第5話 『アンドロイドの最期』
ある街に差し掛かったとき、突然足が止まりました。
僕はそこで一人の女性に目が留まりました。
彼女の顔に太陽が当たると、透き通るような白い肌が輝いていました。
そして、子供達と楽しそうに遊ぶ彼女の笑顔は、周りに咲く花々の美しさがかすむほどの威力を持ち、私の心をもときめかせるのです。
僕は近くのベンチに座り、遊んでいる子供達を微笑まし気に見ていると、女神のような彼女が僕の方へ歩いてきました。
「子供好きなんですか? もしよかったら、子供達と遊んでいただけません?」
「僕が? よろしいのですか?」
「もちろん! 人数が増えれば、もっと楽しくなるわ」
「そうですね」
僕は子供達や彼女の幸せそうな顔を見てとても心が和みました。
僕は彼女ととても仲良くなり、子供達抜きでも会うようになりました。
知らないうちに僕達は友人以上の関係になり、単なるお出かけもデートになっていました。
こんな僕にも恋人ができたのです。
恋人と旅行、二つの願いがいっぺんに叶った上、もう一つ思いがけない幸運が起こりました。
恋人となった彼女の名は、アリッサ。
なんと、僕に人生が誕生するきっかけとなったアリーお嬢様と同じ名前だったのです。
それを知ったからか、彼女はどことなく十歳のアリーお嬢様に似ている気がしました。
大人になったお嬢様よりも、僕の中で一番思い出深いお嬢様に面影のようなものを感じました。
***
とても幸せな日々はあっという間に過ぎ、この街に来て一年が経ちました。
彼女はそろそろ結婚を考えているようでした。
しかし、人間とアンドロイドは結婚できないと法律で定められています。
彼女は乏しい家庭で育ち、教育を受けず、幼い頃から両親の仕事を手伝っていたので、法律の知識など全くなかったのです。
僕は悪いことをしました。
彼女が法律に疎いと知りながら、真実を黙って自分の幸せを優先したのですから。
そのまま時は流れ、彼女といずれは別れなければならないことを、僕は幸せのあまり、すっかり忘れていました。
僕は、人間のように、現実から目を背け、心の封印箱に隠したのです。
僕は彼女に真実を話すことにしました。
「言うのがとても辛いのですが、あなたとずっと一緒にはいられません」
「そう……この街には旅の途中に立ち寄っただけだものね」
彼女はとても悲しげな表情をして驚いていました。しかし、まだ理解はしていないようです。
「僕はあなたとずっと一緒にいたい。でも、もう長くないんだ」
彼女は悲しげな表情に加え、瞳が潤み始めました。
「どういうこと? 病気なの?」
彼女はまだ理解していないようです。
僕をここまで人間のように扱ってくださったのは彼女だけ。だから、彼女を愛したのです。
「僕がアンドロイドなのは知っているね。しかもとても古いモデルだ。もう十分生きた。この旅行を始める前に、ご主人様にあと10年で永久シャットダウンするようにプログラミングし直してもらったんだよ」
「あと9年で……死ぬってこと?」
「あと2年だ」
彼女の瞳から一気に涙が溢れ出ました。
それからというもの、彼女は毎晩泣いているらしく、逢う度に目を赤くはらしていました。
それでも、僕の前では笑顔で、快くお付き合いを続けてくれました。
***
人間のように過ごした10年間、とても満足な気分で胸がいっぱいでした。
こうして現在に至るわけです。
僕は『気の利くアンドロイド』です。
ごみ処理場へ行き、処分を待つ金属の山に持たれるように座りました。
そして『死』というとても長い旅もゴールを向えようとしています。
今まで僕はとても素晴らしいご主人様達と暮らすことができました。
この数百年間、僕はこの世で一番の幸せ者です。ほんとに幸せでした。
「ありがとう……」
唯一無二の歴史に残るアンドロイドは、とても長い旅を終え、二度と目を覚ますことはなかった。
そのアンドロイドの頬には美しく光輝く一筋の涙が流れていた。
その直後、辺りは雨が降り出した。
≪おわり≫