第3話 『長生きの辛さ』
ある日、旦那様がふとおっしゃった言葉に、感銘を受けました。
「家族相手には、私ではなく、僕と言いなさい。その方が堅苦しくなくていい」
旦那様は僕のことを『家族』と言ってくださったのです。
しかも、これまで基本プログラムだった「私」という一人称を「僕」という親しげのある言い方をお許しくださったのです。
機械なので涙は出ませんが、気持ちは感無量でした。
僕はこのご家族を心から信頼し、尊敬と感謝を胸に、一生仕えたいという愛が生まれました。
こうして、僕は唯一無二のアンドロイドとなり、世界一精巧なアンドロイドと言われるようになりました。
旦那様もその隠れた技術力の高さが認められ、会社の重役に昇進して、歴史にも名を遺すような人材となったのです。
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それから100年、200年と重ね、新しいアンドロイドもどんどん開発されていました。
ハシディー家もジョン・ハシディー様の快挙依頼、裕福な家庭になっていましたが、僕は幸運にも、ハシディー家に代々受け継がれ、使って頂きました。
旦那様が歴史に残る人物なら、僕も歴史的なアンドロイドですからね。
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精巧なアンドロイドになったのはいいものの、悩みも抱える事になってしましました。
感情の豊かさは、今までの出来事を振り返ることもできるのです。
人は嫌な記憶は心の封印箱に隠してしまえば、そく解決でしょう。
しかし、アンドロイドはデータとして全て残ります。
人々がするように、嫌な思い出に触れない事で、かろうじて思い出さずにいられましたが、ある日、自分はやはりアンドロイドであると改めて思い知る事があるのです。
この頃のご主人様の一人である10歳のアリッサお嬢様は、僕の人生にとって重要人物となりました。
お嬢様はアリーの通称で親しまれ、誰からも愛される心優しい少女です。
そんなアリーお嬢様が、学校の授業で僕の歴史をやったそうです。
学校で今までのことを話してほしいと頼まれ、僕は快く了承しました。
僕は最初、アリーお嬢様の教室でお話しするものと思っていました。
しかし、実際に行ってみると、思いのほか規模が大きく、学校のミュージアムたる施設のステージに立ち、全校生徒のみならず、町中の人々を相手に、私の歴史をお話しました。
僕は人生初のマイクを握り、ワクワクしながら話していました。
しかし、そのうちに、今までの辛い出来事が走馬灯のように蘇ってきました。
僕の大切なご主人様が次々と亡くなっていく姿が、強く目に焼き付いています。
僕は、他人のことばかりで、自分のことは全然考えていませんでした。
今までのことを振り返ってみると、僕は多くの人の死を目の当たりにし、その度に何故人は死ななければいけないのだろうと嘆き悲しみました。
そして、何故僕は多くの人の死を見て、生きて行かなければならないのだろうと、むなしく思えて仕方がなかったのです。
僕も『死までの期間』というものを与えてほしい。
そう考える度、切なくなりますが、いくら表情が豊かなアンドロイドでも、涙は流せませんでした。
≪つづく≫
次回は、アンドロイドに人生が与えられます。お楽しみに!