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狭い領地である上に、険しい山と谷しかない。

よそ者が入り込める場所は限られる。

丙姫の指摘に間違いはない。


丙姫は、怒濤のように駆け抜けて、思い当たる場所に行ってみた。

だが、 人影はない。

特技を生かし、さらに野性に戻って気配を探っても、何も感じられない。

「手間のかかる凶悪犯じゃ。さっさと捕まりに来ぬか」


凶悪犯は意外にも険しい山に慣れた人間なのかも、とは考えない。

まだたどり着けないだけに違いない。

いわゆる、女の勘である。

他の土地から九十谷に出入りする場所も、ほぼ決まっている。

地形に慣れた領民でさえ、めったに他からは出入りしない。

まずは、そこを目指してひた走る丙姫なのであった。


「居た!」

間もなく、地獄耳が凶悪犯の居どころを突き止めた。


「見つけた! 

わざわざ身動きもままならぬ場所に入りこんで身を隠すとは、裏をかいたつもりか。猪口才(ちょこざい)な凶悪犯め」


進むも退くも出来ない場所でもがいていた男は、ギョッとしたように身をこわばらせた。

しばらく息を整えると、やっと返事を返した。

「凶悪犯とか、裏をかくとか、何のことでございましょう。

土地の方ですか。わたくしめは山田屋太郎と申すしがない商人でございます。

初めてこちらにご挨拶に立ち寄りましたところ、難儀な場所に往生しておりました。どうかお助け下さい」

慣れない愛想笑いをしながらも、必死の形相を隠せない。


「偽名臭い名前だ。

しかも、商人が何故こんな辺鄙な場所をうろついている」

「考える暇が無くて……、いえ、本名です。販路拡張です。

何でもいいから早く助けて」

丙姫は、少し離れた場所から、ひょいひょいと男の上に出て、手を伸ばした。


「左手を放して、斜め上の出っ張りをつかめ。

右足の少し上に足がかりになるところがある」

指示をしながら、男を引っ張り上げた。

「ありがとうございます。ったく、なんて場所だ」

男は振り向いて、自分がはまり込んでいた場所を、忌々しげに睨んだ。

取って付けたような愛想笑いを取り戻し、丙姫をじろりと見る。


「ついでと言っちゃあ何ですが、人家のあるところまで行きたいので、道を教えてもらいたいんですが」

「販路拡張だったっけ。無理だぞ」

凶悪犯に、営業地域を拡張させるわけにはいかない。

丙姫は、そっけなく応じた。


「まずは、調査をしてみなくちゃね。出来るかできないかはこっちの判断。

けちけちしないで、道を教えてくださいよ」

窮地を脱して安心したのか、男の態度が少し大きくなった。


「……道か。おまえが進んで行けるところが道だ」

丙姫は、きっぱりと言ってのけた。


「ちっ、思想的な意味とか哲学的な意味を聞いているんじゃない。

そういうのは嫌いなんだ。

具体的かつ役に立つ答えが欲しいんで。

さっさと教えてくれないかなあ」

人を食ったような答えに業を煮やしたのか、男は、隠したつもりの正体をさらけ出す。

目つきを鋭くして、居丈高な態度に出た。


「これ以上ないほど具体的な答えなのじゃがのう。

城に連れて行ってやる。ついて参れ」

男は、改めて丙姫を眺め、勝手に納得してにやりと笑った。


城に連れていくと言ったな。

山の娘に見えないのは、城勤めの人間なのだろう。

まるで姫君のように良い物を着ている。

良い物を着てはいるが、本物の姫君ということはなさそうだ。

眉毛が凛々しすぎる。

端午(たんご)の節句に飾る 金太郎人形のようだ。

金太郎眉毛の姫君は いない。

いや、いて欲しくない。


城勤めの娘が良い身なりをしているということは、こんなド田舎でも案外豊かな領主なのかもしれない。上手くいけば、お宝の一つや二つは手に入れられるかもしれない。

行きがけの駄賃に頂くというのも良いだろう。

なあんて事を考えていた。

凶悪犯に決定である。


険しい斜面をなんなく進む丙姫であったが、

「おい、ちょっと待て、ここは道じゃないだろ。ついて行けるか」

山田屋太郎(偽名)は、置いてきぼりを食って吠えた。

丙姫は振り向いて、ため息をつく。

「一番進みやすい経路を選んでやっておる。

存外になさけない奴じゃ」

「この先には、ちゃんとした道に出るんだろうな」

「ここでは進めるところが道じゃ。人の話はよく聞くよーに。

そんな事だから、人の道にも外れるのじゃ」

山田屋太郎(偽名)は、言い返すほどの余裕もない。


「そこは滑りやすい。もそっと右じゃ。

ゆっくり進んでやるほどに、しっかりとついて参れよ」

丙姫は、的確な指示で男を導いてやる。


必死に後をついて行きながら、山田屋太郎(偽名)は、心中で悪態をつきまくっていた。

(くそ生意気な小娘だ。城に着いたら、どうせ御用済みだ。覚えてやがれ)

まったく、どこからどう見ても間違いなく兇悪犯である。


そんなこんなで、険しい斜面を登ったり降りたりしながら、進んでいく二人であった。



凶悪犯も、山地に慣れない人間にしては、よくやったと言うべきであろう。

ゆっくりではあったが、着実に城に近づいて行ったのであった。

しかし丙姫は、男の頑張りを認めない。

丙姫にも都合がある。


「もう少しちゃっちゃと進めぬものか。

発声練習をしなくてはならぬのじゃ」

苦情を言いながら振り向いた時であった。

ぐーっ、という音が高らかになった。

山田屋太郎(偽名)の腹の虫である。


「おお、空腹なのか。遠慮せずに、そこいらの草も食べておけ。

まだ多少の道のりがあるぞ」

丙姫は言いながら、手近なところにあった草をひとつかみ引きちぎって、差し出した。

山田屋太郎(偽名)は、無視するように睨み返した。

(くそっ、馬鹿にしやがって。城に着いたら、思う存分にぶちのめしてやる)


「なあんだ、要らぬのか。

なかなかに乙な味なのだがな。好き嫌いは良くないぞ。

権助が、里ではめったに味わえぬ珍味だから、高値で売れると申していたのに。うん、 美味い」

丙姫は、自分でむしゃむしゃと食べた。


山田屋太郎(偽名)…… うっとおしいので、以後(偽名)を省略します。

山田屋は、えっ? と辺りを見回したが、どんな草だったのか、自分では見分けられない。

満足そうに噛みしめて味わっている丙姫を、忌々しそうに見たが、いまさら欲しいとは言えなかった。

城に着いたら、お宝の前に腹ごしらえもしておこうと心に決めたのであった。


そうこうして進むうちに、いくらか地形がなだらかになってきた。

「お城までは、あとどれくらい?」

ちらりと周囲に目を走らせて、山田屋が尋ねた。

目の端に、掘立小屋のようにちっぽけな家がある。

先のことを思案する余裕が出てきた。


「すぐ先じゃ」

金太郎眉毛が、無造作に答えて進もうとするのに、頼み事を投げかけた。

「喉が乾いちまった。水が飲みたい」

さも耐えられないという様子で、へたり込んで見せる。


立ち止った丙姫は、近くに生えていた草の太い茎を、ぽきりと折って差し出した。

「そうか。喉の渇きはつらい。

ほれ、遠慮せずに齧るがよい。水気たっぷりじゃ」

山田屋は、また草か、と思わないでもなかったが、今度は素直に従った。

周囲の状況を観察しておいた方が良さそうだ、という判断である。


「す、す、す、酸っぱ――っ!!!」

酸っぱい物が、とことん苦手だった。

もんどりうって転がる。

泣く子も黙り、寝たきり老人も走って逃げる、 と恐れられた男だが、恥も外聞もなくなるほど 苦手だ。

理由を話せば、長くなる。

しかも面白くない。




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