竜神探闘:準備期間⑦
「ま、待ってください!! 俺達は何も知らない!!」
エルメックの申し出は至極真っ当な事であり完全な事実であるのだが、当然ながらシーファス達は事実として受け取らない。
「へぇ~仲間を殺されてもアリスティアを守ろうと言うんだ。おっさん達凄いな。肝が据わってるわ」
アルゼストの感心した言葉はエルメック達にとってまったく過大な評価であった。実際にアリス達がどのような絵を描いているのかエルメック達は何も知らされていないのだ。
「隊長~やっぱ俺達舐められてんすかね? これが一人なら殺してしまったら情報を得られないから強気もわかるんですがね」
「そうだな。とりあえず一人を痛めつけるとしよう。おい」
「はっ!!」
シーファスの命令を受けた影竜の一人がエルメックの部下の右肩に振り上げた戦槌を下ろした。
ギョギィィィ!!
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
骨の砕ける音が周囲に響くと一拍おくれて絶叫が響き渡った。右肩を砕かれた男はその場に蹲り苦痛の声を上げている。彼はかつて毒竜を探っていた男を捕らえて情報を聞き出す際に、過剰な拷問を加えて死なせた事がある。途中から情報を聞き出す目的ではなく、痛めつけることに目的が変わっていった。
「捕まる間抜けが悪い」と仲間達と笑いあっていたのだが、自分がその立場になるととてもそのような事を言ってられない。悪行の報いは人生において濃縮して訪れるものなのかも知れない。
「簡単に殺すなよ。長く楽しもうぜ」
「はっ!!」
アルゼストの声は妙に弾んでおり、エルメック達を痛めつけるのが楽しくて仕方がないという様子であった。それはエルメック達が今までいたぶってきた者達に向けていた笑顔をと同種のものである。
ゴシャ!!
「ぎゃあああああああ!!」
グシャ!!
「がぁぁぁぁぁぁ!!」
ドゴォ!!
「ひぃぃぃぃ!!」
グシャ!!
「やめてくれぇぇぇ!!」
ギョシャ!!
「た、たしゅ……」
戦鎚が容赦なく振り下ろされる度に男の絶叫が響き渡る。だが、あまりの苦痛の為にだんだんその絶叫にも力が無くなってきている。
「なぁ~おっさん。あんたの部下なんだろ? あんたがアリスティアがどんな作戦を立ててるか教えてくれれば俺達も心が痛むことをしなくてすむんだけどな~」
アルゼストはニヤニヤ嗤いながらエルメックに告げる。正直、不快そのものというべき表情であるがエルメックには不快よりも恐怖が先立っていた。
「本当に知らないんです!! あの方は俺達に何も教えていないんです!!」
「う~ん。まだ脅しが足りないみたいだな」
「おい」
「はっ!!」
先程同様にエルメックの訴えは黙秘と捉えられた結果、シーファスから新たな命令が下され、先程同様にエルメックの部下の悲劇が始まった。
先程のような地獄が展開され、室内には絶叫が響き渡ったが、その結果も変わらない。エルメックが涙ながらに訴えても、シーファス達は信用することなく部下達に容赦なく戦槌を振り下ろし続けると部下達は全員肉片となってその命を終えることになってしまったのである。
「いや~おっさんも冷たいね。部下達よりも主をとるか~」
アルゼストの言葉に揶揄するものが含まれるが、エルメックはそれを否定する事が出来ない。どのような弁解をしても部下を助けることが出来なかった事には変わりはないのだ。
「さ~て、ここまで意地を張り通したんだ。最後まで根性見せろよ」
アルゼストが部下から戦槌を受け取るとエルメックへと歩を進める。部下達を肉片と変えた戦槌であり血でベットリと汚れていた。
「ほ~ら」
アルゼストの戦槌がうなりを上げてエルメックの左肩に直撃する。
「が!!」
エルメックは吹き飛びながら左肩の骨が砕ける音を聞いた。激痛がエルメックの思考を支配し、粘ついた汗が体中から噴き出した。
(あ、あ……殺される。何とかしないと)
エルメックの心に死への恐怖、苦痛への恐怖、アルゼストへの恐怖と様々な恐怖が混ざり合い心が壊れそうになった。
「ま、待ってくれ!! 言う言うから!! 止めてくれ!!」
「ほう」
エルメックの言葉を聞いたアルゼストはニヤリと嗤う。その表情には露骨な蔑みの感情が含まれているのはある意味当然の事だろう。何しろ部下を見殺しにしておいて自分が助かるための行動でしかないからである。
「あの……か……」
(な、口が動かない)
エルメックは自分の身に何が起こったか理解すると顔を青くした。エルメックはアマテラスの情報を伝えることで助かろうとしたのだが、それを伝えようとした時に突如、口が麻痺したかのように動かなかったのだ。
「言うわけないだろう!! アリスティア様を裏切る事などあり得ぬ!!」
「はぁ~?」
エルメックの宣言にアルゼストは不快気に表情を歪めた。
(ち、違う!! 口が勝手に動いてるんだ!!)
エルメックは心の中で叫ぶがそんな事はアルゼストには通じない。アルゼストは凶悪な笑みを浮かべつつエルメックに近付いてくる。
「おっさん、良い度胸だな。その度胸に免じてお前は念入りにいたぶってやるぜ」
「ひぃ」
エルメックは恐怖の声を上げるがそれはアルゼストの慈悲の心を刺激するのではなく、嗜虐心を刺激したようである。
(な、何だ? ぐぅ!!)
エルメックは立ち上がるとアルゼストに向かって構えをとっていた。当然、エルメックの意思ではない。
「へぇ~どこまでも俺を舐めてくれるというわけだ」
「は、部下の仇討たせてもらうぞ!!」
エルメックの勇ましい言葉にアルゼストは今度こそ不快感を感じたようである。エルメック程度の実力で自分に挑むと言う事の意味を叩き込んでやろうとアルゼストは手にした戦槌を部下に投げて返した。
(ぐぅぅぅぅ!! 痛ぇ!!)
エルメックが構えから攻撃に転じた時に凄まじい激痛がエルメックを襲う。しかし、表面上はまったく関係ないとばかりにアルゼストに襲いかかったのだ。
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
エルメックは雄叫びを上げてアルゼストへと突進していく。間合いに入ると同時に右拳を突き出した。
「け……こんなもんかよ!!」
アルゼストは放たれた右拳を軽く払うとエルメックの右腕がゴキリという音と共に砕ける。
「な!?」
しかし、エルメックは止まることなくアルゼストへ頭突きを行う。骨が砕ければ動きが止まると思っていたアルゼストはこれをまともに受けてしまう。ダメージなどほとんどないのだが、この効果は絶大であった。
「てめぇ!!」
(ひぃぃぃぃぃ!!)
アルゼストの拳が腹部に吸い込まれ、その衝撃にエルメックは苦痛に呻きそうになるが表面上にはそれが現れる事はない。それはアルゼストにとって屈辱をさらに与えたようであり、怒りに燃えた目で再び拳を振るう。
ゴギャ!! ドゴォ!! ゴガァ!!
アルゼストの一撃一撃がエルメックに直撃するとその度にエルメックの骨が砕けていく。
エルメックの膝がガクンと折れるとそのまま倒れ込んだ。ビクビクとエルメックの体は痙攣を起こし、そのまま大量の血が吐き出された。明らかに致命傷であるのは間違いないだろう。
吐き出された大量の血に混ざって黒い虫のようなものが吐き出されたのだが、その虫はすぐに塵となって消え失せた事で影竜の中に気付いた者はいなかった。
「ふ、人間にしては肝の据わった男だったな」
「へ、破れかぶれですよ」
「かもしれんが、絶望的な状況でお前に戦いを挑む根性は評価すべきだな。いや、本当に評価すべきはアリスティアをどのような状況であっても裏切らないという人心掌握だな」
「確かに……」
(違う……これは俺を縛っているあの奇怪な……術……」
シーファスとアルゼストの会話にエルメックは遠ざかる意識の中で二人の会話を否定しているがそれが伝わる事はなかった。
(くそ……こんな……この俺……が使い……捨…てられて……)
エルメックは自分達がどこまでもいいように遣い潰されていくことを無念に想いながらその生を閉じることになったのだ。




