様に顔を強張らせているのはある意味当然であろう。
「あいつらの布陣は……一隊が渡河、一隊が援護、地ならしして本体がやって来るという感じだな」
「恐らくはそうね。イルジードもこちらに渡るつもりかしら?」
「渡ってくるにしても最終段階と言った所だろうな」
「それじゃあ、イルジードが動き出したら最終段階という事ね」
「少なくともそう判断したという事だろうな」
アディルとエリスがそう言葉を交わすとヴェルが声をかけてきた。
「もうすぐ開戦だけどアリスの従兄妹達がいないわ」
「確かに……気になるな」
「アリスを討つために従兄妹達ってきたのかしら?」
「どういうことだ?」
「うん。何というか、アリスの言葉から仲が良かったとしか思えないのよね」
「確かにそうだな」
アディルはヴェルの言葉に賛同すると仲間達も同様の表情を見せた。レナンジェス、ルーティア、エルナの三人に対してはアリスは声に嫌悪感は一切無かったのだ。
「あっちも同様じゃないかしら。ちらっと見た感じだけど従兄妹達は何かしら決意していたかのような表情だったわ。それがアリスを討つという事かどうかはこの際おいておいて私にはアリスを討つというような感じは受けなかったのよ」
「う~む。その辺の事は後で確かめるとしようか」
「そうね。まずはこっちよね」
「そういう事だ」
「それにしても、竜騎兵か……やっかいよね」
「ああ、竜の足でなら渡河は大した障害にならないだろうな」
対岸に二十ほどの竜に騎乗した兵が並んでおり、アディルはそれを見ながらため息交じりに言う。竜騎兵は明らかに徒歩であるアディル達にとっては強大すぎる相手であるのは間違いない。
「そしてあの男が指揮官なんでしょうね」
そこにベアトリスがアディル達に問いかける。ベアトリスが指し示した竜騎兵は、堂々たる体躯、波打つ銀色の髪を後ろで無造作にまとめた大男で、一目で只者でないのがわかる。アディル達は知らないが、剛竜の隊長フォルデシルであった。
「だろうな。さっきも言ったがあいつらが地ならしの役目か……まずはあいつらの役目を邪魔しないとな」
「うん。まぁ、そこは私達に任せて」
「期待してるさ」
「うん♪」
アディルの言葉にベアトリスは嬉しそうに微笑んだ。アディルに期待されているという状況がベアトリスの力になっているのは間違いないだろう。
ドォォォォォォン!! ドォォォォォォン!!
その時、間延びした太鼓の音が響き渡った。
「アリスティアよ!! 大恩あるイルジード様の慈悲を最悪の形で裏切った愚か者め!! 正義の鉄槌を食らわせてやるぞ!!」
フォルデシルが大音量で叫ぶとビリビリと空気が震えるのをアディル達は感じた。
「者共、イルジード様に逆らうアリスティア一党を踏みつぶし、首魁アリスティアの首をイルジード様に捧げよ!!」
『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
「ゆけい!!」
フォルデシルの檄に剛竜達は咆哮で答え、フォルデシルが突撃を開始し、部下達もそれに続いた。口々に勇ましい咆哮を上げ突っ込んでくる様はあらゆる妨害を排除するかのような圧倒的な迫力がある。
駒達は表情を強張らせ剛竜の突進を見ていた。駒達では剛竜の突進を問えることは確実に不可能である。
「う~ん。何というか捻りのない煽りだな」
「そうね。もう少し真面目にやってくれないといけないわよね」
「さて、やるぞ」
「「「了解!!」」」
「左右に分かれろ!!」
そこにアディルの言葉が響き渡ると前面に展開していた駒達が左右に分かれた。アディル達本陣と剛竜の間にあった壁が取り払われ両者の間には何もなくなった。
そこにヴェルとアンジェリナの攻撃が一斉に放たれる。
ヴェルが放ったのはもちろん魔鏃破弾、そしてアンジェリナが放ったのは雷矢である。
ヴェルの放った強烈な魔力によって形成された鏃が剛竜へと直撃し、四人ほどの剛竜が落竜する。
「ぐ!!」
「くそ!!」
剛竜達はもちろん防御壁を張り巡らしていたのだが、ヴェルの魔鏃破弾はそれを打ち破り剛竜に直撃したのだ。落竜しなかった者達も足が止まり、川の途中で立ち往生していた。
落竜した剛竜にアンジェリナの放った雷矢が降り注いだ。直撃をしたものはいなかったが、放たれた電撃が川の水を伝わり落竜した剛竜達は感電する。
「がぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぐぅぅぅぅ!!」
部下達のふがいなさにフォルデシルは不快気に顔を歪ませる。ヴェルの魔鏃破弾の威力は確かに侮るべきものではないがそれでも人間如きの魔術にしてやられるというのはフォルデシルにとってこの上ない屈辱なのだ。
「続け者共!!」
フォルデシルはそう一声吠えるとそのまま竜を駆り一気に渡河を試みる。しかし、ヴェルの魔鏃破弾とアンジェリナの雷矢による感電により竜達の足は鈍い。
「くそ!! ひ弱な竜共め!!」
フォルデシルがいかに激高しようと竜が進みたがらない以上、突進は大いに疎外されることになる。
「何というか……ヴェルとアンジェリナがいれば防御戦って勝ちは決まってるんじゃないか?」
「私もそう思うわ。竜騎兵の突進を止めるなんてあの二人って桁外れよね」
「味方で良かったわ」
「まったくだ」
アディルとエリスの会話はまったく真実であろう。竜騎兵の突進は普通の騎兵とは防御力が明らかに異なっているのだ。その竜騎兵の突進をヴェルとアンジェリナは足止めすることに成功したのだから高い評価は当然であった。
ヒュゥゥゥ!! ヒュゥゥゥゥ!!
そこに敵の陣地から二発の巨大な火球が放たれる。着弾地点にはヴェルとアンジェリナがおり、二人が狙われているのは確実だ。
ヴェルとアンジェリナは防御陣を張りつつ、後ろに跳んで火球を躱した。着弾した火球は爆発を起こすと地面を大きく穿った。
「ゆくぞ!!」
フォルデシルはそう言うと竜を駆り一気に渡河する。剛竜達もフォルデシルに続いて渡河を完了する。
「出番だな……」
「うん」
アディルの声にエリスが簡潔に答えると二人は駆け出した。




